『紅、藍に命ず』
『任務:人物の守護 砂倉居学園に転入』
「うーん、船とかいって、久しぶりだー」
砂倉居学園。一つの島が、それである。
金持ちのための学校であると言ってもいいほど、家柄のいい者が通う。
当たり前だが、全寮制だ。
呟きをもらした少年の髪は、やや明るい色で、少し長い。しばろうと思えば、ウサギのしっぽ位が出来そうな長さだ。
辺りをきょろきょろと見回す目はくりくりとして、人懐っこい印象ををもたせた。光の反射で左耳の、二つの藍色のピアスが光る。
昨日、手元に届いた学校案内に、砂倉居学園は『私服登校』と書いてあった。
制服はないようだ。
(いいねぇ、私服校)
少年、しばしうっとり。
…と。
「さって。相棒っつーのは…」
…思考を切り換えたらしい。
相棒は船で落ち合うことになっている(らしい)。
そう、メールでの指示があった。
確か、髪に赤のメッシュを少し入れてあると…
(…あ)
発見、した。後ろ姿だが。
(島…だったのか)
家に帰ってみれば、砂倉居学園の案内書が届いていた。
幼学部、小学部、中学部、高学部の四つの『学部』に分かれているのだとか。
今回、砂倉居学園の生徒を守護する、という任務らしい。
船に揺られて、海を眺める切れ長の瞳。
整った顔立ちをしている。…その所為か、黙って佇んでいる少女は少々冷めたような印象を持たせた。
(…あぁ、いい加減に組むヤツを見つけないとな)
今回、任務を共に遂行する相手の特徴は、藍色のピアスを左耳に二つというもの。
(まぁ、そうそう同じ色のピアスを同じ耳にしてるヤツもいないだろう)
そう思い、立ち上がった。
潮風が、少女の黒く短い髪をくすぐる。
そして、振り返ったその瞬間…。
「よ! 相棒っ!」
突如、肩を叩かれた。
「……」
――思考停止。
左耳をチェック。…光る、藍色のピアス二つを確認する。
「…藍?」
静かに、呟いた。
「あー、『アイ』じゃなくって『ラン』って読むんだ」
静かな呟きに、人懐こそうな少年は、笑う。
(八重歯…)
笑顔を見せた口元から、少しとんがった歯が見えた。
「でさ、これってなんて読むの?」
少年…藍は、空中に『紅』という字を書きながら問う。
今回一緒に任務を遂行する相手の名前だ。
「『クレナイ』でいいの?」
視線を空から少女へと、視線を移した。
「『コウ』と読む」
淡々と、少女…紅は告げた。その顔を藍がじっと見つめる。
しばらくすると『分かった!』と口の中だけで呟き、続けて叫んだ。
「あ゛ーっ! 花村さんじゃん!!」
藍の叫びに、紅は数度瞬く。
「…?」
紅は『なんで名を知っているのか』という顔をした。
「うわー、うわー。花村さんもそーだったんだねー」
若干興奮気味の藍。紅は口を開く。
「…悪いが、なぜ…?」
紅に『なぜ名前を知っている?』とまで言わせず、藍は言葉を続ける。
「だって花村さん、和山高校の強面のおねーさん達のリーダー格だったでしょ? おれも和山だったんだよ。居たの少しの間だったけど」
和山、と紅は口の中だけで呟いた。
「あぁ」と小さな声をあげて、首を傾げた。
『リーダー格』という言葉に。
「…そうだったのか?」
確かに紅は校舎裏に呼び出されたことがあり、簡単な取っ組み合い――というか、言い争い程度だったが――をして、相手をびびらせてしまったようだった。…だが、自分がリーダー格だったとは知らなかった。
「なんか、想像してたのとちょっと違うなー」
立て続けに喋り続ける藍。
(よく、こう、言葉が考えつくな)
紅は、少々感心した。
「あ。ちょっと訊いてもいい?」
…ついでに話題転換の速度も速い。
「ああ」
紅は藍の言葉に頷いた。
紅が頷くとほぼ同時に、藍は口を開いた。
「今回、誰を守るの?」
言いながら藍は、首を傾げる。
「………」
――沈黙。
藍は逆に首を傾げる。
紅が、口を開いた。
「…誰だ?」
その答えに、藍はガクッとなる。
「いや、おれが訊いたんだけど…」
(なんか、本当に想像してたのと違うなぁ)
藍はそう思いながら紅を見つめた。
藍は彼女…紅としてではなく『花村』という存在に対して、だが…彼女に怖いイメージをもっていた。
藍のもつ怖さは、周りの強面のおねーさん達のせいだったのだろうか?
(なんか、結構美人さんなのにテンポが面白いし)
「本部の方に訊いてみる?」
紅は何かを考えてるのか、そうでないのか。
藍の話を聞いているのか、いないのか…判断しかねる顔のまま、海を見つめる。
――ジャスト一分。
「やっぱり分からん。素直に訊くのが一番利口だな」
紅の言葉に「それもそうだね」と藍は頷いた。
紅は言いながらもポケットからケータイを取り出した。
シンプルなものだ。真っ白なケータイにはストラップさえついていない。
メールをうつ。
藍もケータイを構おうとポケットに手を入れた。
の、だが。
「…」
その時、視界の隅に映ったものに、藍は思わず視線を紅へと向けた。
――紅が、本当に困ったような顔をしていたから。
「え、ど、どうしたの???」
藍は思わず、ケ−タイにのばそうとした手を止めて、問いかける。
ボソリ、と紅は口を開いた。
「圏外」
藍は紅の答えに数度、瞬いた。
自分の中で、紅の言葉を繰り返す。
「…マジで?!」
藍は素っ頓狂な声を上げてしまった。
…守る相手も分からないまま、船は進んでいく。
そのまま、砂倉居学園のある港に到着したのであった。