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「「お嬢様!」」
 アルラス死亡――その知らせは、執事達の元に届けられた。
 その知らせを受けた二人の執事は、次の日の昼間にはルーナル家に戻っていた。

「…ラタル…ユーダ?」
 二人を視線の先にとらえると、ミルティエは微笑んだ。
 ――二人の執事は、その微笑みを痛々しいモノだと感じた。
 儚く微笑んだ自分の主人を守らなければと、二人とも考えた。

 ――だが。その思いが果たされることはなかった。

 

 変わり果てた己の主の姿にラタルもユーダも声を無くした。
 ――明らかに殺されていたのに、穏やかな表情かおをしていたことに言葉を失った。

 突然の訃報…葬儀は、慎ましく行われた。

 仰々しい知らせはしてない。しかし…
「こんにちはー」
 リガイ家の一人息子――ガナマは来たのである。

「お父さん、亡くなったんだって?」
 突然核心をつく発言に、執事達はぎょっとした。
 というか、この子供は誰だ、とも思う。
 そんな執事達にガナマの正体を――此処、リガイの街を造った一族の御曹子だと――ミルティエが知らせると、また二人はぎょっとした。
 …ミルティエはいつの間に知りあったのか、とも思う。
「ええ」
 ガナマの発言に特に動じることなく、ミルティエは応じた。

 他の参列者と同じく献花したガナマ、そして母であるキラツは「ちょっといい?」と前置きをしてミルティエへと一つの提案をする。

「この家と土地、売らない?」
 ――突然過ぎるガナマの提案。

「…え?」
 あまりに突然過ぎてまともな反応ができないミルティエ、ラタル、ユーダ。
 そんな三人の様子にガナマはにっこりと笑った。
「この家と土地を売って――ボクの家に来ない? ミルティエ」
 支配者の瞳で言葉を繰り返し、問いかける。
 …問いかけのカタチでありながら、それは『問いかけ』ではなかった。ガナマの後ろではキラツもまた微笑んでいる。

「ちょ…待ってください!」
 ガナマの提案にラタルが声を上げた。
 自分達で守ろうと、そう決めた少女。
 ――横から掻っ攫われたらたまらない。
 声を上げたラタルをガナマは一瞥した。
 更に言葉を続けようとしたラタルとユーダへと、言葉なくその瞳が告げる。
 『黙ってろ』――と。

 たかが十歳程度の…下手をすれば十にも満たない…子供のはずなのに、ラタルとユーダはガナマの瞳に声を失った。
 言葉を飲み込んだ二人の執事からミルティエへと視線を移し、ガナマは言葉を続ける。
「はっきり言って、ミルティエ…おねーちゃんに経営は難しいと思うよ、ボク的に」
 ざっくりがっつり、オブラートも何もない言葉を紡いだ。
「だから、さ。この家を売って、ボクの家で一緒に暮らそう! 養女として、ね?」
 執事達に向けた剣呑といえるような光を宿した瞳。
 ミルティエにその視線をむけることはなく、ニコニコ笑顔のままのガナマではあるが――瞳に宿る光は、拒否を認めない。

「ミルティエさん、」
 四人の様子を眺めていたキラツが口を開いた。
 ミルティエの名を紡いだ声は、何とも言いようのない美しさ。ミルティエはその声に思わず聞き惚れてしまう。
「私、娘が欲しかったの。でも、産まれてきたのが息子で…」
 キラツは微かに息を吐き出した。
 そんな様子に、ガナマはミルティエとキラツの間で「息子じゃいけなかったの?!」とかなんとかわめいている。
 ガナマの様子に「うふふ」と笑うキラツ。
 瞬いてキラツはガナマからミルティエへと視線を動かして、続けた。
「一緒に暮らしましょう?」
 ――その声は誘惑。そして、拒否を認めない言葉。

 ミルティエは瞳を閉じた。
 ――確かにミルティエは、『家』の経営の方法など知らない。
 ラタルとユーダを雇いきれる方法を、知らない。――彼等の職を守れる方法を、知らない。
「…はい」
 ミルティエは目を開き、応じた。
「よろしく、お願いします」
 言いながらキラツとガナマへと深く礼をする。
 振り返ると、ぼーっとミルティエを見つめる執事にもまた、頭を下げた。感謝の言葉を口にする。
「今までありがとう。それから…」
 息を吸い、はいた。
「唐突でごめんなさい。今まで、本当にありがとう…」

+++++

「さ、ここがミルティエちゃんの部屋よ
 ミルティエはガナマの家に通された。

 ――早かった。
 葬儀が終わってからの手続きが…早かった。
 ルーナル家のミルティエは、リガイ家の娘へ。
 ルーナル家の資産も早々に処分された。
 残すところは後始末のみとなり、ラタルユーダの二人は早々に解雇となる。

 その家や資産の取引も早かった。
「じゃ、買うから」
 ――それだけである。
 売れた資産は、ミルティエの手元に。
 書類に記された金額は半生は遊んで暮らせるような値だ。質素であれば、一生暮らしていけるかもしれない。

 ミルティエが通されたのは白がベースの、淡い紅色に色づいた部屋だ。
 その部屋は、広かった。そして窓が大きかった。

「…は、ぁ」
 ――キラツが部屋をでていくとミルティエは小さなため息をつく。
 これからの生活に思いを馳せた。

+++++

「どういうことだ?」
 突然の客にガナマは瞬いた。目を細め部屋に突然入り込んできた男…現リガイ家当主アングスを見据える。
「…お祖父様」
 呟きと共に、ガナマは微笑んだ。
「何か…?」
 僅かに浮かべた笑みは、悪魔の微笑だ。その問いと笑みに、アングスは肩を震わせる。

「あの娘は、一体なんだ?」
 アングスの言葉にわざとらしく間を置く。「母さまから聞きませんでしたか?」と逆に聞き返した。
 ――ガナマは分かっていて、問いかけに応じない。
「聞いとらん」
 アングスの低い声にガナマは目を細めた。
 ようやく、アングスの問いかけに応じる。
「…彼女は、ボクが気に入ったので買いました」
 「買った?」とガナマの言葉を繰り返すとアングスは顔を顰め、半ば吼えるようにして言った。
「余計なものを――!」
「…お祖父様」
 ガナマの冷たい瞳の色と声音に、アングスは続けようと思った言葉を飲み込んだ。
 ――本当に、自分の孫であろうか?
 時折、そんなことを考える。
「ボクのやることに口を出さない――ボクは決められた業績を上げました。…約束、しましたよね」
 ぴらりと一枚の紙をアングスの前に示す。
 ――しっかりとアングスの名を署名してある書類だ。
「…ああ」
「では、」
 ガナマはすっと手をドアの方に向けた。
 ――「出ていけ」と態度で示す。
 アングスはギリギリと奥歯を噛みしめながらも、ガナマの部屋から退室した。

 しばらくして、足音が聞こえなくなる。
 ガナマは深いため息をついた。
 瞳に剣呑と言えるような光を宿し、眉間に皺を寄せ呟く。

「――くそじじい」

 「ふん」と息を吐き出した。
 …次の瞬間。

「どういうことだ?」
 窓からの侵入者…カシーサにガナマは瞬いた。
 驚きの色はない。カシーサの窓からの侵入は、いつものことだからだ。
「…意外と早かったね」
 ガナマはそう言って微笑む。
 先程のアングスと同じことを言っているカシーサに、自分の祖父に見せた表情とは全く違う顔を見せた。

「ミルティエのこと、でしょ?」
 唇に笑みを刻むガナマにカシーサは言葉を発しようとした。
「それ以外に何があるかって? …ま、そうだよね」
 カシーサが何かを言うよりも早くガナマは呟いて、ひとり頷く。
「…」
 無言のカシーサの様子にガナマはにっこりと、さらに笑った。
 ――このガキ、と声にしないで悪態をつく。
 ガナマの考えることなど、全く分からない。

「…なんで、ミルティエをこの家に?」

 ――自らのものにしようと思った。
 手に入れようと、思った。
 どんな手を使ってでも。
 それなのに…ガナマに先手を打たれ、ミルティエはこの家にいる。

 カシーサの問いかけに「だって」と年頃らしい、やや甘えるような声をあげたガナマは言葉を続ける。
「ミルティエは、カシーサが始めて興味をもった女でしょう?」
 …続いた言葉に、子供らしさ――年頃らしさは微塵もない。
 言葉を続けるほどに、声音から年頃らしさが失われていく。
「もしミルティエがボクの側にいたら――前みたく、カシーサが急にいなくなるなんて事がなくなるんじゃないかと思って、ね」
「な…」
 ガナマの言葉にカシーサは思わず声を上げた。
 …自分から逃げられると思うな、とガナマは言うのだ。

「まぁ、カシーサがどっかに行っちゃっても…追いかけるけどね」
 そう言って、再び笑う。

「――ミルティエを手に入れたかったら、此処から離れないことだよ」

 ガナマは満面の笑みを見せた。
 カシーサはガナマの言葉と笑みに、我知らずこめかみを押さえた。――ガナマの微笑みは悪魔の微笑それ以外の何物でもない。

 暗殺者は、未来さきのことなど考えない。
 いつもは、考えたりしない。
 ――だがカシーサは…

(…これからどうなるんだ?)

そんなことを思ってしまっていた。

暗殺業<完>

2000年 7月12日(水)【初版完成】
2009年 6月20日(土)【訂正/改定完成】

 
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