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三−ⅰ

  今のは誰だろう?
――私は依頼をされてここに調査をしに来た。
美しい人…人でないような…
私は気を視た。…やはり悪霊の気を感じた。
「急がなければ…」
この「力」を使いて、私は戦う。大切なひとのために。


 秋山さんを捜しにうろつく。兄ちゃんにでも会って聞くのが早いだろうか?
 …でもこの格好を見られるのは少し――いや、かなり恥ずかしい。
 僕は考えていた。まさか声をかけられるとは思わなかった。
「やっほー、見たことのない彼女 俺と学校サボらない?」
「…」
 兄ちゃんにそう、声をかけられる。
 …仲良くデートすることになってしまった。

 もちろん氷見もついてくる。僕等3人は喫茶店に足を入れた。
 兄ちゃんは席につくと突然ガラが悪くなる。
「何しに来たんだ、おめぇら」
 …どうもばれていたらしかった。(当然か…?)
 ――とほほ。
 そして兄ちゃんは、カバンをごそごそとあさると、兄ちゃんの字でぎっしり埋まっている紙を取りだし、僕に差し出した。
「何、これ?」
 僕は受け取りながら兄ちゃんに訊いた。
「何って、見たまんまの物。秋山紗絵の分かったこと、資料だよ」
 すごい! この紙は5枚ぐらいにも及んでいる。
 誕生日などのパーソナルデータや、彼女の友好関係もぎっしり詰まっている。
「わぁ、兄ちゃん、ありがとう!」
 僕はちょっと、…いや、かなり得をしてしまった。調べなきゃならないことがこれで減った。むしろ、このくらいの資料があれば完璧であろう。
「本当にありがとう!」
「水樹、女の子なんだから、兄ちゃんなんて言うなよ」
「お兄ちゃんにしとけ」と付け足し付き…。
 …やっぱり母さんの息子だと思う僕であった(涙)。

「…ところで。一応、中の様子教えてよ」
 気を取り直して…僕はそう、問い掛ける。
「あぁ、部屋の中?」
 兄ちゃんはふっと思い出すように言うと頭を左右に揺らした。
「……上手く言えねぇ……な……」
 兄ちゃんはひとつ息を吐き出して、僕のほうを見た。
「まぁ、詳しいところは氷見にでも教えてもらえ。俺の印象的なとこを言うと、髪がすごかったぞ」
 兄ちゃんいわく、ばらばらと切れるだけ切った、という感じの切り方だったらしい。
「……そっか……」
 想像して、背筋にゾクリと寒気がはしった。

*** *** ***

 ……あと、1人。それで全て終わる。
「ひびきがあたしの元にかえってくるわ」
 彼女はアパートの1室でカーテンを閉め、電気もつけずにそうつぶやいた。
 床にはかつて小鳥だったモノ、植物の枯れたモノ、その土などが散らかったいる。
 彼女の手にはどす黒い…かつては赤かったであろう…液体が固まったモノがこびりついている。ここには錆びた鉄のような匂いが立ちこめていた。
 彼女は、焦点があっているのだろうか? あたりを見ているようだが、脳にとどいていないかもしれない。
「髪…長ぁい髪…」
 床には長い糸…髪が散らばり落ちている。
 彼女はゆっくりと立ち上がった。
「あの女の髪を切れば…」
 あの女のいのちを奪えば。
「あなたは帰ってくるでしょう?」
 誰もいないところを見て幸せそうに微笑む。彼女には大好きな、愛しい人の姿が見えるのかもしれない。
「…あいつで、終わる…」
 彼女は、微笑む。――暗い光を瞳に宿らせて。
「ふふふ、いつ、そうかしら?」
 今夜? 明日?
「――考えるだけで楽しいわ」
 クスクスと笑う。
 ――突然。
 彼女は空中を見定め、小鳥の死骸を投げた。

「誰?!」

 ゆらりと空間が揺れた。一人の女が姿を現す。
 ――闇のような、女。
「ワタシよ…うふふ」
 女は笑った。そっと、彼女に触れる。
「奴らが来ている…アナタの力を奪いに来るよ」
「天使…様……」
 彼女はうっとりと呟いた。
「天使、ねぇ」
 彼女の言葉にニヤリ、と女の唇の形が歪んだ。
「――さぁ、一度部屋を整えなさい。アナタの力が奪われぬように…」
「はい。天使さま」
 目がとろーんとしている。ゆらゆらと立ち上がると掃除を始めた。
「いいこね…」
 その姿を見て女は呟いた。――そしてまた、闇に包まれる。
 もとからその存在がないように、消えていった。

*** *** ***

「秋山さんの住所、ここだよなぁ…?」
 僕はアパートの郵便受けを見ながらそう言った。新聞、ダイレクト…メール、普通の手紙…。詰めるだけ詰めてある、という感じである。
 まるでずーっと留守で、手紙を受け取っていないという感じだ。
「――わたしが秋山殿の部屋を見てまいりますか?」
「そうだね。じゃあ、お願いしようかな」
「では…」
 大学と同じ事が行われる。氷見は息を吸って、はいた。

*** *** ***

「はぁ、何やってんだろ、あたし」
 秋山殿は掃除をしながらつぶやいていました。
「もう、あれから……何日…」
 そう言うと涙を流して寝具の上に転がりました。
「ひびき…」
 そしておもむろに受話器を持つと、どなたかに電話をしていらっしゃいました。
「うわーん、紗祐理ー」

*** *** ***

「…という具合でしたが…」
 僕は氷見に触れ、気を視た。
「――あれ…? 悪霊の“気”がない…?」
「任務終了でしょうか?」
 氷見が秋山さんの部屋のあたりを見てつぶやく。
「まぁ、父さんに訊いてみるか」
「そうですね。今日は帰りましょう」

「ただいま!」
「おかえり。秋山さん、正常に戻ったそうだ。仕事は終わりだな」
「うわーいっ」
 言ってから、「あ」と思った。――やばい、思わず本心が…。
 父さんの顔が…目が恐い…。
(……あれ、仕事が終わりってことは……)
「役に立たなかったなぁ」
 せっかく貰ったのに。今日貰った資料を思い出しながら呟いた。
「何が?」
 すかさず母さんが尋ねる。
「兄ちゃんが秋山さんの資料くれたんだ」
 用なしと分かっていても、一応母さんに差し出す。
「…女の事ならエンヤコラだな」
 父さんは大仏の目が恐いバージョンみたいな目をしながら覗き込む。
「明さん、望を愚弄しないでください」
「…由美さん痛い」
 また例のごとく手をつねられている父さんだった。

 自分の部屋でゴロゴロする。今日は仕事が理由で休めたけど、明日は休めないだろうなぁ…。
 学校が嫌いなわけじゃないけど、休めるなら休みたい。面倒くさいなぁ…。
 コン コン
「!」
 合図だ! …ずっと前になくなったはずの…。
「ひみちゃん!」
 まさか2日連続で合図があるとは思わず、僕は(自分でも分かるほど)満面の笑みになってしまった。
「今からそっちに行ってもいい?」
「いいよ!」
 ほとんど間はなかった。僕は窓を大きく開けると右側によった。
「行っくよー」
 ふわり…ひみちゃんにはそんなイメージがある。軽々と僕の部屋に入ってきた。
「こんばんは」
 長い髪がまだ浮いているようなときに言った。
「実は、家の仕事で相談が…」
 …一応仕事は終わったことになってるんだけどなぁ、家は。
 僕はとりあえず長くなってもいいようにひみちゃんにクッションを提供して、麦茶などを取りに行った。
「いらないようー」
 背中でそんな言葉を聞いてはいたのだが、一向にお構いなし! で取りに行った。

「…で、話というのは?」
「話題に入るの早いのねぇ」
 僕は麦茶を一口飲む。今夜は闇夜、なんだか嫌だ…。
「実は今日、白桜大学に行ったの」
「えぇっ?!」
 どうしたの? とひみちゃんに訊かれた。…今日、居たのか。何でもない、と一応言っておいた。『居た』と、言っていいのか分からないから…。
「でね、悪霊の気の後をつけてみたんだけど…」

「スト−ップッ!」

 ひみちゃんの家も、僕の家と同じように『悪霊退治』をしていることを知ってはいる。
 だけど…言っていいのだろうか? これって――例えばある店の秘伝の味、とか隠し味を教えてるのと同じにならないだろうか?
「言っちゃって、いいの?」
「え? …あ、あたしが相談したいだけなの」
「へ?」
 僕は妙な声をだしてしまった。「それに、」ひみちゃんは首を傾げながらそう続ける。
「大事な幼馴染み、なんでしょ」
 相談させてよ、とひみちゃんは笑った。
「………」
 ――僕は思わず笑ってしまう。
 僕の言葉をそっくり返すひみちゃんに負けた、とそう思った。

 
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