「……ん……」
――どこからか、声がする。
『らーんちゃんっ』
幼い声。――遠い声。
大好きなあの子の、声が…。
「嵐人…。おい、嵐人」
『らんちゃんっ!』
顔が、ゆるむ。…どこかで夢と気づいていながら。
「藍、おい」
『行こう、ねぇ?』
今度は頬に当たる手の感触までする。
「う…ん……」
藍は自分を呼ぶ少女の名を呼ぼうと…。
バサッ!!
「起きろ! 時間だぞ!!」
「!?」
…した。
急に、身の回りが寒くなる。
毛布がなくなったのだ。
「うわあっ?!」
…正確には、はぎ取られたと言うべきか…。
「え、えーと…?」
毛布がはぎとられた藍は今の自分の状態をどうにか理解しようと、頭の中で整理する。
(…が呼んで…て…)
――いや、違う。アレは夢だ。そう思い、藍は小さく頭を振った。
(そうだ。昨日の夕方に先生が来て…)
「あ」
ポイント。先生…木瀬は実は【彩】の『黄』グループに所属する、山吹だった。
(そうそう。それでいろいろと話をして…)
紅がちょっと『カリスマ』って感じだったとか、騒ぎ過ぎた自分にクールなツッコミをかましてくれた紅だとか…ある種くだらないことまで隅々思いだし…。
(…そうだ…)
『とりあえず、相手側の様子を見てみよう』
…そうだ、思い出したぞ…。
「馬場さん達の様子チェック、だね」
少しぼんやりする頭で、我知らず言葉をもらす。
「正解」
「んー…」
応じた紅に、藍は返事になってない返事をした…が。
「はぁっ!! 着替えてないし顔も洗ってないっ!!!」
突如そう叫んだ。
紅は思わずビクリと身を退ける。
起きぬけの顔を紅に見られた…。かなり、恥ずかしいッ!!!!
(穴があったら埋まりたいー…っ)
…いや、普通は『入りたい』だろう…。
それはさておき。
「………どうぞ」
のたうち回る藍の気迫(?)に押されてか、なぜか口調が多少、丁寧な紅なのだった。
「んー…ねむ…」
顔を洗い、着替えると落ち着いたらしい。
…しかし、寝起きからあんなにも高いテンションでいける藍はすごい…。
「まぁ、あと2時間位しなければ夜は明けないからな」
そう。只今朝の3時。
…星達がまだ、輝いているような時間帯だ。
「あーうー…」
コキコキと首をまわしながら、藍が唸る。
紅がそっと、目標のいる部屋に聞き耳をたてた。
とはいっても、隣の部屋だ。壁に耳をあてるだけでよい。
「…物音、ナシ」
「この時間帯って、起きてるオレ等の方が珍しいんじゃないの?」
また、あくびをかみ殺す。
「…おかしい」
「おーい、オレの言うこと、ちったあ聞いてくれーい」
藍は思わずじじい状態になる。
「――違うんだ。…私は結構耳に自信がある方なのだが、吐息さえも聞こえない」
吐息が聞こえるって…本当にすごい聴力だな、とどこかで思いつつ、藍は言葉を発する。
「隣の部屋の構造、どうだったっけ?」
ボフン、ベッドに飛び込んだ。が、横になったりはしない。毛布の誘惑に負けて夢の世界に行ったりしては早起きした意味がないからだ。
「この部屋と、対称な状態のはずだ」
つまり寝室は寝室で、隣り合っているはずである。
「…ある程度造りは古いが、防音壁が使用されているのだろうか?」
紅が、1人呟いた。
藍はその言葉に首を傾げる。
「え? この、木製の建物が?」
しかもなかなか年代物でもありそうである。
「あまり考えられないことか…? 山吹と連絡が取れればいいのだが」
「電話はあんまりいただけないよね」
「そうだな。できればメールあたりがいいんだが…」
「メールって、ケータイの方でいいの?」
藍がそう言って、ケータイを素早く手に取る。目覚ましアラームをセットしてあるので、自分の枕元にいつでも置いてあるのだ。
「できれば部屋の様子も知りたいから、電子メールの方がいいんだが…」
しかし…と、紅はひどく困惑の表情を見せた。
「だが?」
その困惑の表情に思わず藍は緊張した。ゴクリ、と息をのみこむ。
「私は、山吹のアドレスを知らない」
――ボフンッ
藍、紅の答えに思わずベッドにうつ伏せる。が、速攻に体を起こした。
一瞬夢の世界の入り口が見えたような気がしたからだ。…別名睡魔である。
「…ま、それもそうか…」
「本部にアドレスを聞くのもいいが、時間がかかりそうだしな」
ま、それでもやってみるか…と言いながら、紅はフーッとため息をついた。
藍はそんな紅の様子を、まじまじと見つめる。
(…細いなー)
只今、5月。3月、4月に比べれば、大分温かい。装いも薄くなるものだ。
紅はワイン色のカットソーを着ている。それからジーパン姿である。
スラリとした印象だ。
「? どうした?」
見つめる藍の視線に気づいた紅が、視線を藍へと向ける。
「いや、違う違うッ!!」
突然に目が合って、藍は少しドギマギした。
ナニかを否定する。
寝室には、窓がある。ばれても面倒なので、電気はつけていない。
…その暗さが、紅を一層繊細に見せた。
「ごめん、なんでもないや」
アハハ、と小さく笑う藍。
しばらくして…ちょっとは落ち着いてきた、気がする。
「そうか?」
紅が、藍の様子にわずかに首を傾げる。
その時――空気が変わった。