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⑰任務完了

 彩花が弁護士から鍵を受け取ったのを見届け、藍は小さくガッツポーズをしつつ、ニカッと笑った。
「無事、遺産継続! だね!!」
「彩花も無事だな」
 藍の言葉にフム、と紅は頷く。
 紅の様子に藍は大きく伸びをした。

「任務完了、だっ!!」

 高らかに宣言をする。
 後は報告書を作成して本部に送りつければ…この仕事は完璧に終了だ。

「しかし『遺産』がログハウスだったというのは意外だったな…」
 淡々とした紅の言葉に「だねー」と藍も頷いた。
「てっきりお金とか、そういう類だとばかり思ってたよ」
 「ああ」と紅も頷く。

「何にせよ…」
 しばらくの間をおいて、紅が口を開いた。
 重々しい口調。藍は紅へと視線を向ける。

「腹が減ったな…」

 コケッ
 …紅の一言で、藍は木の根で足を躓かせた。

+++++

『紅、藍に命ず』
『任務:人物の守護
砂倉居学園に在校』

「…藍…」

「…紅?」

((……あれ?))

 ケータイの受信メールを見てみれば、任務が入っていた。
 砂倉居学園というと…。

「どういうことだ?」

「…ええ?」

 それぞれ、独り言を呟く。

 彩花の守護が終了して、一週間。
 報告書をまとめて、本部に送った。学校には転校手続きをした…ばかりなのに。

「藍っ!」
「紅ッ」

 二人は同室の相棒に向かって互いに呼び掛ける。

「「…どういうことなんだ?」」

 二人は口を揃えて…そう言った。

 

「やーまーぶーきー…っ!!」

 社会科教師木瀬増己。
「わっ! それはあんまり人前では…ッ」
「つべこべ言わずちゃっちゃと来てッ!!」

 藍はそう言って、山吹を自分たちの部屋に引っ張り込む。
 入って、ドアを閉める。そして…

「「何なんだこれはっ?!」」

 見事、藍と紅の声がはもった。
 ちなみに二人の手にはそれぞれのケータイが握られている。

「…?」
 山吹は二人のケータイの画面を、見比べる。
 しばらく考え込むようにしてから、ポン、と手を打った。

「ああ。続行らしいですよ」

 そういえばそうでしたー、と山吹は微笑んだ。
「…つまり、彩花ちゃんの守護?」
「もう少し、もう少し早く言ってくれれば…ッ!!」

 本当に先程、だったのだ。転校手続きを出したのは。
「取り消しにしなくては…ッ!」
「まだいいかなっ?!」

 そして二人は事務室に向かって走る! ―― 山吹はもちろん(?)置いてきぼりである。
 二人の足音を遠くで聞きながら、山吹は小さく呟いた。

「…続行とは言っても、依頼人が違いますけど」
 もう少し早く言えばよかったですねー。
 のほほんと言った山吹に、悪意はない。…多分。
 ただ…ないにせよ、なかなか人が悪いであろうことは否定できなかった。

「…間に合った…」
 藍がヒーッと息を吐きながら、言った。
「…本当に。よかったな。間に合って」

 事務手続きが完了する前だった。
 …ある意味、つい先程だったからこそ間に合った、とも言える。
 書類をまとめたクリアファイルを団扇代わりに藍は自らを扇いだ。
 紅は紅でふぅ、と大きく息を吐き出す。

「あ、久井香子、久井嵐人」

 そんな二人をフルネームで――偽名で呼ぶのは…。

「彩花ちゃん…!」
 藍は、相手の名を呼んだ。
 藍の呼びかけに彩花は「ちょっといい?」と腕を組みながらも紅と藍を誘う。

 藍と紅が正体を…つまり、自分たちが彩花のボディーガードであるということを…バラしたのは(まあ、カーチェイスをやる、なんていう大事になってしまい、顔を隠していなかったというのも一因にはあるが)もう、会うこともないかと思ったせいだ。
 自分たちが彩花の側をウロウロしていたのは『ストーカー』をしていたのだと勘違いされていたら何か悲しいし、彩花だって落ち着かないだろう。きっと。
 だから、バラしたというのに。

 彩花は二人を自分の部屋に招待した。
(…前だったら、絶対に入れてくれなかったよな、きっと)
 紅がそんなことを考えていることはつゆ知らず、彩花は口を開いた。
「…遺産、ログハウス以外にもあったの。保管場所、スイス銀行らしいんだけど」
「スイス銀行?!」
 ヒエーッと藍は声をあげる。
 遺産らしくお金もあったのかー、なんてことも思いながら。

「あたし、その暗証番号を託されちゃってね、また狙われそうなのよねぇ…」
 彩花は自分自身の髪に指を絡めた。
「と、いうわけでまた護衛を頼むわ」
 彩花の言葉を聞きながら、紅は少しの間をおいて、問いかける。
「――? その言い方ではまるで、彩花が依頼人のようだな」

 …ぎく。

「ま。なんにせよ、よろしくね」

 そう言って彩花は小さく二人に向かって手をヒラヒラさせた。
 藍と紅は顔を見合わせる。
 それからどちらから、でもなくニッと笑いあい、彩花の方に向き直った。

「完璧、護ったげるよ」
 藍は言った。
「精一杯、守護する」
 紅が言った。
「…頼んだわよ」
 彩花はぎこちないが…確実に。微笑んで見せた。

『彩』ファイル1<完>

2001年 5月 6日(日)【初版完成】
2009年 1月16日(金)【訂正/改定完成】

 
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