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手紙が届いたのは、一昨日のこと。
兄弟みたいに育った幼馴染みが来る、と。
二人が来たのはそんな手紙が来て、3日経った日のこと。


「…ん…」
 僕は小さく伸びをした。障子越しに明るさを感じる。
 明るいけど…晴れというわけではないみたいだ。
「…――」
 枕もとの時計を見た。…7時を指している。
(今日は休みだし…もうちょっと寝ててもいいかな…)
 そう思って、僕はもう一度、布団にもぐりこんだ…。

 えぇと…おはようございます。
 弥鏡水樹です。
 この間誕生日を迎えて、14歳になりました。中学2年生です。
 ――そして。
 第15代人形師…人形巫女です。
 あ。人形師は、人形を使って悪霊を封じる…っていうことをやる人のこと。

(…人形師…)
 僕は、小さく息を吐き出した。そして、瞳を閉じる。

 昨日、お葬式があった。
 …生徒会長、宮崎先輩の。
 花に囲まれて、棺に横たわっている先輩は…眠っているようにも見えた。

 だけど僕は知っていた。先輩の目が覚めないこと。
 僕は…その瞬間に立ち会った。
 ――先輩の呼吸が止まる瞬間に…立ち会った。

* * *

 宮崎先輩は…悪霊に憑かれていた。
 先輩は、幼馴染みの塚田みなみさんの敵をとるのだ、と。
 …今から3ヶ月ほど前に自殺してしまった、塚田さんはいじめられていて…その、敵をとるのだと。
 先輩は悪霊に操られて…塚田さんをいじめていたという演劇部員の水島さん、緑川さんを――殺してしまったんだ。
 学園祭の日。
 屋上で…格闘の末、先輩に憑いていた悪霊が抜けると、先輩は前のめりにゆっくりと倒れた。
 まるで支えをなくした人形のように。
『先輩っ』
 僕は、先輩を呼ぶ。
 先輩は目をつぶっている。頭をぶつけて、気を失ったのかな…。
 変なところにぶつけてなければいいんだけど…。
『…先輩!』
 呼びかけに、先輩はゆっくりと目を開いた。
『…弥鏡…?』
 ほっとした…次の瞬間。先輩が、ビクリと痙攣けいれんをした。
『――先輩?!』
『はは、とうとう、きた、かな…?』
 顔が真っ青だ。先輩は右手を心臓の上あたりにのせている。
 浅い呼吸を何度も繰り返し、先輩は続ける。『これでも心臓弱いんだ…』と。
『!』
 先輩が、心臓が弱いなんて知らなかった…。
『先輩、どうすれば…どうすれば!』
 声が、震えてしまう。
 僕の言葉に先輩はゆっくりと首を横に振った。…そして心臓を指して言う。
『どうしようも――ない。これ、あと少ししかもたないって医者に言われていたようだし…』

 ゆっくりと瞬きをした先輩の視線が何か探すように辺りを見渡した。息を吐き出すのと同時に、一人の名を呼ぶ。――小さな声で。
『…みなみ…』
 呼ぶのと同時に――先輩の目から涙があふれた。そして、痙攣をする。
『――先輩!』
(どうすれば…僕は、どうすれば…!!!)
 先輩の手を握る。強く、強く…ただ、握る。
(――どうすれば…っ)

『――ごめん…。ありが…と、う…』

 握っていた手の力が抜ける。
 ――魂が抜けたのが、分かった。
 …分かりたくないのに…分かってしまった。

『――…ッ!!!』

* * *

「…っ…」
 僕は…何もできなかった。
 ――先輩は、悪霊に憑かれていたのに。
 僕は…僕は…。

 バタバタバタ…タンッ
「いつまで寝てんだ?」

 …へ?
 突然、僕の耳に届いた声。
 声の正体を見ようと、そちら側を向く。…向こうとする。
 ――と…
「起きろ! もう、7時過ぎたぞ」
 …その言葉と同時に、布団が剥ぎ取られた…。
 目が、合う。
 …。

 ……しばらくの、沈黙。
 僕の前にいる人間の名前が思い浮かんだけど、声にはならない。
「なんだよ、声も出ないほど驚いたか?」
 はっはっはっと、豪快に笑う。
 僕は3日前に届いた手紙を思い出していた。
 内容は…確か…。

『弥鏡家、一同様

 お元気ですか? おれは元気にやっています。
 突然ですが日本に戻ることになりました。居候させてもらうかもしれませんので、そこのところよろしく!
 きちんとした日程が決まりしだい、もう一度連絡を入れます。
 風邪をひかないようにお互い気をつけましょう。

丹下未来』

 とか、そんな感じだった…。
「――未来?」
「なんで疑問形かな」
 そいつ…こと、未来――丹下未来はもう一度、笑う。
「手紙が届いただろ?」
「え? …あぁ、届いたよ」
 届いたけど。
「なんだ? 読んでないのか?」
「いや…」
 読んだけど…。
「――もう一度、連絡をよこすんじゃなかったっけ…?」
 寝惚けた頭ながら、僕はそう言った。
 …いや、まぁ、未来のおかげで目が覚めたけど…驚いて…。

「……あれ? おばさんから聞いてなかったか?」
 未来は僕の言葉に、逆に問い返す。
(…おばさん…つまり、母さん?)
「……聞いてない」
 僕の答えに未来はしばらく沈黙した。
 そして。
「――ま、とりあえず。今日から世話になるから」
 ヨロシクな、と普通な未来。
 …いいけどね。そうだね、未来ってこういう奴だったね…。
(なんか…騒がしくなりそう)
 僕はそんなことを考えた。
 でも、未来の笑顔につられて…僕も、笑顔になっていた。
「――ん、ヨロシク」
「朝飯っ!!!」
 …「ヨロシク」が言い終わる前に、未来はちゃっちゃと立ち上がり、僕に背を向ける。「早くしろよ」と言い残して、未来は僕の部屋を出て行った…。
「…」
 閉められた襖を、僕はしばらくぼーっと見つめる。
「……起きるか」
 もう少し寝ていようかとも考えたけど、未来がいるならきっと寝ていられないだろう。

 僕は大きく伸びをした。
 そして、着替えるために立ち上がる。

 耳を澄ませば、微かに雨の気配がした。

* * *

「おはよう」
 着替えをして、居間に入りながらそう言った僕に、未来は言った。
「おそよう」
「……」
 既に、朝ご飯を食べ始めている。
「水樹が一番ゆっくりだったわよ」
 母さんがそう言いながらご飯を盛る。席に着いたとき未来は「おかわりしてもいいですか」と言った。
 …朝からよく食べるなぁ、なんて感心してしまう。
「休みだし、いいじゃん」
 ご飯を受け取りながら僕は言った。
 今朝はナメコと豆腐の味噌汁だ。
「弛んでるなぁ、水樹。おれなんていつも5時起きだぞ」
「…そんなに早く起きて何をしてるの?」
「別に」
 ――即答だった。
「やっぱ、日本の米はうまいな」
 未来は母さんからご飯を受け取るとそう言った。
 上機嫌だ。…あ、そうだ。
「睦月ちゃんは元気?」
 睦月ちゃんは僕の幼馴染みで…ちなみに未来も幼馴染みで、いとこ…未来と同時期にアメリカへ引っ越した女の子。
 あ、未来もアメリカに引っ越したんだよ。
「ん? 睦月? 睦月もコッチに来てるぞ。会う? ってか、むしろ会え」
「…命令形なんだ」
「ちなみに、妃己の家に居候」
「あ、そうなんだ」
 ひみちゃんというのはやっぱり僕の幼馴染みで、同じ中学に通ってるんだ。

 …そして、僕達4人には共通点がある。
 僕は、人形師。…人形巫女。
 ひみちゃんは巫女。
 そして、未来も一応人形師。
 睦月ちゃんは…うん、とにかく不思議な力を使う。
 力っていうか…“粉”を使うんだけど…とりあえず、未来のパートナー。

 共通点。それは、みんな方法は違うけど悪霊の退治をすること。

「「ごちそうさまでした」」
 未来と僕はほぼ同時に朝ご飯を終える。…未来、よく食べたなぁ…。
 母さんが満足そうな顔をしていた。

「水樹は今日、用事ないよな。のんびり寝てたしな」
「そうだね」
「じゃ、妃己ン家行こうぜぃ♪」
「…ちょっと早いんじゃない?」
 時計の針は8時半を指している。
 …誰かの家にお邪魔するにしても、早くて9時ぐらいじゃないかなぁ…?
 そう、僕が言うと。
「30分くらいいいじゃん」
 未来はさっさと玄関にむかう。
「よくない」
 僕は未来の袖をガシッとつかんだ。
「30分ぐらい我慢しようよ。約束してあるなら別だけど」
「約束………………うん、した」
 言い終わると同時にまたもや玄関に向かう未来の袖をもう一度つかんで僕は問いかける。
「その“間”は何」
 絶対に、約束してないと僕は思った。
「いいじゃん、別に」
「よ・く・な・い」
 「えー。えー」とブーイングを続ける未来をひっぱって、僕は自分の部屋に行った。
 ガラガラガラ…
 戸を開けると
「あ」
 …そこにはなぜか、女の子が二人。
「睦月」
 未来は嬉しそうに、一人の女の子の名を呼ぶ。
「やっほ、未来」
 呼ばれた女の子…睦月ちゃんも嬉しそうだ。
 ――その隣には。
 少し居づらそうな女の子…ひみちゃん。
 目が合った。
「――おはよ…」
「…おはよぉ」
 軽く手を上げて、僕は応じる。
 雰囲気的に、睦月ちゃんが僕の部屋乱入(?)を持ちかけたんだと思った。

* * *

 二人が再会(?)を満足した後、睦月ちゃんが僕に言った。
「ヤッホ、水樹」
 それに僕は「久しぶり、睦月ちゃん」と返す。
「なんてゆーか、全然変わってないね」
 アハハ、という笑いつきで睦月ちゃんは言った。…だけど、僕もそう思った。
 睦月ちゃんは…というか、睦月ちゃんも未来も小学3年生の頃にアメリカに引っ越したんだ。
 …まぁ、その後何回か会ってはいるんだけど。それにしたって会うのは久々だ。
 だけど、変わってない。

「そういえば、どうして帰ってきたの?」
 二人の帰ってきた理由を僕は知らない、ということに気付いた。
 だから、問いかけた。
 僕の疑問に答えたのは未来。
「んだよ、帰ってきちゃ悪いかよ」
 …だけど僕の求める答えじゃなかった…。
「悪くないよ」
「むしろ嬉しい?」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて言うのは、睦月ちゃん。
 僕はそれに「うん」と頷く。
 すると未来は一度目を大きくした。  それから、ププッと噴き出す。
「やっぱ変わってねーよ、水樹」
 …そんなに何度も言わなくても…。
「それはそうと、学校も同じところ通うから」
「あぁ、ここら辺に中学校は一つしかないしね」
 それはそうだ、と僕が言うと。
「…いだだだだっ」
 ――なぜか、未来に頬をつねられた…痛い…。ついでになぜ…?
「と、いうわけで、学校見学に行きたいんだけど♪」
 睦月ちゃんは「よく伸びるわねー」と言いつつ、未来を止めてはくれない。…ひどいや、睦月ちゃん…。
 ようやく未来の手が離れると、僕は頬を撫でた。
「休みだし、学校には入れないんじゃない?」
 ひみちゃんは「それでもいいの?」と続けた。
「「うん、いいよ」」
 息がぴったりとあっている睦月ちゃんと未来。
「それじゃあ、行こうぜぃ」
 未来はさっさと立ち上がった。
 睦月ちゃんもそれに続く。
 僕はひみちゃんをチラリと見た。目が合う。
「…行こうか」
 僕が言うとひみちゃんは「そうだね」と笑った。
 ふと、窓の外を見つめる。
(――雨、本降りにならないといいな)
 そう思った。

* * *

 ひみちゃん達が窓から自室に戻り、僕達は居間に向かった。
「あ、母さん。僕達ちょっと学校に行ってくるね」
「あらあら。いってらっしゃい」
 母さんの声を背中に、玄関を開ける。

 雨は起きた時と同じくらい、静かに降っている。
(そういえばひみちゃん達、雨なのに窓から入ってきたんだよね)
 一応ひさしはあるけど濡れなかったのかな、と考えながらひみちゃんの家の前(って、すぐ隣の家だけど)に立つ。
「お、ナイス」
 睦月ちゃんが「いいタイミングね」といいながら出てきた。
 当然ひみちゃんも、だ。
「じゃ、行くか」
 そう言って未来(と睦月ちゃん)はさっさと先に進んでいく。
「…あれ? 場所知ってるんだ」
 僕が問いかけると未来は「当然」と胸を張った。

 
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