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四−ⅰ

何だか、話がしたい。
水樹くんとお話がしたい。
そうだ。家に来てもらっちゃおう。


 コン コン
 窓からそんな音がする。
(ひみちゃんだ!)
 僕は思いっきりカーテンを開けた。大当たり!
「ヤッホー、水樹くん」
 僕はその後に窓も思いっきり開ける。風が冷たい…。でもそんな事気にしてなんかいられない!

「こっち、来ない?」
 ひみちゃんからお呼びがかかる。待ってました!
「うん、行く行く! ちょっとよってて」
 ひみちゃんがすっと横に動くのを見とどけると僕はひみちゃんの部屋に侵入をした。
「宿題やった?」
「ううん。学園祭前だからって、宿題ないよ」
「へー、いいなぁ」
 ひみちゃんのクラスの先生が音楽の先生だからかな…。ちなみに僕のクラスの先生は英語が担当。
「で、何か話しでもある?」
「…よくわかるね」
「ひみちゃんのことなら何でもわかるよ」
 僕は冗談っぽくそう言った。…本当はわかりたいっていう希望なんだけど。
「依頼、あった?」
「…うん」
 ひみちゃんの問いかけに僕はゆっくりと頷く。
 依頼者は生徒会長…宮崎先輩の母親だった。

『この頃、おかしいんです』
 父さんから聞いたところによると…
『息子の幼なじみが死んでからと言うもの、毎日部屋に閉じこもってそのこの名を呼んでいて…』
 僕はその後に続いた言葉を聞いて驚いた。あの穏やかそうな先輩が…。本当にそんなことを言ったのであろうか?
『殺す。奴らを…』
 そう言った、と。

「…」
 僕は黙り込んでしまった。
「…もしかして依頼主って生徒会長のお母さん?」
「え?!」
 何でひみちゃん、分かったんだろう? そうは思いつつも事実だから首を縦に振る。

「じゃ、協力ね」
 ひみちゃんの言ってる意味が一瞬わからない。
「へ?」
 その思いが口から出てしまった。
「…家にもその人から依頼がきたの。また2人でがんばろ」
 僕は笑みが顔中に広がったのが自分で分かった。…かなり満面の笑みなんだろうなぁ。
「頑張ろう!」
 ――父さんが言っていたことは本当だったみたいだ。
 ひみちゃんが笑ってくれたから、僕はとても嬉しくなった。

 …2日後。演劇部の部室の前を通ると声が聞こえた。
(――あれ?)
 なんだか変な感じがして、僕は思わず声のする部室を覗き見てしまう。
 …なにか変だったのは、主人公が違ったせいだったみたいだ。
 主人公の水島さんがずっと休みだからということで代役をたてたらしい。緑川さん、て名前だったと思う。
 僕は顔だけを見ると準備をするためにさっさと駆けだした。

*** *** ***

「先輩、お話って何ですか
 サラサラの髪が自慢、と言ったことがある少女。
 アコガレの先輩に声をかけられてドキドキしつつ、問いかける。
「――水島、どうしたか知ってるか?」
 突然、そんなことを言われて「え」となった。
 そんなことを言うためにわざわざ呼び出されたのだろうか。
「えー、知りません。わたし、水島さんの代役やらされてるんですよ。早く学校に来てくれないですかねぇ」
 少女は軽く言ってにっこりと笑う。
 ――対する少年の顔は暗い。その表情のまま口を開いた。
「…何言ってんだ」
「え?」
 いつもの少年の顔ではない。少女は驚いた。
 この人もこんな表情をするのか、と。
「そんな事少しも思っちゃいないくせに」
 言いながら、少年はじりじりと少女のほうへ近づく。少女はガタガタと震え始めた。
 ワケもわからないのに、ただ、恐いと感じる。

「おれ、知ってるんだ。お前ら3人が劇の主役をやりたがっていたこと。そして…」
 少女の背中に木が当たった。これ以上後ろに下がることはできない。
(恐い…!)

「その主役をやることができるのならば、他の命がどうなってもいいと思っていることを!」
 ――ざざっ
 風が吹いた。少年の髪が静かにゆれる。
「――水島、あいつはもう学校に来ないよ」
 言って、少年は笑顔を見せた。
 それはいつもの先輩の笑顔で、少女はほっとした。
 ――だが。言葉の意味がわからない。

「そして、お前も…」
 え、と声をあげた。
 …ドッ
「…!」
 ――次の、瞬間には。
 唇が何かをかたどる。そこから声の代わりに血が溢れた。
 ――人間に出来るわけがない。
 少年は素手で、少女の体を貫いたのだ。
 少女の体の力が抜けると、少年は手をゆっくりと少女の体から自らの腕を抜き取った。手に付いた血を、ぺろりとなめる。
「これで2人目…」
 石を投げ入れるように、少年は少女の物言わぬ体を池にほうった。
 少女は池の底に沈んでいく。
 本当か嘘かは知らないが、この公園の池は深く、モノが沈めば浮かび上がってくることはほとんどないそうだ。
 投げ入れた少女の姿が完全に見えなくなると、少年は呟く。
「みなみ…。今夜もまた来てくれるだろう?」
 静かな声は誰もいない公園に広がって、とけた。

*** *** ***

「あれー? 沙絵子は?」
 辞典を借りにきた僕の耳に、そんな荒井さんの声がとどいた。
「さぁ? 連絡は来てないらしいけど…」
「ふーん…。ねぇ、慧ちゃん。悪いんだけどさ、辞書貸してくんない?」
「あ、いいよ」
 どうも荒井さんも僕の仲間らしい(辞書忘れ仲間…うれしくない)。

 その日の放課後も演劇部の部室前を通ったんだけど、主役が緑川さんから荒井さんに代わっていた。…代役も大変だなぁ。
 そしてもちろん、今日も僕はクラス展示の手伝いをみっちりやらせていただきました…。ちかれた…。学園祭まであと4日…。

「たっだいまー! 母さん、僕これから禊ぎするから」
「へ? なんで?」
「…氷見をだすから! 仕事依頼されてるでしょ!」
「あら、そうだったわね…うふ
 『うふ』って…。何かイソイソしながら化粧道具出しに言ってるし…。
 僕は1つ大きく深呼吸。そんな事、気にしてはいられない。

 15代人形師・人形巫女弥鏡水樹。それになるのだから…。

 人形室。僕の人形が…氷見が眠っている部屋。
 ゆっくりとその頬に触れる。
「氷見、瞳を開いて」
 その一言。たった一言で氷見は瞳を開いてくれる。
「…水樹殿。痛みはとれましたか?」
 澄んだ目と、声。氷見の声に僕はゆっくりと瞬きをした。
 ――痛み。…前の事件のことだろうか?

「全部とまではいかないけど。……大分いいよ」
 僕は氷見の髪に触れた。サラサラとこぼれ落ちる髪。
「それなら、良かったです」
 氷見は笑う。いつも勇気をつけてくれるその笑顔。優しい、優しい、氷見。
「ところで、今回はどのようなことがありましたか?」
「上に行ってから話すよ」
 僕はゆっくりと人形室から離れ、離れから僕の部屋に向かった。

 そう言えば、ひみちゃんに氷見のこと紹介してなかったなぁ…。
「やっほう!」
「うわぁぁぁっ!」
 噂をすれば実体が!
「侵入しても、オッケ? …あれ…?」
 ひみちゃんの視線が氷見で止まる。
 …うぁ、氷見のことどうやって紹介しよう?
 まさか人形とか答えるわけにはいかないような気がするし…。
 いや、ひみちゃんは僕の家の仕事わかってるからいいのか? ――って、名前の由来つっこまれたら困る!!! ど、どーしよ……。

「「あなたは…」」

 2人で同時に言葉を発する。
 ぐるぐる考えていた僕は、そんな2人の反応にワンテンポ遅れて反応した。
「え? な、何? 2人も知り合い? ま、まさかね。あはは」

「…知っています」
 氷見がそう答えた。え? と、僕は疑問に思う。
「私も、知ってるわ…この人…」
「この間の事件で部屋にいた方です。水樹殿」
「部屋にいた?」
 氷見の言葉を繰り返して、しばらく考える。

「…あ」

 ――そうだ。魂だけで氷見に部屋の様子を見てもらったとき……なんか、清浄な『気』があったとか、氷見が言っていた。
 『気』の正体が、女の子だったとも。
「部屋を見ていたら、あなたがいたわ」
 ひみちゃんは、氷見を見ながらそう言う。
 ――そっか。あの時、あの部屋にいたのはひみちゃんだったんだ…。
(……もしかして大学ですれ違ったひみちゃんに似た人って、ひみちゃん本人だったのかな?)
「――あなた、誰?」
 ひみちゃんは、氷見に問いかけた。
 きたきたきたーっ。ど、どう答えよう…!
「わたしは、氷見。水樹殿の手となり、足となる…人形です」
 氷見がそう答える。ひみちゃんが固まった(ついでに僕も固まった)。
「…このことはあなただからお伝えすることなのです。ひみ…さん」
 自分と同じ名前で少々と惑っているらしい。
「ひみさんって…いうの?」
「う、うん」
 ひーっ、い、言い訳が出来ないよーっ!!
「わぁ、私と同じ名前なんだぁ。こんなに美人さんなのね
 …予想していた反応とは違う反応。いいけどさ。別に。なんかフレンドリーだし…。これはまた、予想外だ。

 しばらく喋って、氷見に今回の依頼者とやってもらうことを話した。
 やってもらうことは…。
「えーっと。1、先輩をずーっと見守っていること。2、先輩の様子の報告。以上をよろしく」
「御意」
 だーっ! 今もその言葉遣いだしっ。ひみちゃんがいるのにぃ!!
 でもひみちゃんはそう、驚いた顔はしていなかった。
「でも殺すって…。一体誰のことだろう?」
「うん…。それが分からないからねぇ」
「では、今からまいりますか?」
「じゃあ、お願いしようかな…。あ、先輩の家ぐらいまで一緒に行こう!」
「ありがとうございます」
 …それを母さんに言ったところ…。
「ま! その格好のままじゃ危険だわ!」
 言いながら母さんは僕に服を手渡した。
「着替えなさい!」

 
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