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私は「巫女」。悪霊を退治し、この土地を守りいく者。
それゆえ、素顔は見せてはならぬ…
古くから伝わるこの「力」がために。


「ねぇ、なんで顔が違うの?」
 僕はもう一度ひみちゃんに問う。ひみちゃんは考え込んでしまった。
 …訊いちゃいけなかったかなぁ。
「えーと…家の家訓なの! 素顔は見せちゃいけないっていう…」
「変な家訓」
(まぁ、ひみちゃんの家も巫女だもんなぁ)
 僕はそう思いながらも思わず言ってしまった。
 そして僕の「変な家訓」の一言にひみちゃんは、心に『メガヒットパンチ』をくらったらしく、ひみちゃんは少々ぐったりとしていた。

「とにかく、誰にも内緒ね!」
 そう言ってひみちゃんの部屋から追い出された(?)。…ちょっぴし悲しい…。

「さーて。勉強しよーっと」
 そう独り言をつぶやいてから机にむかった…むかおうとした。
「水樹、仕事だ」(byお父様)
「…」
 珍しく勉強しようと思ったのに…。ま、勉強しなくてすむ口実ができたからいいか。

 一人の女性がそこに通されていた。
 仕事の話をする部屋、離れの茶室に。
 僕はたまに友達に「お前の親、何やってんの?」と訊かれる。…僕は少々対応に困ってしまう。
 言って信じるだろうか?
 人形師。――しかも僕が、人形巫女と言って。

人形師、人形巫女。
――悪霊に憑かれた者を、人形を用いて助ける者。

「わたし、弥鏡君からお家のことを聞いて…」
「なにっ! 望からですかっ」
 望…というのは僕の兄さん。19歳の大学生。弟の僕から見て…
「あのナンパ野郎っ! …由美さん、痛い」
「…当たり前です。明さんの手をつねっているんですから」
 お客様の前で見苦しい…と母さんは続けた。僕の家は女性社会の見本だと思う。
「あ、あの…」
 女性が困ったように声をかけた。
「あら、申しわけありません」
 母さんがそう言ってお茶を差し出した。
「で、用件というのは…」
 父さんは興奮が薄れたのか、その女性に声をかける。
「わたし、嘉藤かとう紗祐理さゆりと申します」
 軽くお辞儀をする。この人の動作は一つ一つが絵になるようだ。
「実は様子がおかしいというのはわたしの友人で秋山紗絵…」
 嘉藤さんは涙ぐむ。ぐっと涙をこらえようと声が震えている。
「や、優しい子なんです。自分の担当でない花の管理とかもしていて、動物達…小鳥とかの世話もしていたし…でも、最近は花も見ず、動物達に餌も与えず…この間など、彼女の可愛がっていた小鳥を…握り…」
 その後は上手く続かなかったようだが、『にぎり』という言葉からして、小鳥を…きっと握りつぶしたんだろう、と僕は予想した。
「――悪霊が取り付いてると考えていいかもしれません…」
 父さんは言いづらそうにゆっくりと言った。

「お願いします、彼女を助けてください。あの子、全然笑わないんです。あの子の笑顔、とびっきり可愛いのに…」
 あの子の笑顔が大好きなのに…。嘉藤さん嗚咽を漏らし涙を流しはじめた。
「分かりました。この依頼、受けさせていただきます」
 父さんは嘉藤さんの目を見てはっきりとそう言った。

「まずは調査だな」
 嘉藤さんがこの部屋から出て行くと父さんが僕を見ながらそう言った。
「…まさか、僕に行けと?」
「うむ。物わかりがよろしい。その秋山さんについて…白桜大学に調査しに行って来い」
「でぇっ。どうやって学校になんか侵入するのさ!」
「お前は15代目だろう? 1に訓練2に訓練、3,4がなくて5に慣れだ」
「…横暴だ」
 僕は父さんを軽く睨みつけた。
「ミニ人形作りに精を出している息子に言われたくない」
 父さんはそう言って、「14代目の命だ。断ることなど不可能」と言ってさっさと立ち上がって部屋を出て行った。

*** *** ***

 次の日の朝。僕は禊ぎをする。
 今日は学校を休む。…家の仕事とは言え、ばれたらどうなるのだろうと僕は時々考える。おっと、禊ぎに集中、集中…。

 ピトーン ピトーン ピトーン
 水の落ちる音がする。
 瞳をゆっくりと開き、巫女装束に袖を通した。
 地下の人形室に行く前に母さんの元に行く。心は静かだ。
「はい、目を閉じて」
 白粉をはたき、唇に紅をさす。僕はなんにも言わない。(いつも仕事が終わってから文句は言っているが)
 母さんはこの時はいつも妙にスマイリーだ。
「はい、完了」
 僕は弥鏡家15代目人形師、人形巫女弥鏡水樹。
 ――人形巫女はこの時に誕生する。

 人形室に足を運ぶ。
 一つの人形…僕の人形氷見ひみ
 肩胛骨ぐらいまでの黒色の髪の毛、見た目は20歳前後と言うところか。
 服には秘の聖水をつけてあって、それを着せる。人形には男も女もない。
 今回は女になってもらうが。

「氷見、――瞳を開いて」

 たった、その一言。それだけで人形は…氷見の魂が目覚める。

「…水樹殿、お久しゅうございます」
 目を開いた。
 澄んでいて、吸い込まれそうな黒い瞳。
「その言葉遣いはやめろって」
 前にも言っただろ? 僕は氷見の髪に触れる。さらさらとした、髪。人形までのさっきとは違う。
「氷見に頼み事があるんだ」
「御意」
 だからその言葉遣いは…、そう言いかけてやめた。言ったって氷見は聞かないだろうから。
「ある大学に行って、秋山紗絵という女性についてもらいたいんだ」
「つく…と言いますと?」
 僕は少し考えた。
「――秋山さんを見ていて」
「わかりました」
「とりあえず、大学には僕が案内するから。じゃあ、準備してくるから、氷見も準備してね」
 氷見は僕の巫女装束に似た服を着ている。
 僕はところどころに赤、氷見にはところどころに紫の模様が入っている。
 僕は人形部屋から出た。そして母さんの元へ報告をしに行く。

「母さん」
「あら、もう行くの?」
「もうって…」
 そうは言っても9時を過ぎている。あー、お腹空いた…。
「はい、ご飯」
 真っ白いご飯をこんもりと盛ったお茶碗を僕の方にずいっと差し出す。
「…着替えさせてよ」
「あぁ、ごめんなさい…」
 母さんは密かに天然ボケなひとだった。

「それじゃぁ…行って来ます…」
「どうしてそんなに暗いのよぅ」
 母さんは少々うきうきといった具合に玄関までお見送りに来る。
「…何で僕」
「あら。女の子が『僕』なんて言っちゃいけないわ」
 母さんはにっこりと微笑んだ。…似合っているから(?!)僕は文句も言えない。肩までのかつら、藍色のワンピ−ス…。
「水樹ちゃん、かっわいい
「母さん…」
「大学生に見えるようにそこのブーツでもはいて行きなさい」
 しかしこのブーツ、母さんが買ったんだろうか? なかなか謎をよぶ一品である。
「それじゃぁ、今度こそ…」
「望によろしくねぇ」
 たまには帰って来いって言っておいてねぇ、と母さんの声が聞こえる。
 …母さん、この格好で兄ちゃんに会えと? 腹をかかえて笑い転がる様子が目にうかぶようだ。
(それは避けたい…)

 兄ちゃんの通っている大学は青葉駅から約1時間半、白桜駅から歩いて20分ぐらいのところにある。
「ここか…広いなぁ」
 僕は氷見に目で合図を送ると大学…白桜大学にゆっくりと足を踏み入れた。
 大学の中を歩きまわる。その時見たことがあるような女の子が廊下を曲がってこっちに来た。
 長い髪、(腰くらい?)眼鏡をかけていて、なんだか賢そうだ。(いつもの)僕よりちょっと背が高いくらいかな? なんだか気になる女の子だ。
 すっとすれ違う。すれ違う瞬間にその子と目があった。

(ひみちゃんに似てる!)
 …でも、そんな淡いトキメキも

「きゃぁぁぁぁぁぁっ」

 廊下中に響き渡るであろうかという叫び声に打ち消された。

*** *** ***

「うわぁっ、血だらけ!」
 頼みもしないのに誰かが実況生中継をしている。しかし、この声…聞いたことが…。
「弥鏡! お前、何やってんだ!」
 その声に対して、そんな言葉が聞こえた。
 …通りで聞いたことがあるはずだ。自分の兄の声だからなぁ…。
「うるさいなぁ」
 そんな小声が聞こえたのか兄ちゃんを引っぱり出した先生は兄ちゃんにげんこつを一つ。
「氷見、中の様子、見える?」
 僕は人集りの後ろのほうで氷見にこそこそと耳打ちをする。
 別に死体が見たいというわけではない。気を視るために感じたいのだ。
「今、見てまいります」
 氷見は目を閉じると胸に手をあて、息を吸った。

 宙をまって、部屋に侵入する。
 ここにいるのは今、わたしだけ…わたしはそう思いました。
 ですが、目があったのです。
 美しい、美しいまだ少女と呼べるような…。
「…誰?」
 少女はわたしにそう問いました。わたしは答えず、器に戻りました。

「少女?」  僕は氷見の言ってること…氷見の見てきたことを聞きながら、気を視る。
 やはり、悪霊の気を感じる。でもその女の子のいる(と氷見が言っていた)場所だけ気が悪霊に侵されていない…気が澄んでいるのだ。
 誰だろう? 気を視るとは、氷見の見てきた画面が見えるという事ではないから、その女の子の姿が見えるという事ではないのだ。

「誰だろう…」

 僕は思っていることを口にする。その呟きはざわめきの中に消えた。

 
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