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③問題

「着いちゃったよ…」
 藍が、力無く言った。だが…
「着いたな。とりあえず、学園長室にいこう」
 そんな藍とは裏腹に、紅は妙にはっきりと言い切ったのである。

「……はい?」

 話がみえない。
 紅の自信(?)がドコから来ているのかも、わからない。
(そういえば、オレ達、『何学部』に転入することになっているんだろう…)
 それすらもわからない。穴だらけの任務遂行命令だ。
「転入してきたことを報告するふりをして、どの棟に行けばいいか訊けばいい」
 紅はまだまだきっぱりと言う。
「…で、その学園長室とやらはどこ…?」
 藍は、紅とは逆にまだまだ力無く言葉を続けた。
「案内書がある。簡単な校内図が載ってたはずだ」
 ――藍は思わず、紅に拍手を送っていた。
 全く気づいていなかった自分がもしかしてアホかもしれない、とかこっそり思いながら…。

「ええと。港が向こう、高学棟があっち、教員棟があっち」
 藍は案内書を見ながら確認するように端から言っていく。
「学園長室に行くなら、教員棟に行けばいいのかな」
 藍の言葉に紅が頷いて、二人は教員棟へと歩き出した。

『教員棟』

 教員用の玄関、高学部から続いて(いると思われる)廊下、寮棟から続いて(いると思われる)廊下、その他、窓以外の開くところには皆、そう表示してある。
「……」
 これでもか、というくらいだ。
(ちょっと…しつこくないか…?)
 ふむ、と紅が声をあげた。藍が思わず、発信源を見つめる。
「分かりやすくていいな」
 …紅のその一言で、藍は更に沈黙に徹してしまった。

 

「このスリッパ借りていいかな」
 気を取り直し、藍は靴箱の窓から見えるスリッパを示した。
「来客用と書いてあるが」
 いいのだろうか。と、紅が呟く。

 ゴン

「…大丈夫か」
 ――何故か、藍が柱に頭をぶつけていた。紅は藍をまじまじと見つめる。
(器用だな)
 見事に柱にぶつかっている様子に、そんな感想を抱いた。
(それはそうと、誰か一人でも教員が通らないだろうか)
 そう思った途端、教師っぽい人(男)が通過する…かなり、早い。

「学園長室はどこだ」

 紅は誰に問うでもなく、ボソリと言う。
 風が吹いた。…正確には、人間がやってきて、勢いが風となってきたのだが。
「もしかして、転入生?」
 温和そうな顔の男だった。三十代後半といったところか。
 先ほどの、教師と予測されるかなりスピーディに歩いていた男である。
「そうだが」
 紅は男の言葉に応じた。
「ええと。久井くい香子こうこさんと、久井嵐人らんとくん?」
 交互を見ながらその男は訊いてきた。…ノリとしては『○○ちゃんとぉ、○○くんでちゅ(またはしゅ)かぁ?』の、幼稚園児に訊いてくるような雰囲気である。
「…そうだ」
(と、思う)
 紅は心の中だけでそう続けた。
 …そういえば、今回はちゃんと任務を受けてない気がする。
 第一、名前も今知った。今回の設定では姉弟(または兄妹)ということなのだろうか。
「そうです」
 応じた藍に「そうですか」と男は温和そうな顔を更に温かく、優しげな微笑を浮かべる。
「初めまして。中学部教師、木瀬増己といいます」
 男…木瀬は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 木瀬がそう言い切るが言い切らないかの内に紅は口を開いた。

「唐突だが、自分達の棟が分からないんだ。どの棟か教えてくれないか」

 …紅、本当に唐突である。藍は紅の言葉遣いタメ口に顔面蒼白だ。
「ええと。中学棟ですね」
 木瀬は紅の言葉遣いを特に気にする様子もなく、紅の問いかけに応じた。
「このまままっすぐにいって、二回目に曲がってください」
 ついでに行き方も教える。

 紅の表情はあまり(というか全然)変わったようには見えなかったが、実はこっそりと混乱していた。
(中学…中学――中学…)
「…それでは…うまくやってくださいね」
 木瀬は意味深な言葉を残し、その場を去って行った。

 …ちなみにその声は、紅にも藍にもとどいてはいなかった。

 本来、年齢的には高校生である紅が若干混乱していたとき…藍のほうも、混乱していた。
 二人が姉弟(兄妹?)だというところで。
(どっちが上なんだっ!!)
 …変なことで混乱している藍である。
 ついでにもう一つ。
(確か、血縁関係は同じ部屋になるんだったような…)
 任務中とはいえ、美人さんと一つ屋根の下…ってかむしろヘタすれば同じ部屋…。

(うっわーっっっ)
 なぜか赤面する藍なのであった。

 

「……クラスはここでいいのか?」
 プレートには『三年一組』という表記があった。
 一番最初にたどり着いた教室である。

「分からん。っつーか、オレ達、双子? 姉弟?」
 紅はしばし考える。
「…本部に聞ければいいのだが」
 そりゃそうだよね、と藍はケータイを手にした。
「うーん電波…って…たってるよ」
 ――実は期待してなかったのだが、ケータイのアンテナ…電波が届く、ということらしく画面の右端に、一本だけだがたっている。
「じゃ、訊いてくれ」
 藍の様子に、紅は端的に言った。藍が訊くことに決定しているらしい。
「了解」
 藍はそうやって応じて… 
 キーン コーン カーン コーン
 …訊く前に、チャイムが鳴ってしまった。

「――マジ?」
「始まりらしいな」

 ――さて、どうしたものか。
 紅は一応、考える。
「あぁ、さっきの。教室は、二人ともここですよ。三年二組」
 一度教員棟で別れた木瀬である。
 …なんだか、タイミングのいい男だった。
「ありがとう」
 紅は頭を下げる。藍のちょっと(?)の努力は報われなかった。

 

「おお、転校生、遅いじゃねぇか」
 そこにいたおっさん。
(例えるなら江戸っ子…ってオレ、何考えてんだ? )
 ――こと、おそらく三年二組の担任教師の顔を見て、そんなことを思う。
 …藍は、こんなにも穴だらけの任務を頂いたのは始めてだった。

「えーと、どっちが上だ? 双子なんだろ?」
 江戸っ子担任教師の問いかけに
(おっさん、ナーイスッ!!)
 藍はその発言に密かにガッツポーズをきめる。

「姉、弟」
 指を指しながら、紅は江戸っ子にそう告げた。

「んー、そうか。ああ、この学園はそんなに厳しかねぇが、あんまし派手にしとくなよ」
 …二人とも結構派手な方だろう。確かに。
 藍のピアス、そして紅の髪の色のこともあるが…そればかりではなく、二人をさらに目立たさせるのは身長だ。
 中三にしては大きいであろう(まぁ、実際は中三より年上なのだが)それぞれ紅は169センチ、藍は175センチの身長がある。

「席は、一番後ろでいいか?」
「どこでもいい」
 江戸っ子担任教師に、紅は言う。
 ――藍は疑問をもった。
 紅はずっと、相手が年上…教員であってもタメ口で話している。
(敬語は使ってないのか、使う気がないのか…謎だ)
 ある意味、どうでもいいことである。

 
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