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 何とよく響く音だろう。
 シャラン シャラン シャラン シャンッ
 心を奪われたように、動かぬ人垣。
 シャラン シャラン シャン
 音と人垣の様子に心奪われ、ユーダはそこへ向かった。
(見ている暇など、ない。早くオーフォさんを捜さねば)
 シューリョウに着いてから2時間は経っている。
 微かに…だが、確実に。時は流れ、夜を迎えようとしている。
(オーフォさんを、探さねば)
 もう一度どこかでそんな考えが浮かんだが、「見たい」という誘惑には勝てなかった。
 偶然にも。そして、幸運にも。微かに人垣に隙間ができている。
 ユーダはその隙間に入り込んだ。

 そこで見たのは、赤き舞。

 微かに透ける衣は赤に染められ、所々につけられた石も…ガラス玉も、赤。
 赤、紅、朱。
 ありとあらゆる『赤』に包まれ、舞っているのは、少女。

 シャラン シャラン
 目深に布を被っていた者を、どうして少女と思ったのか。
 それはその舞の繊細さか。それとも垣間見ることのできる、スラリとした手足のせいか。
 シャンッ
 一際高く輪の着いた杖が鳴る。

(あれ? あの、杖…)

 どこかで、見たような…。
 同時に、被られていた布が舞っている本人の手によってふわりと宙に舞った。
 布はまるで意志を持っているかのように、その者のもとへと戻った。
 肩に掛かり、その者は布が落ちぬよう、と軽く右手を添えた。――と思ったらバサッと布をそのまま引っぱり、自らの横に布を垂らしながら頭を深々と下げる。

「――ありがとうございました」

 その声は、ユーダの探していた者と同じモノ。
「………オーフォさんっ?!」
 ひっくり返った声。
 その声に先程の『美少年』…オーフォが振り返った。
 広げられた布の上に次々と『気持ち』程度の金が投げ込まれていく。
 しかし気持ち程度でも塵も積もれば何とやら。かなりの量となっている。
 その量は、かなり重そうだ。だがそんな素振りは全く見せずにオーフォはユーダに向かって微笑む。
「お、やっと来たな」
 やっと来たな、って…。
 ここに来い、とか指示はなかったじゃないですか。
 喉まで出かかった言葉を止めたのは、オーフォのその美しさだった。

「へぇ…」

 …しかし。どこにでもいるモンである。
 腕っぷしに自信ありの最低野郎というモノは…。
「よー、よーっ! 芸人さん」
 団子っ鼻。頭、多少ハゲ気味。ついでにいえば、近く顔を寄せられたオーフォにかかる吐息は、くさい。もてないことこの上なしだ。
 オーフォは一目見て分かるように、顔をしかめる。
 だがそんなオーフォの様子に気づかず、男は続ける。

「こんなとこで踊ってねーでよ、こっちで踊っちゃくれねーかい?」
 疑問形であるともとれたが、男は『否』を言わせる気など全くない。
 オーフォの細い腕を掴む右手が語っている。
「こっち、とは?」
 静かにオーフォは問いかけた。
「すぐそこだよ」
 そう言って男は下心丸出しの笑みを見せた。
 男が姿を現したのは家と宿屋の間である。路地裏とかいうやつか。
 路地裏にでも連れ込み、悪さをしようと考えているのだろう。
「ほら、行こーぜ」

 ユーダははっきりいって腕っぷしに自信は全く、ナイ。
 しかしここで男が手を出さずして面子が保てるか?
 ――よし。
 ユーダがそう心を決めた瞬間、オーフォはきっぱりと言い切った。

「手を出すなよ」

 そう言って、オーフォがニヤリと笑う。
「わたしの獲物だ」
 ………獲物っすか?
 そう(微かに魂の抜けかかった)ユーダが考えた途端、ユーダの腕に重みと微かな甘い香りを感じた。
 ユーダの腕には先程のオーフォの稼ぎ分とそれを包んである布が手渡されたのだ。

「落とすなよ。一枚でも金を落としたら、今度はあんたをしめるからな」
 し、しめる…。
 今度は顔が引きつった。
 やっと行く気になったのか、と男が言おうとした瞬間、掌からしっとりとした細い感覚が消えた。つまりは、オーフォの腕が掌から抜けた。
「……お?」
 男が声を漏らす。
 消えた? まさか。
 そう唇が象った。そして姿を探そうと、クルリと右を見た。
 いるならばこちら側のはずだ。

「甘い」
 と。左側から声がした。
 男が自らの耳を多少疑った瞬間、首筋に衝撃!

 がつぅっ!!!

 男の目の前に星と、白い鳥が飛んでいる。…ような気がする。
「な、な…」
 クラクラした頭を2、3度軽く叩いてからオーフォの姿を視界に入れた。
「この女ッ!! 優しくすりゃつけあがりやがって!」
「いつ、誰がわたしに優しくなどした?」
 今度の声は頭上からだ!
 どごっ!!!
 今度は後頭部に足蹴りがヒット!
 …前に倒れるしかない男。
「――…」
 物言わぬ男に、オーフォは冷たい視線を投げかけてから、言った。
「甘い、な」

 シャン…

 微かに、杖が鳴った。
「………」
 オーフォの目とユーダの目が合う。
 その冷たい瞳。瞬時に、背筋が寒くなる。
「悪かったな」
 ――だが、次の瞬間に、オーフォは微笑んでいた。
「あ…いや」
 そしてふと、彼の地の、そして自らの神を思い出す。

『少年にして華をもち、少女にして力を得ず』

 日の神フェ・イアでもある、緋の神フェ・シェン…。
 その姿はたびたび赤き姿で描かれている。
 赤い髪、赤い瞳…。それは、とても美しくて。
 幼い頃、書の館で最も惹かれたのは『赤』を纏う神、緋の神フェ・シェンだった。
 戦神の中でも(女神は別として)他の神は大きくて、ごつい様で描かれてることが多いのに、緋の神フェ・シェンは違うのだ。
 緋の神フェ・シェンを表す言葉にもあるが、少年のような、少女のような…。それは、神話の中だけのことだと思っていていた。しかし――赤き衣を乱して(一方的に、といえたが)戦っていた姿は、どうしてもその神話の世界を思わせた。
「……緋の神フェ・シェン……」
小さくつぶやいた言葉に、オーフォは気が付かなかった。

 
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