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水樹くんが、手のひらを握ってくれていた。
悪霊に意識をかき乱されるような感覚の中、その手の温かさだけに集中した。


「どうするよ?」
「とりあえず、ひみちゃんは家に送ろうよ。…頼んでいい、氷見?」
「御意」
「…その言葉遣いはやめてってば…」
「…?」
「あら、目が覚めたみたいよ」
 睦月ちゃんの言葉にその人…塚田は、はっとしたように起き上がる。
「あ、本当だ」
 氷見とひみちゃんの後姿をしばらく見送っていた僕だったけど、睦月ちゃんの言葉に振り返った。
「でもまぁ、雨の中寝転んでりゃ、目も覚めるだろ」
「それもそうね」
 未来の言葉に睦月ちゃんは頷いた。
「あんた等…?」
 塚田の言葉に、睦月ちゃんは「そのうち転入してくるわ」と小さく手を振った。
 「あぁ…そう」と、頷いて辺りを見渡した。
「…学校…?」
 塚田の呟き。語尾に?マークがついている。
 …それはそうだろうなぁ…憑かれている間は、多分、意識がないんだろうし…。
 ――と…目が合った。

「――弥鏡…っ」
 塚田は呟くように、僕の名を言った。
 その目には…何か、いろいろなものが浮かんでいるように見える。
 僕から視線を逸らすと「夢…か…そうだよな…」と、何かブツブツと呟く。
 ――突然。
「どうして殺させなかった!!」
 …塚田は、言った。
 いつの間に僕の傍まで歩み寄ってきている。
 ――強い視線だった。それは…僕に向けられた言葉…?
「――え…?」
 僕はわけがわからなくて、間の抜けた声を出してしまう。

「どうして、連に殺させなかった! …荒井を、どうして!」

 連…宮崎先輩?
「…何の話だ?」
 未来は言った。…塚田を蹴って。
「…未来…」
 僕は思わず、名前を呼ぶ。
「いや、話が見えなかったからな。思わず仲間に入れて欲しくてな」
「だからってどうして蹴るのさ…」
「ん? なんとなく?」
「“なんとなく”で、蹴るなよ」
 僕は思わず言った。
「――なんなんだよっ」
 蹴られた塚田は未来をみて、言った。「逆ギレか?」と未来はぼやいたけど、これは逆ギレとは言わないと思う…。
 舌打ちをしてから視線を僕に戻すと、塚田は言った。
「…どうして荒井を殺させなかった!」
 その言葉に「物騒な話だな」と未来は呟いた。
 そんな未来に構わず、塚田は言う。

「おれは…見てた。みなみがいじめられて苦しんでいたのも、…みなみが死んで、連が悲しんでいたもの」
 …荒井さんは、みなみさん…塚田さんをいじめてたうちの一人だった。
 宮崎先輩は塚田さんをいじめていた荒井さんを殺そうと、大怪我を負わせた。
 ――あの時、塚田は見ていたのだろうか?
「どうして、連に…!」
 荒井を殺すこと復讐を果たさせなかったのか、と。僕につかみかかろうとする塚田。
 ペシッ
「……」
 そんな塚田に今度は、睦月ちゃんがチョップした。
「…睦月ちゃん…」
「いや、あまりにも物騒なことを言うから」
 思わず、と睦月ちゃんは言った。
 ――未来と睦月ちゃんって、なんとなく似てるんだよねぇ…。
 行動とか。
「…で?」
 睦月ちゃんは塚田に言った。
 ――その目が、妙に鋭く見える。
「あなたはみなみさんとやらが苦しんでいるのも、連とかいう人が悲しんでいたのも見ていたのよね」
「な…」
 塚田は、何かを言いかけた。
 でも、それよりも早く、睦月ちゃんは言った。

「あなたは“見ていた”だけ?」

 ――睦月ちゃんの言葉に、塚田が言葉を詰まらせた。
 僕も、息を止めてしまう。
 睦月ちゃんはため息をついた。…深く。
「何もしなかったくせに他人を責めるのね」
 最低、と睦月ちゃんは言った。
 塚田はその言葉にカッとしたらしく、睦月ちゃんのほうに顔を向けて、腕を振り上げた。
「女に手を上げるってのも“最低”だな」
 未来はそう言って、塚田の腕を止めた。
「しかも、言い当てられたから怒ったのか?」
 僕が見えるのは塚田の後姿だったけど、その腕と…肩が震えていたのがわかった。
「…どうして…!」
 声も、震えている。

「――知っていたのに…」
 未来が、つかんでいた腕を離した。
 …振り上げられた腕が、ゆっくりと下ろされる。
「苦しんでいたことも…悲しんでいたことも…」
 塚田は繰り返し、呟いた。

 知っていたのに、と。
「…何もできなかった…」
「……――」
 塚田の言葉は、僕の中にあったものと同じだった。
 …何も、できなかった。
 ――『力』のない、自分は…何も。

 ガスッ

「……!!」
 睦月ちゃんから正面チョップ、側面からは未来の横蹴り膝カックン。
 ――塚田は、その場に膝をつけた。

「…ウジウジウジウジと!!」
 睦月ちゃんはそう言って、僕のほうを見た。「水樹と同じ系統の人間ね」と呟く。
「本当にな…」
 未来もそう言って、僕のほうをチラリと見る。
「……」
 僕は何も言わない…というか、言えない。
 突然の膝カックンで呆然としているのか、塚田は動かず、固まってしまっている。
「マイナス思考なヤツって憑かれやすいのよねぇ…」
 水樹も気をつけなさいよ、と視線だけで言われる。
 …僕ってマイナス思考かなぁ…?
 ――なんてことを考えていた僕をよそに、
「何があったか知らないけど、“何もしなかった”のと“できなかった”のは、違うと思うわよ」
 睦月ちゃんは腕を組んで、言った。
「お前は、やろうとしたんだろ?」
「……」
 未来の言葉に、塚田は更に俯く。
「――あぁ、やろうとしなかった…」
 のか、と言い終わるよりも早く、塚田は「違う!」と否定する。
「なら、いつまでもウジウジしてんなよ」
「…」
 未来の言葉に、塚田は顔を上げた。

「死んでしまった人は還らないし、貴方は何もできなかった」
 睦月ちゃんの言葉に、塚田は再び俯いた。
「…睦月ちゃん」
 僕は責める口調で言う。
「何よ、本当のことじゃない」
 …睦月ちゃんって、ズバズバと痛いことを言うんだよなぁ…。
「だからって『そのこと』で悩み続けることはないわ。――ただ、その『後悔』を、心に刻み込んでおけばいい」
 睦月ちゃんは、静かに言った。
「もしも“次”があったときに後悔しないように。…“何か”が、できるように」
(…睦月ちゃん…)
 それは多分、塚田に言ったんだと思う。
 …だけど、その言葉は――僕の心に、残った。

「とりあえず…」
 睦月ちゃんはそう言って、未来をチラリと見た。
「?」
 なんだ? と、そう思ったところで、未来が風を呼ぶ。
 その風に、紫色の粉が投げ込まれた。
「…あ」
 紫色の粉は、暗示の粉。…睦月ちゃんの言葉に、従うことになる…。
「へ?」
「“忘れなさい。帰りなさい”」
「………」
 ――塚田は睦月ちゃんの言葉によって、ふらふらと帰っていく。
「おーわり
 塚田の背を見送ることなく、睦月ちゃんは爽やかに、言い切った…。

* * *

「……?」
 うっすらと、目が開いた。
「…こ…こ…?」
 小さな疑問の声。
 ひみちゃんが目を覚ました!!

「妃己の部屋だよ」
 睦月ちゃんは答える。
「――悪霊は…?」
「大丈夫よ、もう」
「…そう…」
 ひみちゃんはそう言うと目を閉じて、ゆっくりと呼吸を始めた。
 ――眠ったらしい。
「大丈夫そうね」
 睦月ちゃんはほっと、息を吐き出した。
「よかった…」
 僕も、息を吐き出す。
「そういえば…なぁ、水樹」
 未来は何か思い出したように言った。僕が振り返ると、言葉を続ける。
「さっきは普通に流してたけどさ。氷見、いきなり出てきたよな」
「…わたしが、何か?」
 僕達から少し距離を置いて座っている氷見が未来に問いかける。
「いや、少なくともおれはできねぇからさ。人形を“呼ぶ”っつーことは」
 そう。未来も人形師。…あまり、未来の人形を見ることはないけど。
 風が使えるから…。
 それはさておき。
「…あれ?」
 そういえば。
 氷見は突然、来てくれたよね…?
 いつも、氷見が眠る人形部屋に行って『起こす』のに…。
「……あれ?」
 僕は意識せず呟きを漏らしていた。そんな僕に「あれ? ってなんだよ」と未来は声をかける。
「…そういえば、そうだよね…?」
 どうして氷見がいてくれたのだろう。
 どうして、氷見がきてくれたのだろう。
 その答えを氷見に求めた。
 だけど、氷見も首を傾げるだけだった。
「わたしも…気付けば、水樹殿の元へ“居た”だけですので…」
 わかりかねます、と氷見は続ける。
「…なんなんだろう…?」
 僕は首を傾げた。
 ――と、その時。頭にビシッと痛みが…。
「…何が“何もできねぇ”だよ」
「未来…」
 痛いよ…。
「誰が、“何もできねぇ”だよ…ったく」
 未来はそう言って深いため息をついた。

* * *

「転入生を紹介する」
 次の日。
 ひみちゃんは本調子じゃなかったから、今日は休んだ。
 帰りに様子を見に行こう!
 …は、いいんだけど…。
「柳弥睦月です。よろしくお願いします」
 ――まさか、僕のクラスに転入してくるとは思わなかったな…。
 ちなみに未来は、ひみちゃんと同じ3組に転入したらしい。
「かなり中途半端な転入ですけど、まぁ、気にしないでください」
 睦月ちゃんは笑顔を浮かべて言う。
「あ、それから」と前置きをして、睦月ちゃんは言った。
「3組に転入した丹下未来はあたしのパートナーです」
 …その笑顔で「だから手をださないでね」と言っているように見えるのは僕だけ…? その言葉に、教室はざわめいた。
(――睦月ちゃん…)
 僕は思わず、頭を抑えた。
「ちなみに、未来は水樹のイトコです」
 …へ? ――いや、事実だけど…。
 睦月ちゃんの言葉に、数人が僕のほうに振り返る。
(睦月ちゃん…)
 心の中で、名前を呼んだ。
 …気のせいかな。頭が痛いような気がする…。

 僕は思わず、手のひらで目元を覆った。
 ――何も変化はなかったけれど。

 二人がくる前より、騒がしい毎日になりそうだ。

ちょっと危ない人形師−転入生−<完>

2004年1月1日(木)【初版完成】

 
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