TOP
 

それは、突然起こる想い。
――それは、突然気づく想い。

「……テン!」
 見つけた!
 あたしは思わず走り寄る。
「…お嬢さん?」
 あたしはいつもはこんな行動をしない。…自分でも分かっているのに、やってるのが笑っちゃう。
「テンの言うとおりに、した」
「――へ?」
 テンはしばらく考えたようだった。そして、おう、と小さな声をあげ、微笑む。
「…で、首尾は?」
「やった! あいつ、目をまん丸くしてた!」
 ああ、あたし、笑ってるわ。
 家にいる時間よりも、この頃は下町でいることが多いあたし。呼吸も、家でするよりこっちの方がしやすいような気がする。
「…そっか」
 テンも笑う。
「やったな」
 そして更に、微笑む。
「うんっ!」
 嬉しい。テンに会えたことが。
 嬉しい。テンに誉められることが。
 テンはゆっくりと腕をのばした。
 ピタ、触れるか触れないかのところで、止まる。

「!」

 あたしはその腕を無理と自分の方に、寄せた。
「……ッ」
 カタカタカタ
 少し、自分の身が震えたのを感じた。――でも。
「お嬢さん…無理は…」
 しなくていい、そう、続けたかったのだと思う。
「無理…じゃないっ」
 確かにまだ、『男』というものはコワイ。でも。でも。
「テンは、いい」
 いや。
「テンなら、いい」
 あたしはそう告げて、テンに抱きついた。
「……!!!」
 テンの頬が、赤い。

「多分、きっと」
 こんな言葉、自分が生きているうちに使うとは思わなかった。

「あたし、テンのこと、好き……ッ」

 カタカタカタ
 まだ、震える肩。それにそっと触れる…大きな手。
「――お嬢さん」
 テンの顔をのぞき見た。頬が赤い。案外あたしも赤いかもしれない。
「抱きしめて、いい?」
 一瞬、自分の呼吸が止まったような気が…した。
「う…」
 うん、そう言う前に。
「なーんて、抱きしめちゃうもんね」
 抱きしめてきたっ!!――でもそれは、あいつの抱きしめ方とは全然違った。
 抱きしめると言うよりは、あたしがテンの腕の中にいるというような感じだろうか?

「お嬢さん」

 ある意味抱きしめられているからか、耳元で響くテンの声。
「俺もお嬢さんのこと、多分、好き」
 あたしは顔を見上げる。
「もっと早く言えばよかったのかなー。ま、いいけどね」
 何をもっと早く言えばよかったなー、なのか、分からなかったけれど。
「テ…」
 テン、そう呼ぶことができなかった。
 目前には、テンの顔。テンの瞳。

「したい」

 テンの指が、あたしの唇をなぞる。
 それの意味は、少し経ってから分かった。
「――口付け?」
 あたしもテンのマネをして、唇を指でなぞった。――柔らかい感触。
 テンは苦笑いっぽく、笑った。
「やっぱお嬢さんは、お嬢さまだよなぁ」
「なぜ?」
「なぜって…」
 ふと、唇が触れた。ちょっとだけ触れるような、そんな感覚。
「俺等はキスって言うからね。口付けのこと」
 そうか。キス…か。
 気付けば震えはいつの間にか止まっていた。今度はあたしから、テンの唇に自らのそれを重ねる。
「好きだよ」
 幸せってこんな感じなのかな?
 あたしはどこかでそんなことを考えていた。

 風が吹いた。
 あたしとテンの髪が、少しだけ絡まった。

 あたし達は3度目の口付け…キスを、した。



「――テワンマ?」
 ふと、あたしの名が呼ばれた。思わずテンを見上げる。
 あたしを呼んだの、テンじゃ、ない…な。
 そりゃそうか。女の人の声だったし。テンのはずがない。
 テンも、声の方を見つめた。次の瞬間、テンが赤く染まっていくのが分かった。
 それからテンはあたしを背中の後ろに隠すように、押す。
「か、」
 なぜ、背中の後ろでテンの顔が赤いのが分かったかというと、あたしの位置から見える耳たぶが赤くなっていたからだ。
 耳たぶの赤さで、顔が赤くなったと予想した。
「母さんッ!!」
 ――へ? カアサン?
 …テンの、オカアサン?

 チラ、覗き込んだ。1つにまと纏めあげられた…テンの髪と、よく似た色の、長い髪。
 きっちりとした服装。服の色合いがいい。
「ダメ、…ダメよ、テワンマ」
 フルフルと、首を横に振る。
 ……あれ? テワンマって、あたしのことじゃないらしい。
「その方は、ダメよ、テワンマ」
 テワンマって……まさか。
「テンのこと?」
 あたしは小さく呟く。
 同じ名前だったのか…。道理で、共通点があるはずだ。
「そう。名前、ばれちゃったな」
 テンのオカアサンはいつの間にかあたし達のすぐ側まで来て、涙を流し始めた。
「え、ちょ…母さん?」
 何で泣いてんだよ、とテンは驚いている様子だった。
 テンのオカアサンとあたしの瞳が、あう。
「テワンマ……様」
 え…?
 何であたしの名を、呼ぶの?
 ――何で?
「ガジュラン家の…テワンマ様…ですね?」
 ガジュラン家…。
 住んでいるというだけならば、確かに。
「一応…」
 グ、とテンの腕をひいた。
「ちょ…。何なんだよ?!」
 テンのオカアサンは小さく唇をカタカタといわせた。
「ダメ…。ダメよ、テワンマ。この…この方は…」
 何なんだろう?
「この方と、お前は……」
 次の言葉。
 一瞬、意味が分からなかった。

「兄妹なの……っ」

 キョウダイ?

「――え?」
 あたしとテンは同時に言葉を発する。
「今…何だって?」
 テンがグ、と肩を掴んだ。
「…お前と…この方は…異母兄妹なのよ…」
 だからどうか、お願い。
 そう言ったのが聞こえた気がした。
「好きにならないで。好きになっては、ダメ…。愛し、あわないで」
 呟かれた言葉。

 イボキョウダイ

 父親が同じ……キョウダイ?

 
TOP