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十五、……あれ?−ⅱ

「ここ、飲食禁止だよね。廊下にでも行ってジュース飲まない? なんだか喉がかわいちゃって…」
 紅深は微かに舌をだしながら提案したのが見えた。
 もう一方のショートカットもそれに賛成なのか、頷きながら立ち上がる。
 やっぱり、女だった。
 いくら男女の見た目の識別が難しい現代であるとはいえ、スカートを履くような男はいないであろう。きっと。
 ショートカットの少女は結構背が高く、紅深が並ぶとその差は歴然だ。…紅深が小さめ、とも言えそうだが。
(よし)
 偶然を装って、荷物も置かずにうろうろしていた擢真はポフと席に着いた。
 この図書室の中はいまだに三人。なんとなく、動くものに目がいってしまうのが人ってものだ。
 一瞬の、間。そして目が合う。

「……………あ、れ?」
 予定外の人と目が合った擢真は思わず声を上げた。
 ショートカットの少女と目が合ったのである。
「…片桐…く、ん…」
 呼びかけは、疑問形ではなかった。
 ショートカットの少女は擢真の見間違いでなければ微かに頬を染め、フイッと視線と、顔を逸らす。
「紅深、片桐君だよ」

(……………あ、れ?)

 まだまだ頭の中で?マークが飛びまくっている擢真である。
 ショートカットの少女はその黒髪に映える色合いの、小さなラメの入ったヘアピンをつけていた。――装飾品なんてのは個人の自由だ。そこは、いい。
 主に薄い色合いで統一された彼女の服装。ロングスカートには膝部分からスリットが入っている。
 ――いや、そこもいい。とくに問題はない。
 擢真はその少女の胸の膨らみを見ていた。そこで『変態』とか言われてしまってはお終いなのだが。
他の部分とは違い、そこだけ色が濃いのだ。なんとなく、目がいってしまった。
「……………女?」
 思わず、こぼれ落ちた言葉。

「あれ? 擢真くん!」
 紅深の笑顔も、今の擢真には届かない。
「? どーしたのー? ねえねえねえ?」
 黒…漆黒といってもいいような髪。瞳。バランス良く配置された眉、鼻、唇。
 瞳は憂いを漂わせてもいるようなすっとしたモノ。
 今見ることはできないが、もしも今微笑んでいたのなら。その様はまるで少女マンガの王子さま…なのだろう。きっと。
「生徒会長…?」
 そう呟いた瞬間、少女…紅深がマサと呼ぶ存在が肩がピク、と揺れたのが。擢真の視界にしっかりと入ってきた。
「あ、擢真くん、あたし達これから休憩するんだー。擢真くんは?」
 擢真は呆然とする。
「? 聞いてる?」
 紅深の声は聞こえていたのが…思わず反応できないくらい、まだまだ呆然としてしまう。
「…人の話を聞いてくれないような人にジュースはおごってあげないっ!」
「わー、わーっ! いただきますっ! ってか欲しいですっ!!」
 擢真は紅深の言葉に少しばかり慌てた。
 …脳内の?マークは消せないまま。

 考える時間が…今、見たことを整理する時間が欲しかった。
 擢真は財布だけ持って、後の荷物は椅子の上に置いておく。
 ジュースは缶ジュースもあったが、カップ式の方を紅深達は買った。
 擢真は好きな子におごってもらうなんてことはする気になれず、結局は自分でジュースを買う。ちょっと押すところがズレて、モモジュースがでてくるはずだったのに、この時期には絶対に飲みたくないホットのミルクココアがでてきた。
 いつもだったらここで気分が悪くなるが、今は混乱の方が強い。頭の中は混乱に支配されている。
 出てきたココアは熱くて飲めない。
「擢真くん…ドジ」
 紅深は擢真が飲みたかったモモジュースを飲んでいる。
「…どうせ俺はドジキング」
「なにそれ?」
 紅深はクスクスと小さく笑った。黒い合成革張りの椅子に三人は座っている。
 カウンター側から生徒会長、紅深、擢真である。
(今年の生徒会長って…女だったっけ?)
 学校行事にあまり積極的に行動するとは言い難い擢真。
 擢真の中の公式では、○○会長=男なのだ。ある意味、考えアタマが古いのかもしれない。

「生徒会長って…フルネームなんだっけ?」
 ポソッ、擢真は独り言のように呟いた。
それに答えたのは生徒会長ではなく、紅深だった。
川瀬かわせ雅子まさこ
 『まさこ』。字はよく分からないが、女の名だ。どう考えても。

「………」
 擢真は生徒会長をガン見した。
 こうやって女の子らしい格好をしていれば擢真が生徒会長を紅深の彼氏なのでは?! と疑う(?)なんてことにはならなかったのに…。
(そーいえば女子ってムダにベタベタすることもあるもんな…)
 友人である日奈と輝。
 「なんでそんなにくっつくんだ?」と思うくらいベタベタする時がある。
 …いつか見てしまった、紅深と生徒会長が抱き合っていたのも、女子の交流それだったのか。

「…生徒会長、どうして学校ではそーゆーの着てこないんです?」
 思わず擢真は生徒会長…雅子に訊ねた。
「「え?」」
 雅子も紅深も、同時にその言葉を発する。
「俺の気の所為でなければ、生徒会長って学校にはそういう格好では来ませんよね?」
「んー…。まあ」
 恥ずかしそうな、口少ない雅子。数学を教えてくれた時とは大違いな気がする。
「やっぱり、擢真くんもそう思う?」
「え?」
 紅深の言葉が、どれに対して「そう思う」なのかが一瞬分からず、擢真は返事に詰まる。
「あ、ああ。思う」
 どうも「生徒会長がそういう恰好で来ない」というのに『そう思う?』、とのことだったらしい。
「ねー。どうしてマサてば、学校ではそういうの着てきてくれないの?」
 紅深はちょっと膨れてそう言った。擢真の位置から見える雅子の顔。
 今日はなんとなく顔つきが優しいな…なんて思ったら。よくよく見てみれば化粧をしているではないか。いくらか、みたいだが。
(紅深さんがやったのかな…)
 勝手にそんな想像をしてみたが、そんなことを思っていたら雅子が口を開いた。
「……だって、生徒会長だから……」
「「――へ?」」
 擢真と紅深はすっとんきょうな声をあげた。
 『生徒会長だから』? どうしてそれが理由になるのだろう?
「男女平等だの、何だのかんだの言っても、結局は男っぽい方がバカにされないんだよ。…というか、締まりになる、というか」
 そして雅子は小さくため息をつく。
「しかし恥ずかしいなぁ…。生徒会長ってわかってる人に見られると大抵『女装っぽい』ようなこと言われるんだよ」
「だーかーらー。女装っぽくなんかナイって。マサ、ちゃんと女の子してるよ。格好いい女の子」
 ね、と紅深に同意を求められ、擢真はブンブン頷く。
「ほら、擢真くんも似合うってさ」
「……アリガト」
 雅子は苦笑のような笑みを見せる。
 紅深が童顔の所為か、紅深と並ぶと少し年上にも思えたが…どう見ても女の子だった。

 
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