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⑥暗殺者

「カタは、つけれるなら早めがいいな」

 紅はベッドに座り込み、藍に言う。ちなみに寝室は…同じ部屋だ。
 藍、ドッキドキである。

「そ、そうだね」
 もう一方のベッドに座り、藍はいくらかソワソワ(ドキドキ?)しながら紅へと応じた。
(おれは年頃の男なんだぞーっ)
 そう、心で叫んでいる間に、紅は自分の荷物からノートパソコンを取り出す。
 ――最新型だ。軽くて、薄く、持ち運びやすいとCMでもながされていた。もっとも、お値段はまったく『軽く』なかったが。
(ほう、なかなか金持ち?)
 いつもの藍であったらそんなことも思うであろうが、ただ今混乱中。
 紅はそんな藍に構わず(気づかず?)パタパタと何かを打ち込む。
 しばらくすると、藍のほうに顔を上げた。
「本部のほうに資料を請求した」
 返事が来たら勝手に見て良い、と続ける。
「じゃ、先に風呂に入る」
(………)
 藍、しばし思考停止。
(フロ、フロ、フローッ!)
 …何考えてんだ馬鹿野郎。
 藍の思考は活動再開したが、まともには働いていなかった。

『資料請求 内容:風間彩花について』

 ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ
 返事が、きた。画面を拝見。

『…以上、早めにとのこと』

「早めに…ねぇ」
(相手の方がどうでてくるか、だよな)
 藍はクシャッと頭をかく。
「返事はきたか?」
 紅はどことなくさっぱりとした顔つきでパソコンを覗き込む。
 ちなみに、寝室ではない。勉強部屋というか、客間というか…である。

「あっれー?!」
 藍は声の方に振り返った。そして、驚きの声を上げる。
「…? 何か?」
 藍はその声に疑問を抱き、疑問を口にした。
「髪の毛が黒い!」
 そう。先程まで赤かった髪…正確には赤いメッシュの入った髪…が、真っ黒になっている。なんだか、変な感じだ。
「あぁ、目印にしようと思って、今日だけ染めてたんだ」
 ちなみに『一日メッシュ体験』とか言う、変なヤツで、と続ける。
(目印にって…そこまでやるかー?)
 藍は疑問に思いながらも、頷く。
「そんなことよりも、返事は?」
 紅はもう一度パソコンを見つめる。
「……」
 結構、いろいろなことが書いてある。
 全て読むのにはある程度の時間が必要だ。
「早め…か。後で見たが、狙うヤツはどうも一組にいるようだな」
 まぁ、角度だけだったから、さだかではないが。
「こーゆー狙うヤツって、いつ来るか分かんないから、ヤだよな」
「いつ来るか分からんから、依頼がくるのでは?」
 …紅、もっともの発言。
「それもそーだねぇ」

 

 藍、紅の言う『狙うヤツ』は、動き出す。

 

『<ローズ> 資料請求 内容:風間彩花について <カサブランカ>』

 チカッ チカッ
 パソコンの一部分が光り、返事がきたことを示す。狙うヤツ…カサブランカは画面を覗き込んだ。
『…以上、早めに処理せよとのこと<ローズ>』
 カサブランカはニヤリと、不敵な笑みを見せる。
「さーてと。昼間失敗したし、『早めに』との話もあるわけだし」
 キュッと手袋を填める。
 長い髪が、バサリと揺れた。
「イツ…」
 自分を呼ぼうとした少年の方をギッと睨む。
「カサブランカ!」
 自分の名を名乗る。
「あ、カサブランカ…ドジるなよ」
 その言葉に、鼻で笑う。
「バーカッ。二度も失敗するかってんだ」
 そして、窓に脚をかける。
 『ふわり』というのが妥当な降り方で、カサブランカは優雅に地に降り立った。
 ペロリと、唇を舐める。

「――ゲーム、スタート」

 月夜。――カサブランカの首から、紅い光がこぼれた。

 

「――…?」

 紅はふと、顔をあげた。
 今夜は特に暑くはない。なのに…。
「どうかした?」
 藍は、窓の方をじっと見つめる紅に訊ねた。
「窓を開ける音がした」
「あ、今のそうだった?」
 藍にも、何かの音が聞こえたのだが、窓を開ける音とまでは分からなかった。
「あぁ」
 紅はツカツカと窓辺に寄り、手を掛け、開けた。清々しい空気が、部屋をはしる。
「!」
 紅はじっと一つの場を見つめ藍も窓の外を見渡した。
「どうか…!」
 したのか、と言おうとした言葉は、そこで止まってしまった。
 窓の下に見えた…人だ。
 気配を消しているが、もろバレで見えている。

(何て器用なヤツなんだ…)

 藍と紅の持った感想である。
 そいつはまだ、こちらのことに気づいていないようだった。まさか…とは思うが。
「あいつが『狙うヤツ』かぁ?」
 少々、拍子抜けである。
 窓の下のそいつが、こちらに気づいた。
「……」
 睨み合いが、始まる。
 睨み合いをしているのは、藍とそいつだ。
 大きなシルクハット(…ナゼ?)で顔は見えない。僅かに口元が見える程度である。

 藍にとっては、長いときだった気がしたが、実際経過していた時間は約三十秒とそんなには経っていない。
「…やっ!」
 そいつは軽く手を挙げた。
「ゆ」
 紅が、重々しく続ける。
 そいつはしばらく考え、「分かった!」というように両手を打って、高らかに言った。
「よ!!」
 …何やってんだ、お前らは…。

「…紅…」
 ナニしてんの? と思わず藍が言ったところで、一体誰が責められるだろう…。

「…!」
 結構な夕暮れに、大きな声が出せないのは当たり前であろう、小声で何かを言っている。
 しばらく考えるように俯いていたが、突如そいつが走り出した。
(風間の部屋が狙われるか?!)
 藍はグッと、窓に足をかけようとする。それを紅が制した。

「なぜっ?!」
「…多分…」

 パタ パタ パタ パタ
 カチャ

 音に、バッと藍は振り返る。
 肩で息をしている怪しげな…という表現が一番しっくり、であろう。マジシャンが被るような大きなシルクハットを被っていて…何故か、その顔には鼻とメガネがセットになって付け物をしていた。
 服装としては、動きやすさを重視した格好の――先程の『ヤツ』であった。

「………」
 藍は、声も出ない。
「愉快だな」
 紅はボソリと溢す。

「「見なかったことにしてくれるとありがたい。痛めつける手間が省ける」」
 奇妙な…プライバシー保護のため、音声を変えて、というような声で、そいつは言った。
 だったら声をかけてくるなと、思ってはいけないだろうか。
「どういうことだ?」
 藍は、軽く睨み付ける。
「「言葉の通りだ」」
 その、愉快なヤツの口元が、歪んだ気がした。
「理由による」
 紅が、問う。
「「……」」
 考え中。
「「よ、夜遊びがばれたら困るじゃないか!」」
「夜遊び…」
 藍は呟いた。
 ――警備員もぐるぐるしている中、何処で遊ぶというのだ。
 ついでに…タバコを吸う、とかいう悪さもできない。買いたくても買えないからだ。
 教師から貰うとかすれば話は別だが。…まぁ、盗めばお終いなわけだが。

「そうだな…。黙っておこう」
紅は少し考えたような顔をしてから、ヤツにそう言う。
「な…?!」
 藍は思わず声を上げた。

「「良い選択だ」」
 ソイツはニヤリと笑って、次の瞬間にくるりと振り返り、ドアを開け、出ていった。――足音が遠くなっていく。

 

「黙っておくって、どういうこと?」
 藍は紅に低く問いかけた。さっぱり分からん、というような顔をして。

「あぁ、本部の方に報告をしなきゃな」
 そう言って、もう一度パソコンに向かう。
 続いた紅の言葉に「え?」と声を上げる。
「え? 黙って…」
 いるんじゃ? 藍はますます分からない、というような表情をした。
 紅はその時、ふと微笑む。
「誰が、いつ、誰に報告しないと言った?」
 黙っておくとは言ったが、誰かに喋ったり、報告したりしないとは言っていないぞ。
 藍は呆然とした。
 そして、ボソリと呟く。
「…はったり王」
 何だそりゃ?

 

(今夜は一応、やめておこう)
 先程の怪しげなヤツ…こと、カサブランカは走りながら考える。
 早めに、という要請もあるが、ここで自分の正体がばれてもしょうがないだろう。
(それにしても…)
 気のせいであっただろうか?
 先程の二人…久井姫夜と慎夜、とかいったか…。
 あの二人に近いモノを感じたような…。
 カサブランカは、かぶりを振る。

(まさか。転校生だし)

 …そこでなぜ「転校生だし」となるかは、謎である。
 「転校生だから」と、疑ったりしないのだろうか?
 それはさておき。

 コツ
 カサブランカは窓に小石を当てる。
 部屋の中から人間が、ニュッとこちらを覗き込んだ。

(…? ん?)
「イタズラしてんじゃねーよっ!!」
 …部屋を間違えた暗殺者、カサブランカであった。

 
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