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「………あれ?」
(とりあえずオーフォさんに何かしよう! …でも、何をすればいいだろう?)
 ユーダは困り果てた。
 おごり返したくても、肝心なお金がない。
 チラ、とユーダはオーフォをのぞき見た。よく聞いた神の姿を現す言葉が、頭から離れない。

『少年にして華をもち、少女にして力を得ず』

「ロンダル?」
 オーフォのつぶやきが聞こえた。
 ロンダル?
 オーフォの視線は一点に集中し、歩いていた足も停止した。
 腕を上げ、大きく振る。その動きに、なぜかビクッとしてしまったユーダ。

「ロンダルーッ!」

 …続いてそのよく通る声。耳元で言われたユーダは少々…いや、かなりキツイ。
 軽く頭を振るユーダを『何やってんだ?』と見て、注目していた視線の先に向かった。
「オーフォ! …こんなところで会うなんて」
 嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない口調でロンダルはオーフォに呼びかけた。
「元気だったか? とは言っても、たかが1ヶ月ほどか」
 楽しげに会話は続いているようだ。
 そんな2人の様子を見て、ユーダはまたもや困った。

 どうもオーフォの知人のようだ。楽しげに離しているところに割り込んでいいのだろうか、と。
(しかし、本当にどうしよう…)
 世の中金じゃない。よく聞く言葉だが、ないよりはある方が良いに違いない。
 実際、今がそうだ。

「オーフォ、彼は?」
 ユーダには聞こえないように、ロンダルはそう、オーフォに問う。
 ロンダル…タクラス=ロンダル。先程の筋肉男よりずっと貧弱そうだが、弱いというわけでは決してない。幼い頃はオーフォと共に学び会った仲だ。結構な実力も持ち合わせている。

「あ? ああ。…そういや、名前、聞いてなかったな…」
 オーフォは小さくつぶやく。それを聞き逃さないロンダル。
「名前を聞いてない? お前、不用心じゃないか?」
「? なんで?」
 名前を聞いていないだけで? とオーフォは目で、続けて問うた。
「お前の強さは知っているが…。金でもすり取られたらどうするんだ」
 口調こそは厳しいが、昔の知り合いを…幼なじみを案じての言葉なのだ。
 だが、そんなところに鈍いオーフォは「ふむ」と、小さく唸っただけだった。
「大丈夫。今のところすられてないから。しかも、あいつはそんなコトするヤツには見えないし」
「なぜ?」
「だって、いまだにあんなところでわたしを待っているぞ?」
「…まだ、お前からたかれるとふんだからじゃないのか?」
「あ、その考え方があったか」
 ポフ、と右手のグーを左手のパーにあてた。
「おいおい。本当に大丈夫か…?」
 全くコイツは、とロンダルは大きなため息をついた。
「大丈夫。今のところ、ハズレくじは引いたことはないから」
 ここでいう『くじ』は手助けした人間のことであろう。きっと。
「今のところ、だろ?」
 全く…。
 ロンダルはまた、ため息をつく。
「そういえば、もう、宿は決めたのか?」
「いや。荷物は預かってもらっているが、宿は決まっていない」
「そうか。…よかったら、だが。私が泊まる宿の部屋がまだ開いているんだ」
 つまり、泊まるところが決まっていないのなら、どうだ? という提案なのだろう。
「なに? ロンダルのおごり?」
「なんでそうなるんだ。良かったら、と言っただろう。私は」
オーフォはちょっと考えるような素振りを見せる。
「安いの? そこ?」
「んー、標準じゃないか? 飯はうまいぞ。なかなか」
「飯がうまい、か」
 ちょっと惹かれるところではある。
「飲み場もかねてる?」
「飲み場? ああ、酒か」
「そ」
 オーフォは酒が嫌いでないが(ちなみに酒を飲んでいいという年齢制限はこの辺りの国には特にない)酔っぱらいは嫌いだ。息がくさいし。気分的に空気もくさい気がするし、何よりもそういう宿は夜遅くまで開いていて、眠るときになってもうるさい、というのが1番いやなのだ。
 オーフォの呟きにロンダルは少しだけ考えるような顔をした。
「飲み場は…やってなかったと思うぞ。確か、飯屋としてやっているのが日の入りくらいまでだからな」
 日の長い今の時期は日の入り時でオーダーストップだったはずだ、と続けたロンダルにオーフォは「ふーん」ともらした。
「…ま、行くだけ行ってみようか」

 厚い扉はしっかりと閉じられ、外では赤々と火が燃えている。
 なぜか家という家の出入りできるような所には、全てと言えるほどに炎が揺れていた。

「……あのぅ、本当にいいんでしょうか…?」
 消え入りそうな声と態度で、ユーダは言う。
「ん? ああ、金の話? 大丈夫。ちゃんとつけにしとくから」
 ここは、ロンダルが進めた宿。こざっぱりとして、木材の温かさが滲み出ているような印象で居心地の良さなど、オーフォも気に入った。
「…お前、それでちゃんと返してもらってるのか?」
 食堂(とは言っても、10人も入ればいっぱいいっぱいになってしまいそうな小さなモノだが)で夕食を取りながら、ロンダルは言う。オーフォは旬野菜の煮物を一口、放り込んだ。ロンダルの言っていた通り、飯はうまい。
「ん? 溜まる一方だよ。今のところ」
 そう言ってまだ預かってもらっていないカバンから厚めのメモを取り出した。
 何が書いてあるかと思いきや…。
「……つけリスト?」
「ロンダルが心配しなくても、ちゃんと書いてあるから。これさえ無くさなければわたしにつけのある人が分かる」
 と言ってヒラヒラとさせる。
 その書いてある名前の人数は、10人…以上。今日、ユーダを助けたことによって、更に付け足されるのだろう。
「…お前一体何人手助けしてるんだ…?」
「さあ? でもこんなに短期間で人助けしたのは初めてだな」
 前、手助けといえるようなコトをしたのは1ヶ月前。ロンダルと感動の(?)再会を果たした街、チェンでのことだ。

「職が見つかれば、すぐにでもお金をお返しするのですが…」
 ユーダは舞、楽器の演奏、歌…いわゆる芸人のやるようなことは全て不得意としている。ついでに力仕事などにもむいていない。――早々には仕事が見つけられないのである。
「実家に帰ろうにも、勘当されていまして…」
 思わず口に乗せた言葉にユーダはハッとした。
(これではまるで同情してくれと言っているようなものではないか!)
 サービスで出された果実酒で、舌が良く回るようになってしまったらしい。
「ほう、実家に勘当」
 オーフォは『愉快だ』と言わんばかりに目をクルクルとさせた。愉快、と言うか意外か。どちらかというと。
 糸目で特に腕っぷしも強くなさそうなユーダ。よく勘当されるような反抗をしたもんだ、と少し感心する。
「家の跡継ぎになる、ならないの問題だろう?」
 ロンダルは意地悪そうに言った。明るいとは言い難い食堂で、ロンダルの手に持つコップの中身の色が妙に目につく。
 深い赤紫色のせいか。
「…まあ、そんなところですね…」
 ああ、また愚痴っぽくなってる! そう、ユーダ自身も気づいたのだが、言葉を止めることはできなかった。
「大体、自然信仰だけでいいじゃありませんか。そうだとは思いませんか? 異国に古くから伝わっている宗教だかなんだかしりませんが、それを自分の子供にまで押しつけることはないんだと思うんですよ。それにいきなり神殿だか、神社だか…建てるだのなんだの。それの管理を子供にやらせようって言うんですよ、子供に。自分で信仰するって決めたんなら、最後まで自分でやり通せって思いませんか?」
 一息に、そう、まくしたてる。
「……飲むか?」
 ユーダの前にあるコップに注ぎながらオーフォは言う。
「…いただきます」
 さすがに息が苦しくなったのか、大きく息を吐き出してから、コップに注がれたものをクイーッと一気飲みする。…と。

「…は…れ…?」
 水だと思って一気飲みしたが…なんか、水ではない味がしたような?
「おい、オーフォ。ぶっ倒れたらどうするんだ?」
「だって酒が入ったほうがよく喋るんだもん。面白いじゃん」
 ユーダにコップに注がれたのは透明な白ワイン酒だったようだ。
「んー…」
「ところで自然信仰って?」
「へーぇ? ああ、緋の神フェ・シェンなんですよ。僕の生まれたところの場合」
 ユーダが1番好きな神だ。
緋の神フェ・シェンは、日の神フェ・イアでもあるんです」
 そしてユーダは昼間のことを思い出す。

 赤き衣をまとい、それを乱しながら舞うように1人の男を倒した者の姿を。

「『少年にして華をもち、少女にして力を得ず』…緋の神フェ・シェンを示す言葉です」
「『少女にして力を得ず』って、力がないのか?」
「違うだろ。その言葉、古語だろう?」
 問うような口調だったが、特に正答は求めていない。ロンダルはオーフォに言葉を続ける。
「古語は…まあ、地域にもよるだろうが『…ず』で、『…している』みたいな意味になるんだよ」
「ふうん」
「つまり、少年して美しく、少女にして力強い…みたいな意味になると思うんですよ」
「つまりその…緋の神フェ・シェン、だったか?」
 その疑問にユーダは大きく頷く。
「それは結局のところ、男なのか? 女なのか?」
「……」

 し――んっ。

「…そう言えば、そうですよね…」
 少年でもあり、少女でもある。……
「のたうちまわってる、のたうちまわってる」
 ケラケラと笑いながらオーフォは言った。
「でも“カミサマ”なんてのに性別は関係ないんじゃないのか?」
 ロンダルはそう言いつつまた一口、深い赤紫色の飲み物…果実酒を喉に通した。なんでこんなところで神について深く(?)語りあっているんだろう、なんて思いながら。
 ちなみにロンダルはカミサマなんてモノは信じていない。
「あー、そういう説もあったかー」
 そうかそうか、と頷くオーフォとユーダ。
 何やってるんだ? 本当に。自問するロンダル。答えは、ない。

「はー、よく食ったー! ごちそうさまー」

 ポンポン、と軽くお腹を叩きながらオーフォは満足げに微笑んだ。
「ロンダルの言う通り、うまいな、ここ」
 ゆっくりと食事をすすめるユーダに気を使わせないため、という配慮があってか、特に何も考えていないのか。オーフォはごちそうさまと言いながらも席を立とうとしない。
「だろ?」
「ところでお酒くれ」
「…話が全然違うな」
 そう言いながらもオーフォのコップに深い赤紫色の液体を注ぐ。
「アリガト。やっぱ酒は1人で飲むより数人で飲む方が断然うまいよな♪♪♪」
 そう言ってコク、と一口飲む。
 微かに頬の色が染まり、目が潤んできている。別にオーフォは泣き上戸というわけではない。酒が入るとなぜか目にくるのだ。
 ペロ、と唇を舐めたオーフォを見てユーダはドキリとする。初めて、だ。舞を舞っている時や、多少露出度の高い服を着ていた乱闘(と言えるかは疑問だが)シーンでも、鼓動が高鳴ることはなかったというのに。
「? ユーダ、どうした? 食が進まないならわたしが食べてやるぞ」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」
 ロンダルは一息に言い切る。
「他のモノの命をいただいてるんだ。残しちゃダメだろ」
「いや、それは確かにそうだが…」
 今日知り合った人間と同じ皿を使うというのは…ちょっと、気が引ける。ロンダルの場合は、だが。まあ、大抵の人はそうだろう。
 それからなんとなく、ではあるがオーフォにそんなことをやってほしくないのだ。
 そんな自分の感情を『幼なじみを案じているんだ』と、ロンダルはどこか無理矢理納得させた。

「大丈夫です。噛む回数が多いから、かなり食べるのが遅いんですよ」
 すみません、と小さく付け加えた。
「うんにゃ、謝るようなことじゃないと思うよ」
 と言ってオーフォはヘラ、と笑う。――完全にアルコールが回ってきている。
「後はフロに入って寝るだけかー」
 もう一度ブドウ酒を口に含んでからのびをした。
「歯、磨けよ」
「んなこと言われんでもちゃんとやるわい」
 そう言えばこの宿はフロがついているんだろうか? 
 その疑問をロンダルに言う。
 ちなみに宿にフロが着いていない場合は近くに共同浴場、沐浴場があったりすることが多い。それか、大きな川、池、湖があるかだ。しかし川ならば行くのは明日だろう。別に夜盗とかが怖いわけではなかったが夜の川の水はいつも以上に冷たいし、石ころがあったとしても見えないからだ。大事な商品(オーフォの場合、体のことだ)を傷つけちゃいけない。
「フロ? そういや、どうだったっけな?」
「…初めて泊まるのか?」
 おすすめだ、とか言ってたくせに?
 そう、オーフォの瞳が語っている。
「…おすすめとは一言も言ってなかったと思ったが?」
 瞳だけでオーフォの言いたいことが分かるとは。ロンダル、侮れないヤツである。
「ありゃ? そうだったけ…?」
 瞳だけで自分の言おうとすることの分かったロンダルに特に疑問をもつことなく、オーフォはコテン、と机に額を載せる。
「あー…。聞いて来なきゃ…。宿主さん、どこだ…?」
 そう言いつつ、動く気など全くないような様子である。

 
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