『着替えなさい』と言った母さんが差し出した服に素直に着替えた僕がバカなのかもしれないけど…。
「…………」
…僕、女装…。
(ひ、ひみちゃんがいるのにぃ…!)
「水樹くん、可愛い…」
ひみちゃんまでそんな事をっ(涙)。
「でも、おばさま。この時間帯、可愛い娘のほうが危険じゃありません?」
「ふふ、大丈夫! この子は腐っても男の子よ!」
腐っても…って…。
母さん…言いぐさがヒドイよ…。
その時ひみちゃんは何か思いついたのか、パチンと両手を打った。
「水樹くん、ちょっとだけ待っててくれる?」
「え、うん、いいけど…」
そう言うとひみちゃんは自分の家に帰っていった。
何をするかと思ったら、着替え!
その服装は僕の服装になんとなく似ていた。
僕は髪の毛をかまわずにショートのまま。ひみちゃんも(かつらを取ったのか)ショート。茶色と黄色のボーダー服の上にジージャンを羽織る。ひみちゃんは赤と青のボーダーの上にデニム素材の上着。そしてなぜかミニスカート…男が足出してどーするっ! ひみちゃんでさえジーパンなのにっ!!
…とこんな具合。また遊ばれた僕…。うへへ。
「今回は暗いから、動きやすさを追求してスニーカーよ♡」
…いいけど母さん、よく僕のサイズの靴を見つけ出してくるね…。
「気をつけてねぇ!」
と、わざわざ玄関までお見送り。
僕は夜の街をひみちゃんと氷見にはさまれて歩きだした。
先輩の家の近くには公園がある。
その公園は池がすごく深いという噂がある。
静かであるはずの公園が赤いランプに照らされてチカチカしている。事件?
「事件ですか?」
僕は野次馬の一人に聞き出す。…げ、矢沢…!
僕の友達…。バスケット部に入っている。うーん、ばれた…かなぁ…。ばれたら笑い飛ばされるよ…きっと…。
「え、あぁ、そうみたいっすよ」
矢沢がそう答える。――良かった、ばれてなさそうだ。
「ふーん」
ひみちゃんはそう答える。氷見が矢沢に質問をした。
「どんな事件ですか?」
矢沢は氷見に見とれていたらしかった。しばらくの間があく。
「あ、えーっと。死体が発見されたそうです。女の子、2人の」
矢沢、なぜに知っている? 僕はそう思いながらも口には出さなかった。
「身元の確認はまだらしいです」
「ありがとうございます」
氷見は深々とお辞儀をした。僕は氷見を引っ張る。
「行きましょう、もうすぐそこよ」
うう、女言葉になれている自分が哀しい…。
「ここですか?」
「そう…だよねぇ?」
ひみちゃんに尋ねる。ひみちゃんは大きく縦に首を振った。
「何の気も感じないんだけど…」
そうだね、と僕は頷く。禍々しいの『ま』もない。正常な空気…気だ。
「そ、それでも見ておこう! 一応ね」
僕は氷見に見張り(?)をお願いする。
「では…まいります」
氷見は手を胸にあて、ゆっくりと息を吸い込む。そしてはきだした。
ゆっくりとわたしは2階の部屋に侵入いたしました。
そこに居たのは1人の少年、そして…少女。
儚き少女は少年を包むように抱きかかえ、こちらを見つめました。…美しい、澄んだ瞳。まるで妃己殿のような…。
そしてわたしに言ったのです。
「この人を、助けて」
声にならぬ声で…。わたしは感じただけですが、その少女は叫びました。
「お願い、この人を止めて」
少女は苦痛に歪んだかをすると闇に浸食されるように消えていきました…一言を残して。
「次の新月…」
「次の新月?」
氷見が帰ってきてから僕は氷見に尋ねる。
「悪霊は新月にもっともうごくモノね…」
ひみちゃんはそう続ける。確かに。
「次の新月っていつかしら?」
ひみちゃんは言葉を続けた。それが分かれば先輩の動きは抑えられる? いや、抑えてみせる!!
「いつでしょうか? それが分かれば大分動きやすいですよね」
「そうだね。氷見、一応先輩見ててくれる?」
「御意」
氷見はもう一度息を吸い込もうとした。僕はそれを止める。
「待って!」
氷見が体からでていられる距離は決まっている。しばらくは魂だけのほうが動きやすいかもしれない。
「一度家に戻って、儀式をやろう。氷見にはしばらく魂だけのままでいてもらう。いい?」
氷見はそれを聞くとにこりと笑う。
「わたしは水樹殿に従う者。さぁ、まいりましょう」
僕等は一度来た道をもう一度帰った。
ひみちゃんと別れてから、氷見も、僕も禊ぎをする。母さんに化粧をしてもらって(やっぱりスマイリー…)人形室に足を入れる。
儀式をやる。
秘の聖水をゆっくりと飲みほす。氷見と、僕と…。はたから見ると結婚式のお酒を飲む様子に見えるかもしれない。
体に聖水の気が染みわたるような感触がする。
秘の聖水を2人で手に取って、氷見と手を合わせる。
気の交換をするのだ。少しでも交換をしておけば魂だけの氷見の声でも聞こえる。
それから氷見の行動範囲も広がるのだ。
「氷見、いいよ。…頼むね」
「御意」
これは少し疲れる…。氷見の魂が器から消えるのが分かると氷見をいつもの場所に横たわらせた。
僕は確認のために氷見に声をかける。
『氷見、聞こえる?』
『はい、水樹殿。聞こえます』
『報告頼むね』
『御意』
僕はグッタリとしたまま風呂にはいる。午後10時半…。宿題やってないよ…どーしよ? いいや、明日矢沢にでも見せてもらおう…。
僕は風呂から上がると布団にもぐり込む。睡魔はすぐに襲ってきた。自分が布団に沈む感じがする。
「……の、水樹殿! 起きてください!」
声が、眠っている僕を揺さぶった。
「あ、あぁ、氷見…? 何…?」
もう、朝なのかな? あんまり寝た気がしない…。
時間の経つのは早いなぁ…。
「お休みのところ、申しわけありません。ですが報告したいことがありまして…」
「んー、何?」
まだ頭がぼーっとする。フルフルと頭を左右に振るがあまり目覚めの効果にはなっていない。
「宮崎殿、やはり悪霊に憑かれています」
「…」
ア ク リョ ウ …。
「え、憑かれてる?! それ本当?!」
だって、全然気がなかった…感じなかったのに! 僕は完全に目が覚めた(という表現方法があってるか分からないけど…)。
「はい、宮崎殿の側にいますと…。気を、お視せします」
氷見と僕は手を合わせた…。
「連ちゃん」
わたしは自分の見たものを疑いました。
先程の少女…いや、少女に姿を変えた悪霊!
「あと、1人…1人よ」
悪霊は少年を先程の少女と同じように抱きしめました。
少年も先程の少女は見えなかったのに、この悪霊は見えるらしくじっとその少女を見つめます。
「そうだな。あと、1人…それですべてが終わる…」
「ふふ、そうよ…」
少女は…少女の姿ではなくなりました。
ですが少年はうっとりと見つめたまま…。少女の姿が映っているのでしょうか?
その姿は長い髪を上で縛り上げた少年のような…悪霊。
「くっくっく…。コイツ、まだオレがミナミとかいうヤツに見えんのか? 馬鹿だな…」
「みなみ、みなみ…」
「ふふ、ここにいるよ…くっくっく…」
その時こちらを見ました! …見られたような気がしました。
「気のせいか…」
「水島も、緑川も…あの池に沈めておいた」
「ありがとう…嬉しい…わ…ふふ」
「水島、緑川? あ、演劇部の人たちじゃないか!」
「そのお2方…殺された…ようです…」
目の前が真っ白になった気がした。殺された…?
「また…間に、合わな…かった…?」
また…。
「また、僕は命を助けることが出来なかったのか?」
声が震えた。
「いいえ」
氷見が凛とした声で僕に言う。氷見は立て膝だったが、立ち上がった。僕は見上げることになる。
「まだ、お1人命を狙われている方がいます」
氷見は優しい手で僕の頬をそっと拭う。――涙が出ていたらしい。
「その方をお守りすればよいのです。水樹殿全力をもって」
もう1人…。荒井さん?
「お守りしてください」
氷見の肩がふるえた。氷見は人形、涙を流すことは出来ない。僕が泣いていると氷見もつらいのだろうか…?
「…うん」
やっと声が出る。かすれた、声。
「守るよ…全力で」
自分で自分の胸元を掴む。
「――必要とあればわたしをお呼びください。すぐにまいります」
僕は氷見を見つめて、瞬きをした。
「…そういうこと言うと、こき使っちゃうよ」
「水樹殿の命ならば」
氷見はにっこりと微笑んだ。そして氷見はどんどんと形がくずれていく。
「では、水樹殿。…よい夢を…」
「おやすみ」
そこで僕の意識は…途切れた。
「おっはよーっす!」
矢沢が僕の肩をぽんっと軽く叩く…ならいいけど、どんっと思いっきり叩いた。
「…いてーよ、矢沢…」
「お、わりぃ、わりぃ。つい力がこもっちまったな」
あんまりそう思っていなそうな声でそう言う。
「思ってないだろ」
僕は思わずそう言った。矢沢はにかっと笑ってこう言った。
「ご名答! 分かってるんじゃん」
ヒドイよ矢沢…。
「ところでさぁ、昨日の夜!」
どきっ!! 少し…いや、かなり緊張がよぎる。
「すっげぇ美人と会ったんだっ…そういえば」
僕の顔をしみじみと矢沢が見つめる。ひーっ、ば、ばれるか?!
「弥鏡、お前にそっくりな女の人もいたぞ。お前って女顔だなぁ」
…似てるもなにも、その人僕だし…。多分…。
「ま、それはいいとして」
矢沢は言いながらガサゴソと鞄を探る。何かを出す気らしい。
「これ、お前読みたいって言っただろ? 貸してやるよ」
鞄からでてきたのは単行本だった。
「わー。読みたかったんだ。サンキュ。いつまでに返せばいい?」
「いつでもいいよ。あ、汚して返すなよ?」
「返すかよっ!!」
僕はさっそくこのマンガを読みだした。クラスの半分以上がうまった頃、放送がかかる。
『全校生徒に連絡します』
「!」
うちのクラスの担任、野々山先生の声。
「校長講話を行います。各クラス整列をして、体育館に集合してください」
(…校長講話…)
僕は、内容がわかる気がした。
――水島さん、緑川さんの話だろうか?
「………」
――予感は、的中した。
校長講話の内容は、水島さんと緑川さん…二人のことだった。
背の順で並ぶと近い、荒井さんの瞳には見る見る涙が溜まっていく。
――そして
「いずみちゃん…沙絵…ちゃん…」
涙が、溢れた。
声に、僕は耳をふさぎたくなった。
この人は――荒井さんだけは、絶対に守ろうと心に誓った。