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「? お手伝いさせていただくことはありますか?」
 違う。テワンマじゃない。彼女だったら敬語なんか使わずに…
 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。慌てるお手伝いさん。
「あ、あの、御気分がすぐれませんか?」
「い、いや…」
 止めようとしても止められない涙。後から後から頬をつたう。
「…すまない」

 テワンマ、テワンマ、テワンマ…

 あの時、あなたを守れなくて、一緒に戦わなくて…
 わたしだけが生き残ってしまってごめんなさい。

「お茶でもお持ちしますか?」
 頼むと一言だけ言うのを聞くとテワンマに似たお手伝いさんは扉を開けて静かに出て行った。

 それから数時間後のこと。
 コウタル家では余興会が開かれた。様々な余興が行われた。
 演奏、剣舞、武芸、寸劇そして舞。

「タクラス家より『舞』を舞わせていただきます」

 シャラン シャラン シャラン…
 赤い、紅い衣装を身にまとって一人の少女が部屋の中央に歩み出る。
 ひらひらと衣装が揺れる。一度彼女は大きく礼をした。その次の瞬間、彼女の動きが全て止まった。

 シャーンッ

 杖の先端の環が涼やかな音をたてる。
 オーフォの舞が始まった。

 誰も声をたてなかった。それだけ彼女の舞に『神聖さ』を感じたのかもしれない。
 途中にロンダルも加わる。
 一度深く礼をしてからオーフォの舞に入り込んだのだが、違和感がなかった。
 二人で舞う舞もまた、『美しさ』がきわだっていた。

 シャラン シャラン シャラン
 飾りの音がゆっくりになって、止まった。
 拍手はおこらなかった。誰もがためらうほどの静けさだった。

 パン パン パン…

 コウタル家当主が最初に沈黙を破る。その後は割れるような拍手喝采で耳が痛くなるほどであった。
 余興会も、もうすぐに終わる。

 ――だが、不幸は後にやってくるのだ。

「いやぁ、今日の舞は素晴らしかった!」
「お褒めいただき光栄です」
「今夜はぜひ、我が屋敷に泊まってくださいますな」
 …否定は許さない。この辺が金持ちの嫌なところだ。

「お言葉に甘えまして」
「どうぞ、おくつろぎください」
 ロンダルは仕事があるということで自分の屋敷に帰っていった。

 夜、星の光で目が覚めた。きらきらとまばゆく光る星達。
「散歩でもしようかな」
 この広い庭、探検しなくては損というものであろう。
 ゆっくりと階段を下りて庭園を歩く。

「…!!」
 ? 何を言っているか分からないが人がいる。言い争っているようだ。
 ――そう言えばここ、おかしい。
 金持ちの屋敷のくせに見回りというものがいない。

(ちょうど交代の時間か?)
 そう思いながらゆっくりと歩いた。向こうから人影が見える。
「あ、オーフォさま!」
 さま付けで呼んでもらうような身分ではないのだが…。
「あれ? リビィさんも散歩?」
 今日のオーフォの掛かり付けお手伝いさん。
 テワンマに似ている――と思った。今は、それほど似ているとは思わない――人だ。休憩時間なのか、今日の仕事が終わったのか。
「はい…星があまりに見事なモノで…」
「そうだね」
 素晴らしく輝く星を発見。吸い込まれそうだ。

「ご一緒していいかな?」
「喜んで!」
 リビィは微笑む。
 庭園をふらふらと歩く。その時、草陰から、男がにゅっと顔を出した。

「おわっ!!」
「何やってんだ!」
 もう一人の男も続けて言う。
(さっき感じた言い争いはコイツ等のものだったのか?!)
「だ、誰…?」
 リビィの震える声で、二人の男がコウタル家の見回りの人間ではないとわかった。
 ――リビィの言葉がなくても、わかったかもしれない。
 真っ当な雰囲気を感じない。
 オーフォはリビィの前に立った。
(コイツ等くらいなら…)

「リビィさん、屋敷に戻って!」
「…見られたら処理すればいい」
 オーフォとその声は同時だった。

(まだいたのか…っ)
 じっと、見下ろされた。ゾクリとする…危険な目。
 ――アイツと同類だ…っ!!

「行け。――処理は俺に任せろ」
 後からきた男の言葉に、さきにいた男二人は走り出した。
 整えられていない髭が男のむさ苦しさを増長させている。右腕には自分の身長の半分はあろうかという剣をちらつかせた。その剣には赤い液体が滴っている。錆びくさい匂い。
「…血?」
 リビィは声を震わせ、そう言った。

「逃げて!」

 こいつは、危険だ!!
 だが、リビィは恐怖で腰が抜けてしまったのか、動かない。

「…柔らかそうな子供と女だ…」
 そう言った瞬間、オーフォは杖を男の喉に向かって突き立てた。
 男はそれを受けとめ、チラリとオーフォを見下ろす。杖を弾いた。

「なかなか力があるな」
 オーフォはバランスを崩し、しりもちをついた。
「待っていろ、後で処理してやる」
 そう言ってリビィに斬りつけた。

 間に合わない! ――テワンマッ!

 ――過去と、現在が重なる。

「っ」

 リビィは小さくうめき声を上げた。細い左肩から右胸まで赤いもの液体がぽたぽたとこぼれ落ちる。

「う、うわぁぁぁ!!」

 テワンマ、テワンマ!!

 …赤イ 液体 ガ コボレ落チル…
 テワンマ ノ イノチ ガ …

 しりもちをついたまま動かないオーフォに、男は笑った。
 右腕を掴んで、無理矢理立ち上がらせる。――オーフォの瞳から生気が消えていた。

「こんな事で気絶するとは…。なんと他愛ない…」
 男は笑った。
「ちょっとぐらい抵抗したっていいぞ…?」
 男はオーフォに声がとどいてないだろうと思いながら、オーフォに空いた右手で剣を叩き込む。
 赤い血が流れ、そこら中に錆びつく匂いがする…はずであった。

「?!」
 だがそこには人影はなく、手応えもない。掴んでいたはずの、腕もない。

「――何をしている?」
 声が聞こえた。笑みの滲んだような、声が。
 男から数歩離れた前に、オーフォはいた。――逃れたのさえ気付かなかった、オーフォが。

「我を目覚めさせたはお前か」

「…ほざけっ」
 男は剣を振り上げ、オーフォに向かってくる。オーフォは微塵も動かない。

「我に刃向かうとは…上々」

 オーフォが笑った。
 杖を構える。

「フォ イェンチャ オ ライ」

 言葉と共に杖の先端が…最終的には杖全体が赤い、紅い光をこぼしだす。
 ありえない情景に男は思わず立ち止まった。
 オーフォは更に続けた。

「シャ オシェン パイ イェン」

 杖から何か…例えるならばエネルギーが立ち上る。白い…熱気のようなモノを感じる。ワケのわからない不安――恐怖に駆られた男は、動けなくなった。
 オーフォは男に杖を向ける。
 ――次の瞬間。

「うわっ」
 熱い、痛い、痛い、熱い…!!!
 熱が男を襲った。

「――あ…ぐぁっ」
 言葉にならない声をあげ、悶える男の姿を見るオーフォの瞳はさっきと違っていた。
 先程までの――いつもの瞳の色は琥珀色…だが、今の瞳の色…そして髪の色は紅色――真紅だった。

「――あ…あ…あぁぁあぁぁぁっ!!!」

 男は燃えていた。
 ――目には見えない、白い炎によって。
 肉の焼けるようなニオイもなく、声も…魂さえも燃やし尽くすような炎。
 男の姿が完全に消え、オーフォがふと、笑う。

「他愛のないのはどっちだ」

 男のいた場所を見つめてオーフォは呟いた。
 ――男は消えていた。骨は残らず、灰さえも残らなかった。
 そしてオーフォは手を見る。
 正確には手ではなく、紅色の…オーフォの瞳と同じ色のモノが手にからみついている。

「愛しい者達よ、ご苦労であった」

 オーフォは微笑んでそれらを見つめる。
 何かは、わからない。赤いオーラのようなもの。
 オーフォの手に集うもの、オーフォの肩の周りを舞うもの…。
 いくつもの『何か』。
 それは、美しい情景だった。
 ――だが、どこか禍々しさも感じさせる情景だった。

『――あ…あ…あぁぁあぁぁぁっ!!!』

 ――声を聞いた。…あれは、誰の声だった…?

* * * * * * * * *

 うまく、呼吸ができない。

「テワンマ…」
 オーフォの、呼ぶ声が震える。
 …リディとテワンマと――オーフォの中で、重なる。

「――テワンマ…ッ」
 これを止めなきゃ、止めなきゃ、止めなきゃ…っ。
 赤い血。傷。
 オーフォは自分の服を破く。
「テワンマッ!!!」
 呼びかけた。
 ――ふと、まつげが震える。
「――……ま…?」
 オーフォさま? リディはかすれた声でそう呟いた。そして、苦痛に顔を歪める。
「…ッ」
 オーフォは、声を張り上げた。
「――誰か…っ!!!」

 苦痛に歪んだ顔。赤い血。…わずかにない記憶。
 ――自分を襲った男がいない。
 あの日と似た、状況。――だけど。

「どうかしましたかっ?!」
 オーフォの声に駆けつけた見回りらしい男に、オーフォは言う。
「リディさんが襲われた…手当てをしたい!」
 ――だけど、彼女は助かった。
 ――リディは、助ける!

「わかりました。心得があります。私が応急手当を」
「頼む!」
 オーフォは屋敷に向かって走り出した。

 オーフォ達の遭遇した侵入者達は中にいた護衛につかまっていた。
 リディの傷はやはり深く…けれど、命には別状ないということで、三ヶ月くらいで治るということだった。

* * * * * * * * *

万力の杖。それを持つ者は…
精霊を従わせることができるという。

万力の杖−Ⅰ−<完>

1999年 9月18日(土)【初版完成】
2008年 2月 3日(日)【訂正/改定完成】

 
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