「――ッ」
彩花は小さくため息をついた。
…遺産は無事、継続された。
「………これが、遺産?」
そう呟いたのは、誰だったか。
彩花はぜぇぜぇと息を吐きながら、『遺産』を見つめた。
「――ログハウス?」
彩花が実家に到着し、弁護士、親族と集まるとまたもや車に乗り込むことになった。
車に揺られて、揺られて、揺られて…。
約、3時間。
「お尻いたい…」
彩花は思わず呟いた。昼食をとるために、と車を降りた途端の発言である。
大きくのびをして、視線の片隅に気になる存在を見つけた。
(久井香子、嵐人…!)
――そう。彩花達の乗っていた車から3台挟んだ所に止まった車から出てきたのは…藍、紅だった。
ふと、紅と視線が合う。
彩花は思いきり、視線をそらした。
(…本当にいるし…ッ)
二人は自分のボディーガードとして雇われたのだ、と言った。
転校してきたのも、何かと言って彩花の側にいたのも。
久井香子、久井嵐人というのも本名ではないのだ、とも言っていた。
(ボディーガード…ねぇ)
彩花はひとつ息を吐き出した。
自分に付きまとった理由…ずっと、傍にいた、それが理由。
昼食を食べて、車に小一時間。
潮の香りのする山道を登ること約10分。
「……疲れた…」
体力がないのがバレバレである。
――まあ、肩で息をしていたのは彩花一人きりではなかったのだけれど。
顔を上げ、周りを見渡す。
そしてあったのが…少し古びた感じのログハウスだったのだ。
厳粛な雰囲気の弁護士は自らの黒い、皮素材のバックをあさった。
遺産の継続として手渡されたのは、2つの鍵。
「どうぞ」
弁護士は彩花にそう言いつつ、ドアを示した。
彩花は小さく喉を鳴らした。鍵を差し込み、右側に回す。
…ガチャ
キキ…キー…
重い音がして、扉が開いた。
中は…何の変哲もない、フツウのログハウスだった。
「これが…遺産?」
伯父夫婦…彩花からすれば父の兄の妻である叔母の貞子は呟いた。ぐ、と唇を噛みしめる。
――そんな様子に気づいた存在はいなかったのだけれど。
彩花は足を踏み入れた。
薄く床に埃が被っていることで人が住んでいなかったことが分かる。
大きな窓があった。そこには、どっしりとしたテーブルがあった。
「…え…?」
椅子は、4つあった。
この椅子は、一体誰のためのモノ?
ドクン
彩花の心臓の鼓動が感じられた。
この、もう一つの鍵は?
当てはまる物を、探す。
鍵の付いているもの――引き出し…?
きょろきょろと探す彩花の瞳に、ひとつの棚…鍵穴のついた引き出しを見つめた。
(――あった!)
ガチャ、ガチャン…。
彩花は逸る気持ちのまま、鍵を開けた。
引き出しにあったのは…たくさんの、封筒だった。
開封されていない、いくつもの封筒…。
それらの封筒は皆、彩花宛になっていた…。
最初に手を伸ばした封筒には、見覚えのある父の字。
若草色の、淡い色の封筒。
上手とは言い難い、少し丸っこい字。
『風間彩花様』
彩花は宛名を眺め、手でそのまま封筒を開封する。
『彩花へ
暇ができると時々ですが彩花に手紙を書いています。
これでもう、何通目なんだろう? 両手で足りないということは確信しています。』
そこまで読んで彩花はふ、と唇を歪ませた。
何で敬語なんだろうな、と。
続きを読んでいく。この日にあったこと。美味しかったご飯。彩花が今日はこんなコトをしていたよ、など。
手紙というよりは日記のようだ。
そして最後の方に…この、ログハウスのことについて書いてあった。
『彩花のバースディプレゼントと言いつつ、家族で楽しむための別荘状態です。
このログハウスでたくさんの思い出ができるといいね。』
(たくさんの思い出が…)
目がどんどんと熱くなる。
鼻の奥が、ツンとしてきた。
「…嘘つき」
彩花は、呟く。
…父に、聞こえているだろうか?
「…嘘つき…」
思い出をたくさん作ろうと、ここに書いてあるというのに。
自分が死んでしまってどうするというのだ? 思い出を作りたくとも、作れないではないか――!!
「嘘つき…ッ!!!」
彩花は何度か息を詰まらせる。…ボロボロと、涙が溢れた。