TOP
 

⑪財産

「彩? ――山吹?!」
「はい。…ですから」
 藍の半ば叫び声に木瀬は…山吹は言う。
「入っても、いいですか?」
 ドアの前に立ったまま、ひそやかな声で。
「それは…事実か」
 紅と藍は部屋の内側から、扉を守る番人のように並んで立っていた。
 未だ、警戒は完全には解かれない。表情からも、体制からも。
「はい」
 紅の言葉に山吹は微笑みを返しながら頷く。
 その笑顔に、紅は続けた。

「“あれ”を持っているか?」

 ………
 沈黙。実際は1分もなかったであろうが、それ以上に感じる、沈黙。

「あのぅ、“あれ”と、言います…と?」
 言いづらそうに、山吹は紅に問う。
 …空気が凍った。…そんな風に、藍は感じた。
 だが、次の瞬間。紅の顔に警戒が見られなくなる。
「合格。あんたは本物だ」
 入ってくれ、と部屋を示した。
「…へ?」
 藍は思わず妙な声をあげてしまう。
 山吹は瞬きしつつも「失礼します」と部屋に入った。

 

「いやぁ、かなり焦りましたよ」
 紅のために、と藍が沸かしていたお湯で日本茶が用意され、それが山吹にもふるまわれる。

「嵐人くんは道具を突きつけてくるし、香子さんは警戒体制を取っていたし…」
 あぁ、どうも。
 藍が山吹の前にカップを置くと早速それに息を吹きかけた。

「しかし…」

 重々しい口調で紅が口を開いた。
 何だろう? と藍は少し緊張する。

「日本茶にティーカップとは珍しいな」
 ガチャッ
 続いた言葉に藍は危うく、カップを落としそうになった。
「…どうした? 大丈夫か?」
 ――なんか、観点が違う気がするんですケド。
 藍は一度言おうとして、やめた。問いかけに「ダイジョブ」とだけ応じる。
 藍の答えに「そうか?」と少しだけ首を傾げ、「それはさておき」と視線を山吹へと戻した。
「『黄』グループと言うと…」
 紅は人差し指で軽くこめかみを叩く。
「『頭脳』だったよな」
 その言葉に山吹は“にっ”と笑う。今までとは違う、悪戯っぽい笑みになった。

「ええ。今回の指令の続きは僕が下します」
「ああ、だから今回は指令が少なかったの?」
 藍はフーッとお茶を冷まそうと努力しながら山吹に問う。
「――まあ、そういうこともありますね」
「じゃぁ今回は三人で組んでるような状態なのか?」
「そうですねぇ…」
 山吹は、日本茶をゴクッと一口。
「そうですね」
 同じ言葉を繰り返す山吹。
(ワケわかんね…)
 と、密かに藍は思ったがまたもや口には出さない。
 …というか、まったりしてないか、山吹。
 頭の片隅でそんなことを思った。

「で、指令の続きはあるのか?」
 そう、紅は問いかけた。
「指令の続き? えぇ。ありますよ」
 山吹は応じつつ、服の胸元から携帯電話を散り出す。
「ちょっとパソコンいいですか?」
「ああ」
 紅はそう言うとパソコンを山吹の前へとさしだした。
 一度携帯電話を構い、それを見ながらパソコンを構う。
「ええと…山吹、紅と藍と協力開始…っと」
 わざわざ口に出しながらキーボードをたたく。

「…さて。指令…と言うか、報告でしょうか」

 ピリッ
 一瞬の間に、空気が張りつめたモノとなる。
 心なしか、紅と藍の視線も鋭くなったように感じた。
 山吹はそんなことも思いながら言葉を続けた。

「風間彩花を狙う者…正確には依頼主はどうも、彼女の誕生日に存続される遺産を狙う者…みたいです」
「「遺産?」」
 山吹の言葉に紅と藍はキレイにハモって聞き返す。
 パソコンの画面を見つめながら山吹は続けた。
「ちなみにその遺産は春休み中に亡くなった彼女の父から存続される物、なのだそうです」
「あ、お父さん亡くなってたんだ」
 藍は小さく呟いた。

「そして遺産相続者の順は、と言うと。まずは彼女の母親」
 山吹のその言葉に藍は質問をする。
「順って…一人の人に存続するの? 二分の一は…とかじゃなくて?」
「ああ、そうなんですよ」
 山吹は問いかけに応じた。
「一人の人にしか存続しないようですね。あ、でも、彩花さんの母親は彼女の小さい時に亡くなってるんですよ」
「――じゃあ、今の後ろ盾…保護者は?」
 紅も静かに問いかけた。
「えぇと。風間彩花の叔母夫婦…父親の妹にあたる人が後ろ盾になってるようですけど」
「そうか。悪いな、中断させて。続けてくれ」
「はい」

 紅と山吹の会話を見ながら、
(…紅を見てると、紅の方が上司って感じだなぁ。こう言うのがもしかして、『カリスマ』ってヤツ?)
 …なんてことを思う。
(紅、カッコイイッ!!)
 藍、密かに紅にあこがれる、の図。

「そして次の存続者が…もちろん、の彩花さんですね」
「…疑うとしたら、次の存続者、だな」
 紅の目が鋭く光った…ような気がした。
「ええ…注目の次の存続者は…」
「存続者は…」
 藍は思わず山吹の言葉を続けてしまう。

「伯父夫婦…彼女の父親の兄に当たる夫婦、ですね」
「…と言うと彩花の父親は三人兄妹、ってことか?」
 ここではあまり関係ないが。と紅は呟く。
「そういうことになりますね」

「遺産って、なんだろ…」
 藍はある種、当然の疑問を出した。
「やっぱ、お金…かな?」
「いきなり生物兵器だったりしてな…」
 ボソリと紅は誰に言うでもなく、言う。
「生物兵器ぃ?! ナゼにここでそんな話が出てくるのっ?!」
 藍、動転。
「冗談だ」
 小さな笑い付きである。
(………ヤな冗談)

 そう思って、しばし考え。
 ――紅が笑った!!
 そんなことに気づいてしまった。
 うわー、うわー、何気に初めてじゃないか!?

 一人動転(?)している藍に紅と山吹は気づかない。

「【彩】の情報を使いましても、『遺産』が何なのかは突きとめられませんでした」
 山吹は紅の冗談の後でも平然と報告を続ける。
「大分、暗殺の依頼主の方は突きとめられたみたいだな」
「そうですね。かなりの高い割合でここだと思いますけど」
 パソコンの画面を軽くコンコンと叩く。

「まぁ、なんにしても、やることは一つ」
 紅の発言と笑顔に動転していた…藍、復活。
「『風間彩花の守護』だね」
 その言葉に紅も山吹もコクリと頷いた。

「そういえば、こっちの依頼主ってのは分からないの?」
「ああ、こっちの依頼主は…」
 山吹は画面をチェックした。
 …しかし凄い動体視力である。
 ものすごい勢いでスクロールされる画面をジーッと見つめ、目的の情報を見つけたらしい。
 ピタリ、とべ面が止まる。
「……風間志重しえ
 山吹は名を言った後、目を見開いた。そしてゆっくりと続ける。

「次の遺産相続者であるはず、伯父夫婦の妻です…」

「え?」
 藍は思わず声を大きくしてしまった。
「では…」
 紅は一度目を閉じ、開いた。
「その人、もしくはその夫婦は外れるんだな」
「いきなり、旦那の方が依頼、なんてこともあるかもしれませんがね」
 山吹はクイッとメガネをあげる動作をする。
「まあ。無い、とは言いきれないけど。でもさ、こういうのって大抵女の人が依頼しない?」
「いや、それこそ偏見だと思うが…」
 …紅のステキな(または容赦ない)つっこみ。
 おれクラクラしちゃう(BY.藍)

 藍の目前に広がるはお花畑。あぁ、おじいさんが手招きしてる…って。

「違うよ!」

 藍は一人で騒ぎ、次の瞬間に「はっ!」となった。

「………」
 山吹と紅がじっと、藍を見つめていた。

「何がどう、違うんだ…?」
 と、いうか。
「頭、大丈夫か?」
 さっきから本当に何してるんだ? 藍。
 続いた言葉に
「ア、アハハハハハハハハハハ」
 ナニかをごまかすように藍はただ、笑い続けた。

 
TOP