「カタは、つけれるなら早めがいいな」
紅はベッドに座り込み、藍に言う。ちなみに寝室は…同じ部屋だ。
藍、ドッキドキである。
「そ、そうだね」
もう一方のベッドに座り、藍はいくらかソワソワ(ドキドキ?)しながら紅へと応じた。
(おれは年頃の男なんだぞーっ)
そう、心で叫んでいる間に、紅は自分の荷物からノートパソコンを取り出す。
――最新型だ。軽くて、薄く、持ち運びやすいとCMでもながされていた。もっとも、お値段はまったく『軽く』なかったが。
(ほう、なかなか金持ち?)
いつもの藍であったらそんなことも思うであろうが、ただ今混乱中。
紅はそんな藍に構わず(気づかず?)パタパタと何かを打ち込む。
しばらくすると、藍のほうに顔を上げた。
「本部のほうに資料を請求した」
返事が来たら勝手に見て良い、と続ける。
「じゃ、先に風呂に入る」
(………)
藍、しばし思考停止。
(フロ、フロ、フローッ!)
…何考えてんだ馬鹿野郎。
藍の思考は活動再開したが、まともには働いていなかった。
『資料請求 内容:風間彩花について』
ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ
返事が、きた。画面を拝見。
『…以上、早めにとのこと』
「早めに…ねぇ」
(相手の方がどうでてくるか、だよな)
藍はクシャッと頭をかく。
「返事はきたか?」
紅はどことなくさっぱりとした顔つきでパソコンを覗き込む。
ちなみに、寝室ではない。勉強部屋というか、客間というか…である。
「あっれー?!」
藍は声の方に振り返った。そして、驚きの声を上げる。
「…? 何か?」
藍はその声に疑問を抱き、疑問を口にした。
「髪の毛が黒い!」
そう。先程まで赤かった髪…正確には赤いメッシュの入った髪…が、真っ黒になっている。なんだか、変な感じだ。
「あぁ、目印にしようと思って、今日だけ染めてたんだ」
ちなみに『一日メッシュ体験』とか言う、変なヤツで、と続ける。
(目印にって…そこまでやるかー?)
藍は疑問に思いながらも、頷く。
「そんなことよりも、返事は?」
紅はもう一度パソコンを見つめる。
「……」
結構、いろいろなことが書いてある。
全て読むのにはある程度の時間が必要だ。
「早め…か。後で見たが、狙うヤツはどうも一組にいるようだな」
まぁ、角度だけだったから、さだかではないが。
「こーゆー狙うヤツって、いつ来るか分かんないから、ヤだよな」
「いつ来るか分からんから、依頼がくるのでは?」
…紅、もっともの発言。
「それもそーだねぇ」
藍、紅の言う『狙うヤツ』は、動き出す。
『<ローズ> 資料請求 内容:風間彩花について <カサブランカ>』
チカッ チカッ
パソコンの一部分が光り、返事がきたことを示す。狙うヤツ…カサブランカは画面を覗き込んだ。
『…以上、早めに処理せよとのこと<ローズ>』
カサブランカはニヤリと、不敵な笑みを見せる。
「さーてと。昼間失敗したし、『早めに』との話もあるわけだし」
キュッと手袋を填める。
長い髪が、バサリと揺れた。
「イツ…」
自分を呼ぼうとした少年の方をギッと睨む。
「カサブランカ!」
自分の名を名乗る。
「あ、カサブランカ…ドジるなよ」
その言葉に、鼻で笑う。
「バーカッ。二度も失敗するかってんだ」
そして、窓に脚をかける。
『ふわり』というのが妥当な降り方で、カサブランカは優雅に地に降り立った。
ペロリと、唇を舐める。
「――ゲーム、スタート」
月夜。――カサブランカの首から、紅い光がこぼれた。
「――…?」
紅はふと、顔をあげた。
今夜は特に暑くはない。なのに…。
「どうかした?」
藍は、窓の方をじっと見つめる紅に訊ねた。
「窓を開ける音がした」
「あ、今のそうだった?」
藍にも、何かの音が聞こえたのだが、窓を開ける音とまでは分からなかった。
「あぁ」
紅はツカツカと窓辺に寄り、手を掛け、開けた。清々しい空気が、部屋をはしる。
「!」
紅はじっと一つの場を見つめ藍も窓の外を見渡した。
「どうか…!」
したのか、と言おうとした言葉は、そこで止まってしまった。
窓の下に見えた…人だ。
気配を消しているが、もろバレで見えている。
(何て器用なヤツなんだ…)
藍と紅の持った感想である。
そいつはまだ、こちらのことに気づいていないようだった。まさか…とは思うが。
「あいつが『狙うヤツ』かぁ?」
少々、拍子抜けである。
窓の下のそいつが、こちらに気づいた。
「……」
睨み合いが、始まる。
睨み合いをしているのは、藍とそいつだ。
大きなシルクハット(…ナゼ?)で顔は見えない。僅かに口元が見える程度である。
藍にとっては、長いときだった気がしたが、実際経過していた時間は約三十秒とそんなには経っていない。
「…やっ!」
そいつは軽く手を挙げた。
「ゆ」
紅が、重々しく続ける。
そいつはしばらく考え、「分かった!」というように両手を打って、高らかに言った。
「よ!!」
…何やってんだ、お前らは…。
「…紅…」
ナニしてんの? と思わず藍が言ったところで、一体誰が責められるだろう…。
「…!」
結構な夕暮れに、大きな声が出せないのは当たり前であろう、小声で何かを言っている。
しばらく考えるように俯いていたが、突如そいつが走り出した。
(風間の部屋が狙われるか?!)
藍はグッと、窓に足をかけようとする。それを紅が制した。
「なぜっ?!」
「…多分…」
パタ パタ パタ パタ
カチャ
音に、バッと藍は振り返る。
肩で息をしている怪しげな…という表現が一番しっくり、であろう。マジシャンが被るような大きなシルクハットを被っていて…何故か、その顔には鼻とメガネがセットになって付け物をしていた。
服装としては、動きやすさを重視した格好の――先程の『ヤツ』であった。
「………」
藍は、声も出ない。
「愉快だな」
紅はボソリと溢す。
「「見なかったことにしてくれるとありがたい。痛めつける手間が省ける」」
奇妙な…プライバシー保護のため、音声を変えて、というような声で、そいつは言った。
だったら声をかけてくるなと、思ってはいけないだろうか。
「どういうことだ?」
藍は、軽く睨み付ける。
「「言葉の通りだ」」
その、愉快なヤツの口元が、歪んだ気がした。
「理由による」
紅が、問う。
「「……」」
考え中。
「「よ、夜遊びがばれたら困るじゃないか!」」
「夜遊び…」
藍は呟いた。
――警備員もぐるぐるしている中、何処で遊ぶというのだ。
ついでに…タバコを吸う、とかいう悪さもできない。買いたくても買えないからだ。
教師から貰うとかすれば話は別だが。…まぁ、盗めばお終いなわけだが。
「そうだな…。黙っておこう」
紅は少し考えたような顔をしてから、ヤツにそう言う。
「な…?!」
藍は思わず声を上げた。
「「良い選択だ」」
ソイツはニヤリと笑って、次の瞬間にくるりと振り返り、ドアを開け、出ていった。――足音が遠くなっていく。
「黙っておくって、どういうこと?」
藍は紅に低く問いかけた。さっぱり分からん、というような顔をして。
「あぁ、本部の方に報告をしなきゃな」
そう言って、もう一度パソコンに向かう。
続いた紅の言葉に「え?」と声を上げる。
「え? 黙って…」
いるんじゃ? 藍はますます分からない、というような表情をした。
紅はその時、ふと微笑む。
「誰が、いつ、誰に報告しないと言った?」
黙っておくとは言ったが、誰かに喋ったり、報告したりしないとは言っていないぞ。
藍は呆然とした。
そして、ボソリと呟く。
「…はったり王」
何だそりゃ?
(今夜は一応、やめておこう)
先程の怪しげなヤツ…こと、カサブランカは走りながら考える。
早めに、という要請もあるが、ここで自分の正体がばれてもしょうがないだろう。
(それにしても…)
気のせいであっただろうか?
先程の二人…久井姫夜と慎夜、とかいったか…。
あの二人に近いモノを感じたような…。
カサブランカは、かぶりを振る。
(まさか。転校生だし)
…そこでなぜ「転校生だし」となるかは、謎である。
「転校生だから」と、疑ったりしないのだろうか?
それはさておき。
コツ
カサブランカは窓に小石を当てる。
部屋の中から人間が、ニュッとこちらを覗き込んだ。
(…? ん?)
「イタズラしてんじゃねーよっ!!」
…部屋を間違えた暗殺者、カサブランカであった。