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「んもうっ、やな雨! さっきまで止んでたじゃないっ!!」

 少女は怒りの声を上げる。
「ふみ、どうしたの? さっきからほえて…あ」
「ほえたくもなるわよっ。さっきまで止んでたのに、また降りだすんだもん!!」

 さっきからプリプリと怒っている少女…髪は頬にあたるようなくせっ毛で、それが顎のあたりで切りそろえてあるからよけいにポヨポヨとはずんでいる。目は大きい方だろう。及川おいかわ芙水恵ふみえ。通称、ふみ。

「あたし、傘持ってるけど」
 後から来た少女…二人が並ぶとこの少女の方が頭一つ分くらい大きい。
 黒髪のストレート。こっちの少女も顎のあたりで切りそろえてある。メガネをかけていて、少し近寄りがたい、といった感じをしている。宮村みやむら風笑実ふえみ。通称、ふえ。

 二人は幼なじみだ。ともに北川中学校三年生である。

「なぁんだ。ふえちゃん、傘、持ってたの」

 語尾にハートマークが付いていそうなふみである。いつもは『ふえちゃん』などとは呼ばない。『ふえ』である。
「…気色悪い」
 ふみの口調に、本気でそう思っているであろう低い声でふえは言った。
「うっさい。さ、ちゃっちゃと帰ろう!」
 ふみはそんなふえの腕をぐいっと引っ張る。

「あたし、靴、履き替えてない」
 ふえはそう言って、ふみがひっぱっていた腕をするりと抜く。
 靴箱から自分の靴をぬいて、上履きを入れた。
「さっむいねぇ。どうせ雨が降るんだったら、雪が降ればいいのに」
「ベチャベチャ雪?」

 …十二月。
 もうすぐ冬休み年末年始休業の頃。

 ふえはふみの言葉をバッサリ切り返しつつ、傘を広げた。
 折り畳み傘だからさほど大きくはない。ふみが、ふえの隣へとちょこんと入る。
「ふえは夢がないなぁ。確かにこの辺じゃ雪が降ってもサラサラしてないけどさぁ」
 基本的に温かい地域のため、ここら辺で雪が降ったところで湿り気が多く、べちゃべちゃした雪となってしまうのだ。
「事実だし」
 きっぱりとふえは言い切る。ふみは『やれやれ』と小さく息を吐き出した。
「ため息? 幸せが逃げるわよ」
「…なにそれ」
 くるりとふみはふえの方を見つめる。
「ばーさんが言ってた」
 …宮村風笑実。彼女が一番尊敬している人間は『ばーさん』である。

 

 中学校から約一キロのところに二人の家はある。
 ふみは、宿題を一緒にやるためふえの家に寄ることになった。

「ただいま」
「おじゃましまーす」
「おかえり! あ、ふみちゃん。いらっしゃい!」
「雪乃さん、お久しぶりです!」

 雪乃とはふえの姉だ。
 童顔の二十二歳。声優をやっている。しかも歌も出したりしている、なかなかの売れっ子だったりする。

「外は雨ねぇ。ふえちゃん、濡れなかった?」
「ごらんの通り」
 折り畳み傘を二人で使い、もともと広くはない傘の面積を二人で利用するため制服の左肩の部分が濡れている。
 隣に並んでいたふみは、右肩が濡れていた。

「まぁ、その位なら大丈夫かしらね…」
 雪乃の言葉に頷いて、「あがって」とふえがふみをうながす。
 ふみはもう一度「おじゃまします」と言うと靴を器用にそろえながらぬいだ。

「先にあたしの部屋行ってて」
「うん」
 ふみは階段をゆっくりとのぼる。
 勝手知ったる幼なじみの家。のぼりきるとさっさとふえの部屋を目指す。
 …とは言っても、階段を上ってすぐに回れ右をして、そこにドアがある状態なのだが。

「はぁ、相変わらずきれいなお部屋だこと」
「『相変わらず』と言うほどこの部屋に来てないわけじゃないでしょ」
 お盆の上にタオルとクッキーをのせた物を持ちながらふえは言う。
 ふえはタオルをふみに渡した。ふみは「ありがとう」と言って制服をぽふぽふとたたく。

「まぁ、一昨日来たばっかだけど」  ちなみにここでの『きれい』というのは整理整頓がきちんとされている、という意味でもあるが物が置いていない、という意味も含まれている。
 飾りのような物はいっさい置いていない…とまではいかないがほとんど置かれていない。
 ベッド、机、洋服棚。色使いは黒、白、銀。シンプルである。

「じゃぁ、さっさとやろう」
「うん…。あーあ。受験、ユーウツだな…」
「んなこと言ってないで、やることだけやってお茶にしよう。で、どこが分からないって?」

 折りたたみ式の机をベッドの下からずるずると引きずり出しながらふえは言う。
 かちんかちんと机の足をそれぞれのばすとひっくり返した。
 それから、ストーブの電源を入れる。あまり待たないうちに温風がどわっと流れ出た。
 ふみは机の前にちょこんと座り込むと数学の教科書、ノートをごそごそと出す。

「ここ。『正弦定理を使って求めよ』って、これどうやってやるの?」
 ふえが覗き込んでいる間にカバンからペンケースを出した。
「あぁ、ここは…」

 リーン

 …ふえはくるっと窓のほうを見た。
 ストーブがゴトゴトと音を立てながら止まっていく。設定温度まで上がったらしい。

「? ふえ、どうしたの?」
「今、鈴みたいな音が…」
 ふみは暫く息さえもしないで、耳を澄ませる。
 瞬いて、ふえへと視線を向けた。
「…なにも聞こえなくない?」
「――気のせいかな?」
「なに? 気になる?」
 そう言ってふみは立ち上がった。窓の方に向かって歩く。

 リーン

「! 今」
「…うん。聞こえた」
 ふみはUターンをした。
 続く鈴の音に、ふえにしがみつく。
「な、なんか、怖いんだけど…」

 リーン

「またぁっ!!」
 気のせいか、最初よりも音が大きく…近くなったような…?
 ふえはそう考える。ガタン、と立ち上がった。

「ふ、ふえ…ど、どこ行くの?」
 ふみはふえの制服のスカートのはじをきゅっと掴む。掴んでいる指が微かにカタカタと震えた。
「どこって、カーテン閉めるだけだよ」
「えーん、ふえぇ」
 ふみの手には、妙な汗が吹き出ていた。
「はいはい。誰もいないよ。こっちにおいで」
 ふみが立ち上がって窓の外を見ようとした…その瞬間!!

 リーンッ

 一際高い鈴の音が響き、目映い光が二人を包む――!!

『獅笛…魅笛…』
 愛しい、者よ…。

 ――懐かしい、声がした。
 そんな気がした。
 …それと同時に二人は意識を手放した。

 
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