女は、電話を見つめる。
もうすぐで明日だ。…残り3分。
「…ちっ」
女は舌打ちをした。
今日も、電話がこない。――死亡した、という連絡がこない。
「あの娘の誕生日まで、あと七日しかない…!」
殺しが遅いと考える。
「早くして…!」
中年の女はギリッと爪を噛んだ。
カーン カーン カーン カーン カーン カー…
煌々と電気のついた部屋に、時を知らせる鐘の音が虚しく響きわたった。
「あと…六日…」
早くしなければ。
早く、消えてもらはなくては。
「何してるのよ…『花連』、とかいう奴等は…!」
+++++
起床、六時半…。
枕元に置いた時計を見ると、紅は目をこすった。まだいくらか、視界がボーッとする。
「――?」
(ここは何処だ?)
紅はボーッとした頭で考えた。
しばらくして、思い出す。
ここは砂倉居学園。任務遂行…人物の守護をしに来たのだ。
だが、その時もう一つの疑問がわく。
紅の右となりには、もう一つのベッド。
誰かが寝ていた跡(つまり、布団のシワなど)がない。
今回の相棒…紅としては初めてタッグを組んだ、藍が寝ていたはずだが。
(まぁ…いいか…)
ベッドから抜け出し、洗面所へと向かう。
「あ、おはよー」
紅を見るなり、藍は挨拶をした。
ドアにもたれ掛かり、こちらを見上げる。
「…徹夜?」
「いや、おれの名前は嵐人」
「いや、そういう意味ではなくて…」
…発音が違うだろう、おい。
藍の目は微かに赤く、あまり眠らなかったことを物語っていた。
「…大丈夫か?」
「ああ、昨日から今朝にかけては、あっちも行動しなかったみたい」
音、特にしなかったし。
藍は紅に昨日から今朝にかけての様子を簡単に報告する。
「…――」
紅はそういった意味ではなく『藍(の体調)は大丈夫か?』と訊ねたのだが。
自分の口少なさに、少々後悔する紅。
「そうか…」
だが、否定するのも、と考えた紅はそのままにしておく。
「ありがとう。…お疲れさま」
紅は小さく頭を下げた。
そして、洗面所に向かう。
「………」
そんな紅の後ろ姿を見つめ、藍はしばらく考えた。
(…お疲れさま、って敬語になるんだっけ?)
ある意味、どうでもいいことを。
「カサブランカ」
そう呼ばれた者は『不愉快』という表情をして、振り返る。
「もう、昼間だ」
「偽名で呼べ」と告げる。
だが相手は『不愉快』というカサブランカの表情にも退かず、言った。
「いや、朝6時半。昼間とは言えにくいだろう」
(…)
何で、こう、自分の周りには揚げ足取りが多いんだろう…。
カサブランカは昨夜のこと――二人の姉弟のことを思いだしていた。
(似てなかったよな…あの二人)
だが、あの…明るい髪の色――藍のことである――の目つきの鋭い方。(ちなみにカサブランカを睨んだから鋭かっただけである)
「…」
「…何にやけてんだ」
気色悪い、と同室の少年は言った。
「お、思いだしニヤケだ」
…すきま風の通る一瞬。
「何言ってるんだ、お前は」
そう言って、ビシッとでこピンをする。
「いひゃい…」
まともにくらって、額を抑えつつカサブランカはうめいた。
…いまいち、暗殺者っぽくないヤツである。
「おっはよー!」
教室全部に、とまではさすがにいかないが。
朱音の声が響きわたった。
声が少し大きい、ということもあるが、声が高いというせいもあって、よく通るのである。
「おはよう、朱音」
朱音が声をかけたのは、いつもつるんで(?)いる彩花と衣緒であった。
そして…。
「おはよー、香子さん♡♡♡」
その瞬間、彩花の顔はむっとする。
なんだか、友達がとられたようで悔しい。
「おはよう」
教室の入り口に見える香子――紅、そして嵐人――藍は応じる。
むっとしつつ、彩花はその顔ばかり見ていて、昨日気にくわなかった髪の色を見ていなかった。
「あー、香子さん、髪の毛が黒い!」
三人のうち、最初に異変に気づいたのは衣緒である。
「…」
彩花はその事実に気づいてびっくりした。本当に、黒い。
――が、その代わりらしき物を発見した。
右耳に赤いピアスが一つ光っているのを発見したのである。
そしてそのピアスは…昨日拾ったモノではないか!
「香子さん、ソレ」
彩花は事実を突き止めようと、問いを口にした。
「昨日、拾ったヤツ?」
「そうだが」
…即答。早いぞ、紅。
やっぱり、何か、性格が…というか何というか。根本的に合わないぞ、この女は。
拾い物をつけるか? 普通?!
彩花はそんなことを思った。
「風間さん」
「何か?!」
ギッと睨み付ける。
藍はその視線に一向にペースを乱さず、ほのぼのと言う。
「ここ、ここ」
藍は自分の眉と眉の間を軽くポンポンと指さした。
「眉間にシワ寄ってるよ」
女の子が、怒ってばかりじゃダメだぞー。
まるで小さい子をあやすように言う。
彩花はこのしゃべり方が嫌いだった。
「めっそうもありません、お気遣い、ありがとう」
全く『感謝』に似合いそうな表情をせず、彩花は礼を述べた。
そしてズンズンと去っていく。
「あ、彩花ぁ」
友人のご立腹を察してか、朱音は彩花の後をついていった。
名残惜しそうな視線をチラリと藍に向け、衣緒もその後に続く。
「…何か、嫌われてるっぽい?」
藍が、ボソリと言った。
紅は軽く首を傾げる。
「さぁ」
その後、紅は少し考えるような表情をし、彩花を見つめた。
その視線に、彩花は気づかなかった。
彩花の席は一番前。紅&藍の席は一番後ろ。
「先生」
紅が、ホームルーム中に手を挙げる。
「なんだ?」
江戸っ子ティーチャー(?)赤石作太郎は特に話すこともなく、教卓でぼーっとすごしている。
「この席は黒板が見えづらい。風間さんの隣に移動したいのだが」
一行(藍、朱音、衣緒、その他のクラスメイト、クラス担任)は目を丸め、肝心の彩花は、「何言ってんのよ!」というか、何とも言えない表情をした。
が、しばらくして、右手をグー、左手をパーにして『ポン』と手を打ったのは藍である。
「先生、おれも、おれも!」
「んあ?」
「おれも、風間さんの横いきたい!」
「………」
彩花の隣に座っていた右隣の女子が、作太郎を見つめる。
「せ・ん・せ♪」
にーっこりと微笑んで、後ろの席へと変わる気満々のもう一方の男子生徒が作太郎に声をかける。
「…いよしっ。代われ」
好かない人種。
合わない人種。
が。
敢えて…自分の隣の席に移動?
『そんなあ!』
…彩花がそんな表情をしたのは言うまでもない。
「よろしく」
藍がにーっこりと微笑む。
(悪魔降臨…。私が一体何をした?!)
彩花は両手をグッと握りしめ、自分の左右にいる双子は自分にとっての悪魔である、と頭の中でインプットした。
「…」
紅はもの言いたげな瞳でただ、彩花を見つめるのみである。
(もー、何なのよ、こいつら)
グルグルグルグル思考がまわる。
(あ、次は数学、プリントやらなきゃ…って関係ないわ、今はっ!!)
一人でぼけて一人でつっこむ彩花である。
そんなこんなで(?)頭の中がメチャクチャな彩花をよそに、江戸っ子ティーチャー赤石は『教室から出ず、なるべく静かにしていろ』という指示だけして、夢の世界の住人だ。
雑談諸々が始まる。
高学部のかっこいいというらしい先輩の話。
次の授業の先生についてだったり、この間だされた宿題のプリントを頑張ってやっている者もいる。
藍と紅は彩花の左右の席を陣取り、動こうとはしない。
彩花が席を立とうとした瞬間、その友人、朱音と衣緒がちゃっちゃと近寄ってくる。
彩花の自分の席から離れたい、という願望は果たされなかった。
――と、その時、ニュッと間に入りこむ男が一人。微かに瞳を潤ませている(様に見えなくもない)。
「あのさー、彩花ちゃん。おれ等のこと、嫌い?」
…と。
リリリリリリリリリリリリリリリリ
けたたましく、授業(とは言っても、ロングホームルームの時間なのだが)終了のベル音が鳴り響く。鳴り終えた瞬間。
「俺の寿司っ!!」
クラス担任、赤石は叫んだ。
…江戸っ子ティーチャー、あんたは一体どんな夢を見とるんじゃい?
まあ、寿司ネタの夢であることは確かなようである。
「…お、おう。終わりか」
(なんだかなぁ、この先生も…)
それはおいておいて、藍の言葉は、その音にうち消された。
「え? 今、何か言った?」
そう言ったのは、もちろん彩花ではない。朱音である。
「…やっぱ、いいや」
フルフルと頭を軽く振る藍の姿をじっと見つめる少女がいた。
衣緒である。
…藍の一番近くに座る衣緒にはばっちり聞こえていた。
まぁ、多少聞こえず、
『彩花ちゃん、おれんのこと、嫌い?』
と、『おれ等』が『おれん』みたいな風に聞こえていたのだが。
だけど…いや、だからこそ。
(え? え? え? どういうこと?)
衣緒はなんでか妙に心拍数が上がった。
今のはまるで…。
ドクン、ドクンと鼓動を感じる…気がする。
嵐人は彩花に惚れているのだろうか? まだ多分恋じゃないけど、お気に入りが自分以外の人に――しかも自分の友人に好意を寄せているというのも、なんだか悲しい。
「…ええ…?」
衣緒の呟きは、クラスのざわめきの中に消えた。
休み時間はチャッチャッと終わり、数学の時間である。
「起立、礼」
数学教師、須々木鏡花。よく言えば『可愛らしい』悪く言えば『ガキっぽい』という女である。趣味は、美しい(または可愛い)少年少女チェック。
…実は高学部教師小河美千代と友人だったりする。
「ええと…欠席は、なし、でいいのかな?」
誰ともなく、呟く。その視線の先に、紅と藍が映った。
(をを、転校生! うーん、結構レベル高いわねぇ)
鏡花から見て、右より紅、彩花、藍である。(彩花もきつそうな感じではあるが、美人の部類に入るであろう少女である)鏡花、しばしうっとりして…はっとした。
「あ、えっと…転校生? 確か久井香子さんと、嵐人君よね?」
「ああ」
「はい」
藍は礼儀正しく、紅は髪をかき上げながら言う。それぞれに藍色のピアスと、朱いピアスが小さく光った。
…それを見逃さない鏡花である。
「ピ、ピ、ピアスッ!!」
ビクッ。その反応にビックリしたのは藍である。紅は『どーしたんだ?』というような表情をして、見つめる。
(あ、そういえば須々木先生って、こういうことにうるさいんだっけ…?)
密かに意地悪な考えが頭の中によぎり、彩花は笑った。
「よく似合うわー」
…おい、おまえは教師か?
語尾にハートがつきそうな鏡花の、予想に反した反応に彩花は思わず「ほへ?」と妙な声をあげてしまう。
「あ、ありがとうございます…?」
鏡花の反応に藍は疑問形で礼を言い、紅は眠たそうにあくびをするのだった。