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「――今日、やるぞ」
「えらく早いねぇ」
 朝も早くから木に登るカシーサである。
「いつもはもっと時間かけて調べてるじゃん。どうしたの?」
 ガナマの問いかけにカシーサは細く息を吐き出した。
「…依頼主のこともあるしな。早めにやってみるか、と」
「ふぅーん」
 「ま、いいけど」とガナマは話題を変えた。
「そうそう、昨日、家に泥棒が入ってさー。捕獲したの。よかったら、使ってみない?」
 …泥棒、モノ扱いである。
 ガナマの問いかけ…提案にカシーサはしばらくの間をおいて応じた。
「…オレは一人でやる主義なんだが」
 カシーサの答えにガナマはまだ食い下がる。
「だって、家の中まで入ってきたんだよ。この、家の中に!」
 強調したガナマに「いらん」と手を振り、そのまま「じゃあな」と言うと、カシーサはリガイ家から去って行った。

 コンコン

 ガナマはしばらくカシーサの後ろ姿を見送ったが、ノックに振り返る。
「あら、カシーサさん、帰ってしまったの?」
 返事を待たずして入ってきたのは、女性だった。
 少し厚め唇で、髪をふわふわとまとめている。
「うん」
 ガナマは頷いた。
「もっとゆっくりしてくださればいいのに」
 女性はため息交じりで言って…次の瞬間に、唇を歪ませた。
「…彼、一番成績いいのよね」
 瞳に宿るのは、先程の穏やかそうなものとは一変した、鋭いもの。――まるで、ハンターのような。
「まーね。ボクとコンビ組んでるくらいだし」
 得意気に言うガナマに女性は「あら」と瞬いた。
「ガナマが手を出してるわけじゃないでしょ。彼の実力よ」
 女性の言葉にガナマは頬を膨らませる。
「うちの情報も使ってるんだから、ボクの力もあるよー」
 「ま、そうかもね」と女性はガナマのベッドに座り込むと、ゆっくりと言いきった。

「正確に、早く殺してくれるから、助かるわ」

 ――リガイ家は、こういうことも『儲け』の1つであった。
 女性――ガナマの母、キラツにクスクスとガナマは笑う。
「どうせなら、殺し専門でやる?」
 キラツもまた、笑って応じる。
「それではばれてしまうわ。専門はちょっと…ね」
 クスクスと笑い合う…この二人は間違いなく親子であると言えた。笑い方がそっくりなのだ。

「そういえば、昨日の娘、どうする?」
 キラツの問いかけにガナマはちょっとばかり唇を尖らせた。
「カシーサに『使って』て言ってみたけど、いらないって言われちゃった」
「ふーん。でも、すごいわよねぇ。うちの中まで入ってこられたなんて」
 素直に感心しているらしいキラツ。
 唇を尖らせていたガナマだったが…ふと、微笑みへと表情を変えた。
「…使えそう、だよね」
 表情は子供らしい無邪気なもの。――けれど、発する言葉は年頃のものとは思えない。
「今度、使ってみる?」
 その言葉は疑問形だったが…決定だった。

+++++

「おはよう」
 ミルティエは執事…ユーダに言った。
 今日から――しばらく、彼らの食事も食べられない。
 だがミルティエは、朝食もそこそこに出ていこうとする。
「お嬢さま、朝食は?!」
 そんなミルティエにユ−ダは少々驚いたような声で問いかけた。
「食欲がないの。ごめんなさい」
 ミルティエはユーダに告げると素早く外履きに履き替える。…今朝は、父アルラスと顔を合わせなかった。

 ふらふらと歩くミルティエは昨日の木…少年、ガナマと青年カシーサのいた木を目指した。
 昨日より早く家を出たせいもあっただろうが――気温が涼しかったというのもあって、いつもより早く足が進んだ。まだまだいけそう、とミルティエはこっそり思う。
(そういえば…)
 彫られる背中…。
 いつもより時間が短かったこともあったが、夢か現かわからない背中への冷たさ…。
(…昨日の冷たさは夢じゃなかったのかしら)
 ――そのおかげで、楽なのだろうか。

 そんなことを思っていた時だった。

「あー、おねーちゃーんっ!」
 ――声がする。それは、昨日のように木の上から。
 ミルティエは声の方へ視線を向けた。
 …少年の姿を見つけ、名を言う。
「ガナマくん!」
 ミルティエは微笑んだ。
 そして、もう一人…
「……」
 無言で、木の上に座り込んでいる人の姿を、見つける。
 カシーサだ。

 木から下りたガナマは、立ったままのミルティエの顔を下から覗きこんだ。
「どうかした?」
 ガナマの問いかけに「え、」とミルティエは瞬く。
「顔色、あんまりよくないっぽいね」
 続いた問いかけにミルティエは「そう?」と、微笑んだ。
 …ガナマは何気に鋭い。

 昨日、ガナマがミルティエの後頭部を冷やすのに貸してくれた布を返しつつ、二人は他愛のない会話をする。

 …ミルティエは気付かなかったのだがその時、――そして昨日も、ミルティエを映すカシーサの瞳には驚きが宿っていた。
(――やはり、似ている…)
 そう思ってカシーサは慌てて頭を振った。――馬鹿馬鹿しい、と。

 

 ド ン ナ ニ 求 メ テ モ 帰 ッ テ ハ コ ナ イ ノ ダ ト

 

 ガナマはカシーサを…頭を振ったカシーサの表情を見て、『閃いた』という顔をする。
 『ガナマ』を知る者が見れば…「何を閃いたのか」と。…むしろ「何を企んでいるのか」と思わせる表情をした。
「おねーちゃん、今日、暇?」
「――え? …ええ、まあ…」
 突然のガナマの問いかけに、ミルティエはやや動揺した。
 そんなミルティエに対し、にーっこりと、ガナマは笑う。

「カシーサとさ、どっか行ってこない?」

「なっ、ば…――な?!」
 ガナマのミルティエへの提案に、カシーサは言葉になってない声を上げた。
「…え?!」
 なぜそこでカシーサが?! とミルティエもまた、混乱した声を上げる。
 「あのね」とガナマは少々重々しく言った。
「このにーちゃんてば、顔、こんなだから、女の子と出かけたことないらしいんだよね」
 女顔…化粧映えしそうな顔をしたカシーサを示しつつ。
「――おい! 勝手に…」
 話を進めるんじゃない…とまで言えなかった。ガナマがカシーサの口を塞いだからである。

「んね? 暇だったら、つきあってみない?」
 ガナマがそう言いきった途端、かぽっと、カシーサの口から手が放れる。
「てめえは人の都合ってもんをを考えろ!」
「!!」
 昨日は淡々と喋る人だな、とか思ったのだが…ガナマに対して怒鳴るカシーサにミルティエはちょっとばかしビクリとした。
 …ミルティエの場合、相手――カシーサがいいのなら、別にいいのだが。

「だってさ…」
 その時ガナマはカシーサに耳打ちをする。
「…あんたが興味持った女って、今まで見たことなかったからさ」
「…っ!」
 カシーサはピクリと口元をひきつらせた。
「?」
 ミルティエにガナマの声は、聞こえない。
 カシーサは不思議そうな顔をしているミルティエを見て、ガナマへと視線を戻した。
 にっこりと、ガナマは微笑む。…天使の仮面を被った、悪魔の微笑みだ。
「――ついでに情報が手に入ったらいいじゃん」
 続いた言葉にカシーサは大きなため息をつく。
(コイツ、悪魔だ…)
 ――もともとわかっていたが…カシーサはそのことを再確認をする。

 なんとも嫌そうな顔をしてガナマと話す様子のカシーサを見て…ミルティエは悲しくなった。
 自分のことがやっぱりイヤなのだろうか、と。
 ――初対面(ではないが)であれ、男であれ、女であれ、嫌われるよりは好かれた方がいいに決まっている。

 カシーサがガナマからミルティエへと視線を向けた。
 一つ、息を吐き出す。
 ため息に、ミルティエは「やっぱりイヤなのかしら…」と目を伏せる。

 ――だが。

「…オレが相手でいいのか?」
 ――ミルティエはカシーサが続けた言葉に伏せていた目を、思わず開く。

「…っ」
 言葉にすることなく…ミルティエは大きく頷いた。

 
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