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悪霊に憑かれた人達の背中を見送る。
私は思わず、安堵のため息をこぼした。

 僕達を取り囲んでいた人達の背中を全て見送ると、睦月ちゃんは「おーわりっと」と言いながら、腕をぐっとのばした。
「お疲れ」
 未来が軽く手を上げて言うとその手にパンッと、睦月ちゃんは手を当てた。
「とにかく、帰らない? 着替えたくても学校には置いてないし…」
 ひみちゃんの言葉に未来と睦月ちゃんは頷く。
「水樹。帰るぞっ」
 マジで風邪引いちまう、という未来の声。
「? 水樹?」
 ――もう一度、呼ばれた。
「あ…! うん」
 僕は慌てて、未来の呼びかけに答える。

(……)
 思わず、ため息が出た。
 …僕はなんて、役立たずなんだろう、って。

 ひみちゃんは、その声…『呪文』で、悪霊を鎮める…滅ぼせる。
 未来は『言葉』で、『風』を呼べる。
 そして睦月ちゃんは、『粉』を使って、いろいろなことができる。
 それに比べて、僕は…。
(――氷見…)
 僕は『力』がなくて…氷見がいなければ、封印も…何も、できない…。

 もう一度、ため息…
 カポッ
「……?」
 …は、誰かの手で塞がれた…。
 手の――腕の先は、ひみちゃんだった。
「幸せが逃げちゃうよ」
 ひみちゃんはそう言ってから、手のひらを僕の口元から外した。
「ため息なんてついて、どうしたの?」
 ひみちゃんは言った。
「別に…」
 なんでもないよ、と。そう、言おうと思って…
「ウソ」
「…」
 でもひみちゃんに、そう言い切られた。
「なんでもないって顔じゃないよ、水樹くん」
 ――あぁ…もう。
 ひみちゃんは、何でもお見通しだね…。

「――僕は…何にもできないなぁ、って」

 上履きから履き替えて――あ、そういえば廊下に足跡つきっぱなしだ…雑巾で拭かなくていいのかな――顔を上げると、未来が僕に、睦月ちゃんがひみちゃんに、傘を手渡してくれる。
 ありがと、と未来に言ってから続ける。
「…ひみちゃんも、未来も…睦月ちゃんも、『力』があるのに…って。」
 あはは、と意識せず、笑いが漏れる。
 …その笑いが渇いていると、僕自身で思った。
「――僕は、氷見がいないと何もできないんだなぁ…って…」
 雨の中走り回ったせいで服はびしょびしょで、傘をさす意味があまりないような気がしたけど、僕は傘をさした。
「――…情けないなぁ…」
 ひみちゃんの視線がキレイで。――真っ直ぐで。
 本当、自分が情けない…。

「本当にな」
 …と、未来は言い切った。
 ちょっと…いや、かなり…その言葉は僕の胸に突き刺さったような気がする…。
「“何もできねぇ”だと?」
「あんまりウダウダ言ってると、あたしが絞めるわよ」
 …。睦月ちゃん…絞めるって…何を? もしかしなくても、僕を?
「みーちゃん、むっちゃん」
 呼びかけに未来は「みーちゃんはヤメロよ」と言ったけど、ひみちゃんは笑うだけだった。それから、視線を僕に移す。
 …あぁ、キレイな目だなぁ…。
「“何もできない”なんてウソだよ。水樹くん、あたしと先生の間に立ってくれたじゃない」
(…ひみちゃん…)
 そして、未来が続ける。
「そうそう。『力』のねぇヤツがな」
 …とってもストレート…。
 そして、睦月ちゃんが頷く。
「そうそう、“何もできないヤツ”がね」
 …言葉がイタイ…。
「もう、どうして二人ともそんな言い方するの?」
 ひみちゃんは「もう、一生“みーちゃん”で決まり」と宣言すると「えぇっ!!」と未来は表情を歪めた。
 その顔に思わず笑ってしまう。
 ひみちゃんもしばらく一緒に笑ってから、ゆっくりと言った。
「仮に…『力』がなくても…」
 ひみちゃんは瞳を閉じる。
 何か、考えるような表情。
「…他人を思いやれるっていうことは、すごいことだよ。…自分が危ないかもしれないのに、迷わないっていうことは、すごいことだよ」
「…」
 僕は、ひみちゃんを見つめた。
「水樹くんは、“何もできない”なんてことはない。…情けなくなんかないよ」
 そう、言い切ってくれた…。
 僕はその言葉が嬉しくて…嬉しくて、俯いてしまう。
「だーっ!!! まだウジウジしてんのかッ!!!」
 未来はそう言って僕に横蹴り膝カックンをした。
 …見事、成功する。しりもちはつかなかったけど…。
「マジで、絞めるわよ」
 全く、と睦月ちゃんは呟く。
 …俯いた僕を、まだウジウジ悩んでいるのだと思っているらしい。
 ――違うんだけどなぁ。
 ひみちゃんはもちろん、未来と睦月ちゃんの痛かった言葉も、僕が『何もできないわけじゃない』って遠まわしに励ましてくれたことがわかったから。
 それで、思わず込み上げてきた熱いものを見られるのが恥ずかしいだけなんだけどなぁ…。
「水樹くん…」
 戸惑うような声。…ひみちゃんも、僕がまだウジウジしてると思ってる?
「水樹くんはすごいよ」と、言ってくれた。
 …あぁ、もう。
 これ以上僕を励まさ褒めないで。…堪えきれなくなる。 「だって」とひみちゃんは僕の顔を覗きこんだ。 「誰かひとを守ろうとするじゃない」 「…」

 ひみちゃんのその言葉で…堪えきれず、僕はこぼした。
 ――この、熱いものを。

(…恥ずかしいなぁ…もう…)
 もう中学生なのに。14歳にもなっているのに。
 ひみちゃんにはよく、泣き顔を見られているような気がする。

 僕を見てひみちゃんは、瞳を丸くした。…そして、笑う。――優しく、微笑む。
「嬉し涙?」
「…――」
 ――恥ずかしい。穴があったら入りたい、っていうのはこういうことかな…。
 手渡されたハンカチをありがたく受け取って、僕は涙をふいて、目元を覆う。
「え? 何? 水樹、泣いてんの?」
「――もう、みーちゃん。からかわないでよ」
 ひみちゃんがそう言って顔を覗きこもうとする未来と僕との間に立ってくれた。
「別にからかってなんかいないって…てか、マジで一生“みーちゃん”?」
「さっき言ったでしょ。『一生“みーちゃん”で決まり』って」
「…いぃーやぁーだぁー」
 そんな二人のやりとりで、僕はまた、噴き出してしまった。
「…笑いやがったな、水樹」
「え? いや、だってさ」
「おれが“みーちゃん”って呼ばれるのが嫌なこと、お前も知ってるくせに…」
 うん、まぁ、知ってるけど…。
「知ってるからこそ、笑える、とか?」
「うん、そう」
 …ハッ!!!
 睦月ちゃんの言葉を、普通に認めたんだけど…。
 …未来が…ちょっと…もしかしたら真面目に? …怒って…る?
「みぃ〜ずぅ〜きぃぃぃ〜?」
「アハハハハ。…いや、だって」
「アハハじゃねぇっ!!!」
 傘を振り上げて、未来はひみちゃん越しの僕に「殴らせろ」と言い切った。
「やだよ!」
 素直に殴られるような奴じゃない、僕は。
 走り出した僕を、当然のように未来は追いかけてくる。

 ――その時、だった。

『…楽シソウダナ…』

「…え…?」

 ――声が聞こえた。

 
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