パチ
(あれ…ここは…)
ふみは、瞬いた。
――自分の部屋の天井とは、違った。
ぼんやりと、現状を考える。
(…ふえの部屋?!)
ふみは鈴の音と…歌澄と、歌澄との過去のことを思い出した。
ふみはガバリと起きあがる。
…ふみはなぜかベッドの上で横たわっていて、布団も掛けられていた。
――ふえが、いない。
「夢…?」
ふみは声に出す。…その時、ドアの開く音がした。
ふみは音の方を見る。そこには、ふえが立っていた。
「…ふえ…」
「夕飯。出来たって。どうする? 食べてく?」
淡々とした、ふえの口調。…いつもの口調。
ふみは、瞬く。
――なぜ、ふえは平然としているのだろう。
歌澄のこと。
…過去のこと。
(…夢…)
――だったのだろうか?
「ううん。いい」
ふみは、首を横に振って、俯く。
ふみの様子に、ふえは「あんまし引きずられないようにね」と言った。
引きずられないように、という言葉に視線をふみへと向ける。
「さっきのことに」
続いたふえの言葉に、ふみは半ば叫ぶ。
「やっぱ、夢じゃないの?!」
ふみの反応にふえは数度瞬いた。
「夢…ねぇ…」
呟きつつ、視線が一点で固定された。
「――あるはずのない物握ってて…しかもそれを夢の中で見てて…」
ふえは目で「自分の手を見てみろ」と言った。
ふみはふえの視線の先――自分の手を見る。
(――笛…!)
ふみの手には、笛が握られていた。
夢の中で見た――歌澄が、自分へと譲ってくれた…授けてくれた、黒い笛。
「…あれ? ふえは?」
しばらく手触りを確認しながらも感動していたふみは、ふえへと問いかける。
「あそこ」
端的に、ふえは応じた。
ふえの示すとおり、机の上に笛がのっている。
ふみはぎゅっと、自らの笛を握った。
「…で、夕飯は?」
「さっきいらないって言った。…確か」
ふみの答えに「そうですか。はいはい」と、小さく肩を揺らしながらふえは言う。
――ぼそっと、次の言葉を発した。
「姉さんお手製のグラタン」
「お言葉に甘えて食べてきます♡」
…一瞬にして、意見を変えた。
ふみはるんるんとベッドから立ち上がる。
ふえの姉…雪乃の料理はめったに食べられない。
だが、雪乃の作った料理は…特にグラタンはすっごく美味しかったりするのだ。
ふみは自分の笛を、机の上に置かせてもらう。
元々乗っていたふえの笛と、今置いたふみの笛と。
二つの笛が、並んだ。
ふえはメガネをちょっとかまいながらふみに訊ねる。
「…見分けつく?」
「つくよっ!!」
少々怒鳴りつつ、ふみはドアの外に出て階段を下りた。
そして、電話の受話器を持ち上げて、無断で借りようとする。
「…隣なんだから、荷物置いて来ちゃえば?」
夕飯を食べていく、と言ったふみ。
一度荷物を置いてまたくればいいのに、とふえは思った。
だが。
「だって…そうするとお母さん、文句言いそうなんだもん」
ふみはふえへ言った。
親しき仲にも礼儀あり!
夕飯なら家で食べればいいでしょっ!!
…ふみは、『隣で夕飯食べてくる』と、家を出ようとすれば母が言うであろう言葉が想像できた。
「と、ゆーわけで貸してねぇ」と、間延びした声をあげるふみにふえは「どーぞ」と居間へと向かった。
…実は大声を出せば聞こえそうなくらい近所なのだが。…というか、隣だ。
「もしもし? あ、お母さん?」
…それでもふみは、あえて家に…母に、電話越しで夕飯をご馳走になる、と告げた。
――マ カスミサマ――
今日も男は舞を舞う。
…滅ぼすために。
――スベテ ホロボシテクレル!!
風が起こった。
…たった一つのこと以外、すべてを忘れた男。
昔のままの姿。炎のような激しい舞。
――『天召舞』ではなく、『散魔舞』。
…昇天ではなく、滅ぼす舞。
――カスミサマ …アナタハ ドコニ イラッシャルノ デスカ
叫ぶような声。――想い。
――また一つ、魂が消える。
罪など全くない、赤ん坊の…小さな魂がまた、消された。
―― カ ス ミ サ マ ! ! ――