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④襲撃

「香子さんって、かっこいいよね」
 遠巻きに三人の少女が言いあう。
「…そう? 背が高くて、目つきが悪いだけじゃない」
「えー、かっこいいよーう。髪のメッシュの入れ方とか」
「ちょっと、自由すぎない? ピアスも、髪を染めることも許されるなんて。前の学校はもっと厳しかったわ」
「そっかぁ。彩花、途中編入だもんね」
「そういえばぁ、高田さんは?」
 たらこ唇といえるような厚めの唇の少女は言った。
「高田…あ、優美ちゃんかぁ」
「先生、休みって言ってなかった?」
「そうだったぁ?」
 話題は、途中編入の転校生のことから、クラスメイトへ、そして授業の話題へと切り替わる。
 …と、その時。

「悪いが、LL教室はどこだ?」

「「「…!」」」
 問いかけに、おしゃべりをしていた三人の少女は息をのんだ。
 声をかけてきたのは香子…紅である。
 先程までの話題の主だった。驚くのもしょうがないというところであろう。

「一緒に行きませんかっ?!」
 紅を『かっこいい』と言っていた少女…花沢はなざわ朱音あかねが、ハートマークを飛ばしそうな勢いで紅に話しかける。
「…じゃあ、頼む」
 少女の様子に、紅は特に表情を変えずに応じた。
「こ…香子!」
 その時、同日に途中編入してきた弟――嵐人…藍が、紅に呼びかける。
「教科書。持ちに来いって」
 藍は言いながら少女等の側に立つ。そして、三人の少女にニコッと微笑んだ。
 たらこ唇少女…小室こむろ衣緒いおが、ぽーっと藍を見つめた。

「この子達がLL教室まで案内してくれるそうだ」
 紅は藍へと告げる。
(――『この子達』?!)
 彩花は、紅のその言葉に反応した。
 特に年も変わらないのに(…まぁ、背は大きいが)小さい子扱いされて腹がたつ。

「どうせなら、職員室も一緒に行きましょ
 衣緒が目を輝かせる。
 どうも、藍が気に入ったらしい。
「ありがとう」
 場所が分かんなくって、困ってたんだよねぇ。
 藍はまた微笑む。
 その笑顔に、衣緒はうっとりした。

「そういえば、彩花そろそろ、誕生日だよね」
 職員室(ちなみに職員室は職員棟ではなく、中学棟にある)からLL教室に向かう途中、朱音が彩花に言った。
 正面から見て右より、彩花、朱音、紅(香子)、藍(嵐人)、衣緒である。
「うん。一週間後」
 彩花は朱音の問いに答える。紅は遠くを見つめ二人の話し声などとどいていなそうだ。
「えーと。15歳かぁ」
 朱音がフムフムと納得したように頷いた…その時。

「!」

 紅が突然、ばっと彩花の方…正確には窓の外を見つめる。
 ――微かに、何かが光った。

「…伏せろ!」
「「え?」」
 彩花と朱音は同じ声を発したが、違ったのはその後の行動だ。
 朱音はその言葉に驚いて同時に伏せ、彩花は「何言ってんの、この女は」という顔をしてそのまま立っている。
 紅はそんな彩花の首をぐいっと自分の方に寄せた。

 ガシャーンッ

「…っ!」
 間一髪…その表現が一番合うであろう。
 窓ガラスは大きな亀裂をはしらせると共に、紅達の元に降り注いだ。
 紅はガラスの破片が降り注いだ後、何か、飛んできた方向を見つめる。

「…角度的に考えると…」
 紅はボソリと呟いた。そして、目を見開く。
 ――信じられない。
 角度からすれば50mはゆうに離れていそうな、中学棟の三階からである。

 現状を『偶然』と片づけるのは難しかった。
 ――飛んできた『何か』。
 護衛の任務の自分達。
 紅と藍が中学部に転入してきたということは、中学部の中に守るべき存在がいるわけで。
(もしかしたら、この三人の中で狙われている者がいるのか…?)
 まさか…自分達護衛の存在に気づいて…なんてことは、ないと思うが…。
(…狙う者が、いるようだ)
 軽く紅は『何か』が飛んできたほうを睨みつける。
 学年ごとで、階数が違うと言っていたから、三階…ということは三年ということであろうか。

「…いたた…」

 彩花がむっくりと起きあがる。頬にはガラスの破片で切れたと思われる一本の線が引かれていた。
「大丈夫か」
 紅は彩花に、朱音に問う。
「大丈夫みたい。けど、何だったんだろ? 香子さんが言ってくれなかったら、もろにくらってたトコだよ!」
 朱音はガラスの破片に気を配りながら、立ち上がる。
「ら…」
 ――紅は心の中で「しまった」と思った。
(藍以外の…名前何だっけ?)
 嵐人だっつーの。
 …それはさておき。

「香子、大丈夫?」
 藍は紅の名前偽名をきちんと覚えていたらしく、すらっと名を呼んだ。
「大丈夫だ。…そっちは?」
 なんだかんだ考え、紅は思い出せなかった。名を呼ぶことを諦めて、問い返す。
「こわかったーん」
 衣緒は「ここぞ」とばかりに藍の腕にしがみついた。
 藍はそれを何げに無視しつつ、紅に続けた。
「こっちまでは、破片がこなかった。で、これが…」
 藍は足元に落ちている物を拾い上げる。
「飛んできたと思われるもの」
 藍の指でキラリと光った物は。…見事なまでの赤い、石だった。――石、というよりはピアスといった方が正しいか。
 金具の部分が光ったのだ。
「香子さんに似合いそうー」
 衣緒が覗き込みながら(もちろん腕はしっかりと藍に絡みつかせている)のほほーんと言う。
「……」
 赤。見事なまでの、あか
 本当に似合いそうだと藍は心の中で思う。
「じゃあ、私が貰っておこうか」

「「「「え゛?」」」」

 その発言に、四人は声を揃えて紅を見つめる。
 そんな視線を特に気にするようでもなく、紅は藍からひょい、と紅いピアスを奪った。
「ほら、早くしないと授業の時間じゃないのか?」
 紅はとっとと歩き出す。
「あ、香子さん」
「ん?」
 衣緒が、少々言いづらそうに紅に声をかけた。
「この階段、昇るんです」
 紅はまっすぐに進もうとして、衣緒はそこにある階段を示す。
「……」
 藍は何も言えず、紅は何も言わなかった。

 
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