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⑧計画

 数学が終わり…次は楽しい(?)体育の時間だ。
 今の時期だけ、二クラス合同である。

「…今回こそ、必ずっ!」
「…と、決心するわりには達成されないんだよな。お前は」
「うるっっさいっっ!!」
 妙に『っ』の多い表現でそいつは…カサブランカは叫ぶ。
「うるせーのはお前だっつの」
 江戸っ子ティーチャー、ここに復活。肘鉄を手加減なく振り下げる。
「…いひゃい」
「手加減無しだからな。あと五分くらい、我慢しろや」
 瞳を潤ませ、江戸っ子ティーチャー赤石を見つめる。
「クククッ」
 人の悪い、カサブランカの正体をする者が小さく笑うのが聞こえた。
(ちっきしょーっ、アイツめっ!!)
「せんせー、正確には…」
「んあ?」
「あと四分」
「四捨五入すりゃああと五分ってもんだろがっ」
「いや、四捨五入したらあと零分です」
「……」
 敗者、赤石。
 そんな様子をカサブランカは視界の中に入れつつも計画を思案していた。

 

「えっ、着替えって…更衣室ないの?」
「? ここでの更衣というと、自分の寮に戻って着替えますけど?」
 藍、滅茶苦茶ハッピー…もとい、大ショック。

 それを聞いた途端、紅を求める。視界のすみに入った。
 紅を見つめる。
「? 嵐人、どうした? さっさと行こう」

 のぉぉぉぉぉっっっっっっっっ!!!!!!

(神さまっ、おれが一体何をしたっ!!)
 理性がぁっ!! おれもちゃんと年頃の男の子なんだぁっ!!
 そう、藍が悶え(?)苦しんでいるとき。

「ねぇ、彩花」
「ん? なに?」
 彩花は少々イライラしながら衣緒に応じる。
(体育の時間も何げに近くにいるのかしら? この、悪魔’Sはっ!!)
 そう、心の中で彩花は叫んだ。
 そんな彩花に衣緒は言葉を続ける。

「久井さん達さ、姉弟でも、男の子と女の子じゃん? 一緒の部屋で着替えてもらえば?」

 ――続いた言葉に彩花は眼を見開いた。
(衣緒! あんたはそこで何ということをっ!!)
 …その心は、顔に多少出ていたが、衣緒はそれに気づかぬふりをした。

 衣緒の言葉に、紅は彩花へと視線を向ける。
(一緒にいれたほうが、もしものことがあった時、守りやすくて都合がいい)
 紅は、訊ねた。
「…いいか?」
「…」
 わずかに首を傾げながらの紅の問いかけ。
 ――まさか「イヤだ」とは言えない。
 さすがの(?)彩花でも、言葉で言うほどの度胸はないのだ。
「…いいわよ。た・だ・し!」
「ただし?」
 紅は聞き返す。彩花の目の前の紅のドアップ。
(あ、まつげ、結構長い…って、そんな事じゃなくって!)
 彩花は大きく首を振る。…まるでからくり人形のようだ。

「朱音、衣緒も! 一緒の部屋で着替えることっ!」
「…もう、彩花ったら、寂しがりやさ・んっ」
 『もう、ばっかーんっ』と言わんばかりの、一昔(下手すれば二昔)前の古い恋人同士のように、人差し指で朱音は彩花の額をつつく。
 そして彩花はここで何と言われようと、引き下がるわけにはいかない。
 香子この女――紅と二人っきりなんて、彩花は絶対にイヤなのだ。

「そろそろ、時間がやばくない?」

 紅が彩花の部屋で着替える、ということがほぼ決まったことを見ながら、藍は女の子’Sに声をかけた。
(ざ、残念だった…かな? でも、いいよね。この方が理性とかそういうこと考えないですむし)
 ――心の中で、藍は涙を流していた。

 

 じーっと自分のほうをガン見する視線に気づき、
「? なんだ?」
 ジャージをすっぽりと被ると、紅は見つめる瞳に問いかけた。その問いかけに見つめる瞳…衣緒は言葉を続ける。
「香子さんて、胸大きい」
 衣緒の発言に朱音も頷いた。
「うん。大きい。着やせするタイプなのね」
「…」
 彩花はもちろん、その会話に加わっていない。
 しかし、軽い敗北感は覚えていた。
(くっ、結構自信あったのにっ)
 …なんか違う気がする。
   それはさておき。

「そういえば、体育の時間、今は何やってるんだ?」
「球技だよ。好きなコト選択するの」
「バレーとバスケ。香子さんはどっちにする?」
「…参考までに、君達は?」
「みんなでバレー」
 衣緒と朱音が声の声がそろった。キレイなハーモニーの完成である。
「と、言うと、彩花もか?」
 香子の問いかけに、またもや彩花はむっとした。
(何で当然のように呼び捨てなのよ)
「…」
 一度、無視してしまおうかとも考える。
 だが。
「うん、そう」
 変わりに、と言うか何というか…朱音がその問いに答えたので、彩花は解答せずに終わった。
「そうか…じゃぁ、バレーにしよう」
 小さく、朱音の喜びの声をあげる。

「香子さんが入るとなると…どのチームになるかな?」
「とりあえず、うちのクラスのどっかのチームでしょ」
 衣緒の言葉に、彩花は言う。そして安堵の息をはきだした。
(あたし達のチームでないことは確かだわ。ちゃんと六人いるし)
 ちなみに男女混合…ではない。
 力が違いすぎるからだ。
 ちなみに彩花のチームは彩花、朱音、衣緒、江崎えざき優子ゆうこ、バスケットクラブの副クラブ長である吉良きら美羽みわ、そして卓球クラブ員である細田ささだアスカの六人である。
 体育系のクラブ員二人がいるためか、わりと強いチーム編成である。

 リリリリリリリリリリリ…

「…時間か?」
 チャイムの音に紅はつぶやく。
「え、もう?」
 朱音が時計に目を向けて声を上げた。
「急いだ方がいいのか?」
 紅はぼそりと言う。
(当然じゃない!)
 彩花は言いかけてやめた。髪を縛り終えていない。
 体育をするのに中途半端に長い髪はうっとうしい。ので、彩花はいつも縛っている。
 縛るのに集中をと思い、鏡の中をのぞき込む。
「…急がなくていいのか?」
 紅は彩花に疑問を投げかける。彩花は思わず、ギッと睨み付けた。
(何となく、何となくだけどあんたには言われたくないわっ!)
 …もちろん、口には出さなかったが。

 

「これより、体育の授業を始める」
 礼っ、とリンとした声が体育館に響きわたる。
「…転校生か?」
 紅と藍の姿を見た瞬間、体育教師…松村まつむらいさむは声を掛けた。
 紅も藍もピアスを取っていない。
「体を動かすんだ、装飾品は取っておけ」
「あ…。はい」
 藍はいそいそとピアスを取る。紅もそれに続いた。
「これ、どうすれば?」
 紅は松村に言った。
「あん? んなもん、自分で決めろ。あずかっててやってもいいけどな」
「いや」
 何となく…本当に何となくだったが、紅は松村にはあずけたくないと思った。
「自分で持っている」

 そして藍は、もとよりあずける気はない。
 …たとえ、紅であろうと。
「いいです。自分で持ってますから」
 そう言うと振り返る。大きい、角張った松村のあごが藍の気に障った。

「紅…香子はバレーとバスケ、どっちやることにしたの?」
「バレー」
「ふーん、んじゃ、おれもそーしよっと」
 腕を伸ばし首をコキコキとならす。
「でも、チームが分からないんだ」
「あぁ、そう言えばそうだね」
 キョロキョロと周りを見渡し、知っていそう(分かりそう?)な人物を物色する。
(あの松村ってヤツはヤだしなぁ…)
 そう、藍が考えていたとき。
「香子さーん
 語尾にハートマークの付いた声が左斜め後ろから聞こえた。
 呼ばれた紅は振り返り、藍は呼ばれたわけではなかったが思わず振り返ってしまう。
「チーム、分かりそう?」
「それが分からないんだ…」
 どうしたものか…とサラッと髪に触れた。
 耳たぶが一瞬ではあったが朱音の目にはいる。
「あれ? ピアス取っちゃったの?」
 紅はポケットに手を突っ込む。
「ここにはあるが…な」
 朱いピアスが日の光を反射させ、反射した光が一人の目に、ちょうど当たった。

「ぐはっ!」
 …その声は中途半端に静かだった体育館に響きわたる。
 その近くにいた少年も注目の的だ。
「…悪い」
 謝るべきか、謝らなくてもいいのかかなり迷った末、紅はその髪の長い…おそらく少女(?)に声をかける。
「い、いえ…いいんです」
 その容姿から予想した声より低い。
 見た目は『お嬢さん』と言ったところか。
 美人さん、の部類にはいるのではないだろうか?
 そして、そのお嬢さんは紅の手元に光るピアスを見て、目を一度大きく広げる。
 スタスタスタスタスタ…
「お、おいっ」
 隣にいた少年がお嬢さんに声をかけたが、いっこうに聞こうとしない。もの凄い勢いで紅の元へ向かう。
 藍と朱音は思わず一歩退く。
「この…ピアス…」
「???????」
 紅はこの少女の表情が読みとれず、ただ(そう見えていなくとも)オロオロと狼狽える。
「綺麗な朱ですねっ」
 にっっっっっっっっっっっこり。
 妙に力強く笑った。
「…あ、ああ…」
 それだけ言うと少女はくるりときびすを返し、元居た(少年のいる)窓側に向かう。

「何だったんだ?」
 誰の声かは分からなかったが、紅も藍もそれの言葉に同意できた。

 

 少女が座り込むと、少年はこっそりと耳打ちをする。
「…」
 耳打ちされた方をガバッと手で包み込み、自分の正体を知る少年の方を思いっきり睨んだ。
「何で息、かけんのっ?!」
 …どうやら耳打ちではなく、耳に息をかけられたようである。
「いや、ほんの戯れ」
「戯れでイヤなコトされるこっちの身にもなれっ!!」
「いや、なりたくないな」
 …確かにそうである。そうではあるが…。
「そこで話しをそらすなっ!!」
 攻撃しようとしたカサブランカの手をさっと避け、息を吹きかけた反対側の耳に、今度こそ耳打ちする。

「あれ、お前のピアスだったよな?」
 ピクリ
 小さなその声…その言葉にカサブランカは反応を示す。
「…ああ」
 その顔は『お嬢さん』の表情それではなく完璧に暗殺者、カサブランカのモノとなっていた。
「証拠が残ってしまったのか」
 その言葉にカサブランカは薄く微笑む。
「まぁ、それはいいけどな。オレの指紋は残っちゃいない」
 カサブランカはピアスをピアスとして着用していたわけではなく、ネックレスの飾りとして着用していた。その証拠に、カサブランカの耳にピアスを通す穴はない。
「疑問として、何であいつ…」
 昨日、オレを見つけた女が
「持っているか、ってコトだ」
 ゆっくりと息を吐き出す。
「ま、深く考えなくてもイイんだろうけどな」
「ちったぁ、考えろっ!!」
 バシッ
 少年はカサブランカにデコピンをくらわす。
「い、いた…。お前、手がでかいから痛いんだぞ?」
「痛くなきゃ、こんなん意味がねーだろーが」
 カサブランカは少年の大きな手を恨めしそうに見て、しばし額をなで、涙をジャージの袖で軽く拭う。
 それはともかく。少しの間、目を閉じてから今度は…見つめる。

「標的の試合が始まったら、早速やる」
 少女を。獲物を。標的を。――風間彩花を。
「この時間中に、す」
 シャラ…
 カサブランカの胸元で、小さく音が鳴った。
 紅の持つピアスとの対は、ジャージの下でこびりついた血のようであった。

 
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