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二−ⅰ

 雨が降っていた。
 …あの日も、雨が降っていた。

 パシャパシャと雨が地面をたたく。
「うっわー。大きなお家ーっ。四郎しろう、すごいよーっ」
 少女は瞳をくりくりとさせながら片割れを呼ぶ。
 そんな少女に片割れ…四郎、と呼ばれた少年は深く息を吐き出した。
「…三尾みお。おまえ、一体いくつだ?」
 ため息交じりの四郎の言葉に少女…三尾は瞬いて、首を傾げた。
「? 四郎と一緒の十五歳」
「だったらもっと静かにしてろーっ!」
 叫ぶ四郎に「四郎もうるさい」と小さくぼやく三尾。
「おまえに言われたくないわーっ!!」
 四郎はまた、叫んだ。

 三尾と四郎…この二人は双子だ。二卵性の、同じ日に生まれた…。
 双子は――特に男と女の双子は忌み、嫌われることが多い。
 ――彼らもそれに反することはなかった。

 今日はこの二人の会える最後の日。
 明日から三尾はどこかの養子にもらわれる。

(最後…)

 この喧嘩も、最後。三尾はふっとそんなことを思い出した。
(…イヤだなぁ)
 そんなことを考えていたら涙がでそうになる。
(――ダメだっ)
 三尾は頭を横に振った。
 涙が溢れないように。…こぼれないように。

「…どうした、三尾」
「べ、別に!」
 強がる三尾に四郎は瞬いた。ガシ、と三尾の頭を掴む。
 そして、三尾の頭を振った。
「っ?!」

 自分の意思で頭を振るのと、他人に無理矢理振らされるのでは、やはり違う。
「ちょ…な…し?!」
 くらくらしてまともな言葉にならない三尾を解放して、四郎は言った。
「…足りないならもっと振ってやるぞ?」
「いらない〜っ!!」

 …そんな風な二人の元に。

「うふふ ふふ」
 どこからか高い…でも嫌みのような笑い方ではない笑い声が聞こえる。
 四郎はぎっと声の方を睨んだ。

 四郎に睨まれたことに気付いたらしいその人は、謝罪する。
「ご、ごめんなさい。でも…うふふ」
 そう言ってその人は…声からして、少女はなおも笑い続ける。
 大きな傘で顔は見えないが、声の高さや全体的の大きさから見て、二人と同じくらいか…少し、年上だと思われた。

「あなた達、仲がいいのね」
 少女が近づく。傘の中の、少女の顔が見えた。
 髪が長い。
 腰…それ以上ありそうだ。三尾は脇くらいで切りそろえてある。
 年は、四郎と三尾より二つほど上に見えた。

歌澄かすみ様! 歌澄様! …あぁ、いらした。心配したではありませんか」
 後ろから青年――とは言っても『歌澄』と呼ばれた少女より二つほど年上ぐらいのようだ――が、雨にうたれながらこちらに向かって歩いてくる。
 一歩の歩幅が大きいのか、すぐに目の前に立った。
 …大きい。
 三尾と四郎は、その人を見上げる。
 ――その人は、四郎より顔一つ分、大きかった。

舞翔ぶしょう。ごめんなさい。今日がこんな天気だから…」

 そこで歌澄は言葉を途切れさせた。
 見つめあい、目と目で会話をする。…親密そうな間柄関係がそれで分かる。

「…無理は、しないで下さい」
「ええ。今から帰るわ。…あ」
 歌澄は思いだしたかのようにこちら側を振り向いた。
 三尾と目が合う。その瞬間、にっこりと笑った。

「これから、何か用事があるかしら?」
 三尾はすぐにフルフルと首を左右に振った。
 その様子に、歌澄はさらに微笑む。
「私の家にこない? お話ししましょうよ」
 …もちろん、用事などない。  三尾がここにいるのが――四郎と一緒に過ごせるのが最後の日だから、と町に出てきてみただけだ。
 三尾は四郎の方をじっと見る。
 雨が降っているとはいえ、まだそんなに暗くはない。四郎は『行って来い』と、言葉の代わりに顎をちょいっと動かして示した。

「あら、四郎君…だったかしら? あなたも一緒にいらっしゃいな」
 歌澄はにこっと笑う。舞翔はふぅ、とため息をもらした。
「こっちよ」
 歌澄は三尾達が来た方向の逆に進んでいく。四郎も三尾も少しとまどう。
「行きましょう」
 歌澄は優しそうに微笑んだ。

 

「ひょーえー。ひっろーい!」
 二人は一つの部屋に通される。
 …実は三尾が先ほど「大きい」とわめいて(?)いた屋敷に四人は来たのだ。歌澄達の家らしい。
 三尾はまた奇妙な声を上げる。四郎は平手で三尾の頭をたたいた。

「…痛い…」
 じーっと四郎を見ながら三尾は言う。
「お・ま・えは、うるさい。奇妙な声、出すな」
「だからってぶつことないじゃんか」
 まだ言う。部屋に戻ってきた歌澄がくすくすと笑った。
「仲…いいわねぇ」
 はい、お菓子。と、三尾と四郎の前に出される。舞翔もやってきた。

 舞翔と歌澄とを交互に見て、「ご兄弟、ですか?」と、三尾は口を開いた。
 そう言うとお菓子…大福を一口、口にする。
「うーん。兄弟…みたいなものよ。でも、兄弟ではないわ」
「はぇ。あたし達は兄弟なんですよ。ねぇ、四郎」
「…んなことおまえがいちいち言わんでも分かるんじゃないか?」
 三尾は四郎の頬をくいーっと引っ張る。「やめろ」と四郎は微妙に暴れる。
「うふふ。仲がいいのね。本当に」
 そう言いながらお茶をだす。左手の内側がちらりと見えた。

「あーっ。ほくろ!」

 三尾の言葉にぴくっと歌澄がお茶を揺らした。
「ほ、ほくろがどうかした?」
 歌澄の左手のしわに添ってほくろが三つ並んでいる。
 歌澄が明らかに動揺していることに四郎は気がついたが、三尾は気付かないようで、そのまま言葉を続ける。

「えとですね。あたし達とおそろいなんですよ! 二人して左手にほくろ、握ってんの」

 そう言って三尾は手を出す。
 …歌澄と似たような位置にほくろが三つ並んでいた。

 歌澄は、目を見開く。
 見開いて…確認するようにじっくり眺めて…瞬いて。
「…四郎君も?」
 そう、問いかけた。
 舞翔の方も、瞳を揺らす。
 動揺しているように、見える。

「あぁ、一応…ありますよ」
 四郎は歌澄の言葉に左手を差し出した。
 …四郎の手にも、三尾と…そして歌澄と似たような位置にほくろが三つ並んでいる。

 歌澄は右手を口元へと当てた。
「本当だわ…」
 歌澄に「ね?」と無邪気に笑う三尾。

 しばらくの沈黙の後、歌澄が顔を上げた。
「ねぇ、何か得意なこと…ある? そうね。たとえば舞とか」
 突然の問いかけに三尾は瞬いた。
 首を傾げる。
「舞…ですか? あたしは、基礎ぐらいなら知ってますけど…」
 養子に出される、と決まってから習わせれた。
 …しかし、昔からやっているわけでもなく、得意とは言えない。
 基礎をかじった程度…本当に『少し知っている』という程度なのだ。

「舞じゃなくてもいいの。何か、ある?」
 歌澄は、真剣だ。
 三尾はそんな歌澄の様子に気がついていない。
「…あ。四郎は笛が上手ですよ」
 三尾はそう言った。
 三尾の言葉に「なんでおれを引き合いに出す!」と声を荒げる四郎に「だって上手じゃん」と三尾は笑う。
 そんな二人の様子を見ながら歌澄は「笛を持ってきて」と、舞翔に告げた。

「お持ちしました」
 歌澄に言われた通り、舞翔は笛を持ってきた。
 「ありがとう」と歌澄は舞翔から笛を受け取る。

 それは黒く、美しい笛。
 …正確な価値などわからないが、四郎が祭りや気を紛らわすために吹いていた笛とは、格段に違うモノであろうと予測された。

「これを…吹いてみて」
 歌澄はその笛を、四郎へと差し出す。

「え!! …でも…」
「お願い。…あなたの笛の音が聞いてみたいの」
 歌澄が何度が繰り返して言うと、四郎はおずおずと笛に触れた。
 口を当てる。
 息を、吹き込んだ。

 雨が降る中響く…吹き抜けるような、笛の音。
 …『一級品』とは違うかもしれない。
(――これ、は…!!)
 歌澄の瞳はみるみる開かれていく。

 サラサラと風のように曲は進む。
 一つの簡単な…短い曲が終わると、歌澄と舞翔はぱちぱちと手をたたいた。
「ありがとう…。きれいね」
 四郎はぺこりと頭を下げる。
「ね、上手でしょう?」
 三尾は本当にうれしそうに微笑む。
 …この同じ年の兄が、三尾には誇りだった。

「三尾ちゃんは? 何か、得意なものある?」
「え…あたしは…」
 繰り返される問いかけ。
 戸惑う三尾の代わりに、四郎が口を開いた。

「笛」

 四郎は一言だけ、そう言う。
 笛の口をつけたところを手持ちの布で拭くと歌澄に返そうとした。
 …すると
「いいの。それ、あげる。…あなたのものよ。それから、舞翔…もう一本、笛を持ってきて」
「え、あたし、上手なんかじゃないですよ! 舞翔さん!!」
 三尾は歌澄の言葉通りにさっさと立ち上がって、笛を取りにいってしまった舞翔に声をかける。  …遅かった。

「わたしが、聞きたいだけなのよ」
 歌澄はにっこりと微笑む。四郎は笛を返す相手がいなくて困っていた。
 笛を握ったまま、手が宙に浮いている。

「お持ちしました」
「はい、三尾ちゃん」
「あたし…上手じゃ、ないです…」
 笛を受け取りつつも…そう、声を小さくする三尾に歌澄は微笑んだ。

「…わたしたち以外、誰も聴いていないわ」

 お願い、と。さぁ、と…三尾をうながす。
 三尾は笛へと視線を落とした。
 黒い、笛。
 四郎が受け取った物と、よく似ている。
 ――立派な、笛だ。

 三尾はチラリと四郎を見た。
 「吹けよ」と言葉なくかたどる四郎の唇。
 三尾は、笛へと視線を戻す。
 …ゆっくりと、吹きだした。

 …川の――水の印象を思わせた。

 せせらぎのような…流れ行く音色。
 四郎とは違う、音色。
 三尾の奏でる音に歌澄は僅かに唇を震わせた。

 …途中。
 四郎は、三尾の音色に併せて演奏を始める。

 三尾と、四郎と。
 視線を合わせることもないが…それでも、音が乱れることはなった。
 笛と笛とが互いに音を響かせあう。
 流れる。…吹き抜ける。
 ――風が水を誘い、水は風にささやく。…まるで、二人の会話のように。

 
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