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 チシャ猫は、確かいかれ帽子屋のティーパーティーに行く…とか言っていたような気がしたのだが、気のせいだっただろうか。

「おう、もっと飲めや!」
「あ…はぁ、どうも…。――あの、ところで…」
「辛気くせー顔してちゃいかんよ! 人生楽しまなくっちゃな!」
「う、うん」

 藍は頷きながら、おとなしく紅茶を注がれる。
 しかし…これは、ティーパーティ−と言うよりは。

(宴会じゃないか…?)
 藍はそんなことを思った。
 だが、出されたお茶は普通のお茶…紅茶で、藍はレモンを浮かべてレモンティーにしている。
 同じポットから注がれているのだから、彼らが飲んでいるものだけアルコールだということはありえないと思うのだが…。

「おう、にーちゃん! もっと飲めや!」
 後1口2口でカップの中身が終わりそうなとき、1人の女顔(というか、優しげな顔立ち)の男が、紅茶を注いだ。
 ――先程飲み終わったので、既に3杯目だ。
 腹が、微妙にチャプチャプと水っぽい。

「おれ、もう、いいから…」
 藍は、遠慮した。
 ――ら。
「なに! オレが注いだヤツは飲めないってのか?! 飲めないってのかよぉっ!!」
 優しげな顔立ちの男は机にうつ伏して、泣いた。

 ……酔っている。
 紅茶に、酔っている。
 いい加減、バニーのあとを追いたいと思うのだが、なかなかうまくいかない。
 酔っぱらいに絡まれたときの対処はどうすればいいのか、藍にはわからない。

(どうしよう…)
 刻々と、時間だけは過ぎていっている。
 ちなみに、今このティーパーティに参加しているのは藍と、チシャ猫、それから1人の女顔の男───どうやらコイツがいかれ帽子屋らしい───、メガネをかけた男…他、宴会気分の5人。
 計9人のなかなか賑やかなティーパーティー(?)だ。

「あの、訊いてもいいですか?」
「あ?」
 いかれ帽子屋は会話にならなそうだったので――藍に『お茶がいらない』と言われて未だに泣き崩れている――、藍は左隣のメガネをかけた男に訊ねることにした。
 …のだが。
(なんかこの人、態度悪いなー…別に、いいけど)
「バニー…さんはもう、来ましたか?」

(バニーさんって…ちょっと、変な感じ)
 藍はそんなことを頭の片隅で考えたが、よく知らない人を呼び捨てにはできない。
「ばにー…? ああ、あそこにいるヤツは、違うか?」
「え?」
 藍の反応に、男はアゴで視線を促す。

「もう一杯いっちゃおうかな
「おー、いけいけ!!」
 …騒がしい人垣の中で、バニーは微かに頬を赤らませ、言っていた。
「…うん、そう」
 藍は小さくありがとう、とメガネの男に言う。
 …なかなか大騒ぎしていたのに、気づいてなかった。

「ん」
 藍の礼の言葉に、メガネの男はそう言うとおもむろに本に視線を落とす。
「あつしー、飲んでっかぁっ?!」
 藍の言葉から復活したいかれ帽子屋酔っ払いが、メガネの男…あつしに絡んでいた。

「…お前は飲み過ぎで、酔いすぎだ」
 本からチラリといかれ帽子屋へと視線を移してあつしは言った。
 その視線は、冷めている。
「オレ、酔ってねーもん」
 その答えにあつしは「ど・こ・が・だ!」といかれ帽子屋にこめかみに拳をグリグリと押しつける。

「痛いよぉぉぉー」
「痛くなるようにやってるんだ」
 いかれ帽子屋のとても楽しそうな様子であつしは言った。
「もう勘弁してーあーつーしー」
「しない」
 即答の上微笑付きである。

(あ、この間に…と…)
 あつしにヤラれているいかれ帽子屋を横目に、藍はそっと席を立った。
 いかれ帽子屋に絡まれたら、また、立ちにくくなる。
 藍はパーティー会場にあった、時計を見る。
 針は1本しかなく、数字は25まであった。
(どうやってあの時計は見るんだろう…?)
 そんなことを考えていると…

「ああーっ!」

 パーティー会場に、一人の女の声があがった。
 …バニーの声だった。

「やっばーいっ! あたし、約束の時間に遅れちゃう!」
「バニー、約束なんかあったのか?」
「あったのー! ヤッバーイ」
 バニーはグッとカップの中身を飲み干すと、ごちそうさま、と言って走りだした…走りだそうと、した。
「あーら、チシャ猫!!」
 バニーはチシャ猫が目についたらしい。
 チシャ猫はバニーの声…呼びかけにに振り返った。
「なんだ?」
 振り返ったチシャ猫の様子に満足したのか、ニコニコしながらバニーは言う。
「チシャ猫も城に行かない? あたしだけだと怒られること確実…」
「怒られたくないのか」
 チシャ猫はチャッチャと切り返す。
「そりゃ、誰だってそうじゃない?」
 バニーは『ウフ』と小さく笑いながら言った。
「…いいが」
「わーい」
 バニーは両手をあげて喜んだ。
「コイツも、連れていっていいか?」
 喜ぶバニーに淡々と応じつつ、チシャ猫は一人を示した。

「へ?」
 コイツ…こと、藍である。突然指名(?)を受けて藍は思わず妙な声を上げてしまった。
「ンー、いいわよ、別に」
 バニーは割とあっさり、藍の同行を許可する。

 ――チシャ猫は藍が女王に会いたい(というか、出国願いをしたい)と言うことをきちんと覚えていたのだ。
(うわー、チシャ猫、いい人!)
 人であるかはちょっと謎だが。
 …それはさておき。

「じゃ、急ぎましょ。約束の時間まであと10分しかないわ」
 バニーはそう言うとさっさと走り出した。
 立ち上がったチシャ猫もそれに続く。藍も慌てて立ち上がる。

――早い。

うをぉぉぉぉっ!!!

 藍は心の中で叫んだ。
 お腹がチャプチャプしているせいか、ちょっと、脇腹が痛んできた。
(2人ともおれと同じか…それ以上飲んでたかもしれないのに、どうしてあんなに平然とした顔してるんだよーう)
 藍はそう思いながらも、必死で2人を追いかけた。

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 ぷぷぷー ぷっぷぷー
 ラッパの音が聞こえた。

「あららー。ちょっと、遅れちゃったかな?」
 バニーはまったく息を乱さず、言った。
「…今日は何があるんだ?」
 チシャ猫も、平然とした表情で音のする方向を見つめる。
「……」
 藍は肩で呼吸し、言葉など出ない。
(なんなんだ、この2人…)

「どうした、藍」
 チシャ猫は藍の様子に気づき、そう問うた。
 しかし、藍は答えることができない。
 腕を軽く上げて『大丈夫』という意味を込めて、ヒラヒラと揺らす。

「今日はねぇ、五目並べ大会」
 チシャ猫の問いに、バニーは答える。
「…五目並べ…?」
 チシャ猫は言葉を紡いだ。

(五目並べって…大会をやるほどのものなのか…?)
 藍はそう思うが、言葉にはできない。
 いまだに、呼吸の乱れはおさまらない。
「なんかはまっちゃっててねぇ。『近いうちにはさみ将棋大会もやる!』とか言ってた気がしたけど」
「……はさみ将棋」
 チシャ猫は視線を欄へ移すと、問いかけた。

「藍、女王に会いたいのだろう? 五目並べ大会に出るか?」
「…?」
 チシャ猫の言葉に応じられない。とりあえず口は『え』と象った。

「あら、なに? 会いたいの?」
 バニーは言いながら藍の顔を覗き込んだ。
 藍は(とりあえず)その通りなので、小さくこくんと頷く。

「ふうーん」
 言うと、バニーは藍の顔を見つめた。
 …ジッと、藍の顔を見続けるバニー。ちょっと、居心地が悪い。
(おれの顔になんか付いてたかなぁ…)
 ティーパーティーでは紅茶ばかり飲んでいたので、クッキーのかけらなどが口元に付いている、ということは考えられないと思うが。

「よし、合格」

 バニーは微かに笑みをうかべつつ言った。
「部屋に案内してあげる。ついていらっしゃい」
 「合格」の意味はわからなかったが…どうやら藍の顔に何かがついていたわけではなく、ついでにバニーは女王の部屋に連れていってくれるらしい。
 藍は素直にバニーのあとに続いた。
 三歩ばかり歩いて、振り返る。藍もピタリと立ち止まった。
 バニーが当然のようにそこに立ったままだったチシャ猫に声をかける。
「チシャ猫は?」

「…いい。私は、会おうと思えばいつでも会えるからな」
 チシャ猫の言葉にバニーは『そう?』と言い、「じゃあ、行きましょ」藍の手を引いて階段を上り始めた。

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「はい、ここでちょっと待っててね。呼んでくるから」
「あ、どうも」
 藍は示された椅子に腰かけた。
 パタン、とドアが閉まる。

(ひっろいなぁ)
 藍の両親はデザイン会社を経営しているのだが、その社長室よりは確実に広い。

(まぁ、父さん達の会社…の建物は大きいとは言い難いけどさ)
 藍はそんなことを考えていた。
 この部屋には(いかれ帽子屋の所にあったような)時計がない。
 藍は、腕時計をしていない。
 だが…ある程度の時間が経ったのがわかった。

「…ちょっと…?」

 バニーとチシャ猫を追って乱れた鼓動も呼吸も、すでに通常通りに戻った。
 ちょっと、というのはイメージ的に1分…長くても5分、10分くらいだと思うのだが。

(ああ、でも)
 1人で過ごす1分というのは、なかなか長い。
 それから、確か、暖色系の色というのは、実際の時間より長く感じるというのを聞いたことがあるような気がした。
 この部屋は落ち着いたオレンジ色の壁で、カーテンは大輪の花柄の、赤い色だった。

 ……しかし。

「おーい」
 藍は思わず呟く。
 窓の外の色は、夕方の色になっていた。
 チシャ猫にティーパーティーを案内してもらったのは、大分日の高いころ。
 今の日は色といい、角度といい、どう見ても夕日に見えた…まぁ、ここの東西南北は藍にはわからないが。

(…おや?)

 ここの、東西南北。
 …ひっかかりを感じる。
 藍は今日のことを片っ端から思い浮かべてみた。

(朝起きて、トイレ行って、ご飯食べて…)
 本当に、片っ端からである。

(テスト前だからって図書館行って勉強しようと思って、で、ちょっと勉強して……)
 そうだ、それでバニーの姿が見えて思わず追いかけたんだ!

「そうそう…」
 藍は思わず口に出してしまっている。

(んで、穴に落ちて、自販で妙なもの買わされて……)
 自販。
 藍はまた、ひっかかりを感じた。
 しばらく考え、違う、と首を横に振る。

(違う、穴だ)
 藍は、穴に落ちた。
 つまりここは地面の中…地下のはず。
 なのに…なのにどうして

(夕日が――太陽が見えるんだ?!)
 藍はそう思ったもう一度窓の外を見つめた。
 どう見ても、夕日…太陽にしか見えない。
「どうして…」

「お・ま・た・せー

 唐突に、藍のものではない声が部屋の中で響いた。

 
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