少年は黒い影に吸い込まれた。
少年はあらがおうともしない。自分から進んだ…。
「先輩?!」
私は跳ね起きる。
夢は、いつか起こること。予知夢。私の握った手からは汗が感じられた。
廊下を走る。ぱたぱたと僕の足音が響く。
声が聞こえた。僕は角から覗く。
「やだなぁ、また破られてるよ」
3人のうち、1人の女子が破かれたポスターを見てつぶやく。
「犯人、早く捕まらないかしら?」
サラサラと黒い髪がゆれる。ポスターは、写真。
「なに、捕まったら先生にこってりしぼってもらう?」
クルクルと楽しげに瞳が動く。この3人の女子の顔が破かれているのだ。
「それがいいわね。まーったく、しつこいわね。8月からずっとよ?」
「もう9月だから、1ヶ月か」
「そんなに気にすることないんじゃないか?」
「せ、先輩!」
サラサラの髪を風にとけ込ませながら振り返る。
あの人は、
「生徒会長!」
瞳をクルクルとしながら女子…荒井さんは嬉しそうに声をあげる。
生徒会長は3年生。男の僕から見ても『カッコイイ』と、思う。
こんにちわ! 弥鏡水樹です。9月…僕もとうとう14歳になりました。
僕等の中学校、青葉中学校は来週の12日、13日に学園祭があるんだ!(休みを入れて学園祭まであと7日!)
で、僕は今、クラス展示に必要なガムテープをもらいに行こうとしていたというわけ。
会話をしている横を通りすぎようとまた走り出す。
会長と目があった。挨拶しないわけにはいかないだろう。
「こんにちわ!」
「やぁ、クラス展示、がんばってやってる?」
「はい!」
…視線が痛い…。荒井さんが『話してるところ。邪魔しないでよ』と言っている…目が。
「そ、それじゃ。僕、行きますね」
「あぁ、がんばれよ」
僕は1度頭を下げてから走り出す。
あの3人は演劇部。
演劇部…3ヶ月前に1人の女生徒が自殺をした。
塚田みなみさん。今度の学園祭でやる劇、『かぐや姫』の主人公をやる予定だった。
自殺の理由はいまだに分からないらしい。
明るい誰からも好かれるような人で、僕は違うクラスだったけど、けっこうもてていたみたい。僕の友達も惚れていて、彼女の死をそうとうに悲しんでいた。
「みーずきくんっ」
後ろから声をかけられる。僕は思わず顔を緩ませてしまった。
「ひみちゃん!」
ひみちゃん…武之内妃己ちゃん。僕の家のお隣さん、幼なじみ。
「今日、何時ごろに準備終わらせそう?」
「んーと…。今日は5時位までやっていくって言っていたけど…」
「5時?」
ひみちゃんは近くの時計を探す。僕は自分の腕時計で時間を教えた。
「今、4時30分くらい」
「あと30分か…」
どうしよう? ひみちゃんは小さく声を漏らした。僕はそれを聞き逃さない。
「なんで?」
「う゛ーん。ちょっと気になることがあったから一緒に帰って、話そうとと思ったんだけど…」
なんですと?!
こ、これは…。
「ま、家についてから水樹くんの家に侵入しようかな」
諦めが早いよーう(涙)。でも最近暗くなるの早いからなぁ。待たせても悪い気がするし…。
「というわけで、準備がんばってね」
ひみちゃんはくるりと僕に背を向けた。
「…っ、ひみちゃんっ」
あまりにも変な声+急に声をかけたのにびっくりしたのか、ひみちゃんはびっくりした顔でこっちを見た。澄んだ瞳。
「5分、あと5分待ってて!」
僕はそれだけ言うと教室に向かって走りだした。
僕の時計できっかり5分! …と言いたいところだけど、6分位になってしまった。
「ひみちゃん、ごめんっ」
息が軽くあがっている。顔もちょっと熱いし…。
「さ、帰ろう!」
ひみちゃんはにこっと笑って歩き出した。
「で、気になったことって?」
「…ちゃんと覚えてるのね」
ひみちゃんはなぜか少し淋しそうな顔をしながらそう言う。…覚えてちゃいけなかったかなぁ。
「で?」
「あ、あぁ…。水樹くん、最近仕事の依頼あった?」
「仕事?」
うちでやってる仕事…。
僕のうち、弥鏡家では人形師をやっている。
芸を見せたりとかそういうのじゃなくって、人形を使って悪霊を封印しているんだ。
僕は15代目人形師…人形巫女。
…なんでうちの仕事の話がでるんだろう?
「今のところ、特にないけど…」
それがどうかしたの? 僕は疑問をそのまま唇にのせる。
「…夢を見たの…」
ゆっくりと口を開く。それにあわせてひみちゃんの足取りゆっくりになった。そんな気がした。
「夢?」
「…『夢はいつか起こりうること』。――巫女は夢も馬鹿にできやしない…」
…ひみちゃんは『巫女』。
神社とかにいるようなアルバイトの巫女さんとかじゃなくて…本物の『巫女』。
『力』を使って、悪霊を封印する…。
うちと違うのは人形を使わず、エネルギーで封印したりすることかな。
ひみちゃんは、夢を見たらしい。いつか起こること…予知夢を。
「予知夢?」
僕はそう言った。
「予知夢…なのかしら?」
なぜか手を広げてその手のひらを見る。
「…あの時も夢を見たの。私が夢を見たときすでに悪霊に憑かれていたんじゃないのかしら…」
『あの時』
僕は瞳を強くつぶった。なぜかそうしてしまった。
「――そう思うと、なんだか、ね」
ひみちゃんは静かに言った。
『あの時』から……まだ、一ヶ月も経っていない。
一人の女の人――秋山さんが、悪霊に憑かれてしまった。
依頼を受け、悪霊の封印をした…けれど、――間にあわなかった。
僕の目の前で2人の人が亡くなってしまった。
あの時の、秋山さんの声が頭に残っている。
『ひびき……?』
――悪霊に操られて、人を殺してしまった秋山さんの、叫び声が。
『――ひびき!!!』
「また、間に合わなかったらどうしよう? また、悲しむ人がいたらどうしよう?」
『僕、人を殺してしまったよ』
――僕はぎゅ、と手を握る。
間に合わなかった僕。
――悪霊を封じるのが、もっと早くできていたのなら。
僕は歯を食いしばった。
『貴方では、ありません』
……続けて思い出した言葉。
僕のものではない言葉。噛み締めていた力が少しだけ緩む。
僕は頭を横に振った。
(頑張ると決めた)
あんな風に悲しむ人が減るように、と。――僕は、決めた。だから。
僕はもう一度頭を振った。考えを切り替えるために。
横を見てみると、俯いてしまっているひみちゃんがいる。
…ひみちゃんはすごく責任感の強い人だ。でも…。
「――ひみちゃん、考えすぎちゃだめだよ」
考えないで、なんて言えない。
でも、ひみちゃんがそうやって考えて、考えて、考えて…自分をこわしてしまったら…。
――そんなこと、僕が耐えられない。
「たまには肩の力をぬいて。あんまし考えすぎると白髪が増えちゃうぞ」
冗談めかして、僕は笑った。
顔をあげて僕のほうを見ていたひみちゃんの表情が、変わる。
どんどん、笑顔に変わっていく。
「………」
僕はその笑顔に見とれてしまった。
「そっか」とひみちゃんは前をむく。
「白髪が沢山の若おばさんはちょっと嫌だもんね」
責任感が強くて…でも、前向きなひみちゃん。
「…若おばさんの幼なじみなんていらないよ。僕」
僕がこっそりそう言うと「言ってくれるじゃない!!」と僕のほっぺを伸ばした。
…いひゃい。
モゴモゴと音はでたが言葉になることはなかった。