TOP
 

十六、告白

「……あ」
 しばらく雑談をしていたのだが、雅子が何か思い出したかのようにして声を上げた。
細い銀色の時計を覗き込む。
「十一時半…か。紅深、ご飯食べてからまた来てもいいかな?」
「あれ? マサ、お昼ご飯持ってきてないの?」
「今日は弟が家に居てさ。なのにご飯の用意してなかった」
 そう言うと雅子は立ち上がる。
「あ、そうなの?」
 じゃあ、一回帰らなきゃダメだね、と紅深は少し寂しそうに呟いた。
「んじゃあ、優しいあたしがマサの荷物を持ってきてあげよう!」
 雅子に「持ってて」と飲みかけのジュースを手渡し、紅深は荷物が置いてある第一図書室に入った。
 擢真はそんな紅深の後ろ姿を眺める。
 ドアが閉まっても、まるで目だけで追うように見つめ続けた。
「片桐君さ」
 雅子のほうから擢真に話しかけてくる。擢真は「え」と思った。
「――はい?」
 なんかちょっと…緊張する。
 生徒会長は男だと思い込んでて…でも、今目前にいる雅子はどこからどう見ても、女の子で。

「紅深に惚れてる?」

 問いかけに擢真はしばらく瞬いた。
 脳ミソに、雅子の言葉が届く。
 …………
「え、ええっ?!」
 か――っ!!
 頬が熱い。耳たぶも赤いかもしれない。
 瞬間湯沸かし器よりも早い温度の上昇だった。
「な、なななっ?!」
 なんで?! なんで?!
 『なぜ、生徒会長がそんなことを?!』そう、言葉として続けることはできなかったが、擢真は口をパクパクさせながら言う。
「さあ、なぜ知ってるでしょう?」
 雅子は…いや、生徒会長は数学を教えてくれた時のような、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。
(――生徒会長だっ!!)
 先程まで、なんかちょっと『知らない女の子』と思って緊張してしまっていたが…雅子は、まぎれもなく生徒会長だった。
「ぐあぁああああっ」
 擢真はピシャピシャと頬を手で軽く叩く。
「ま、あの子は鈍感だからね。玉砕するなら、さっさと玉砕しちゃいなよ?」
 そう言って今度はクスクスと笑う。明らかに他人ひとをからかって楽しんでいる。
(しかも玉砕?! 砕け散ろってことか?)
 擢真は頑張って考え、そんな風な結論に行き着いた。
「告白するならさっさとしちゃいな」
 そう言って立ち上がる。
 素晴らしいタイミングだ。生徒会長が立ち上がった瞬間、紅深が図書室のドアから顔を出す。
 擢真の顔の火照りはいまだに治まらない。
 生徒会長は「ありがと」と紅深から荷物を受け取り、ジュースを手渡すと擢真に向かって「頑張れよ、少年」と言って少しばかり笑みを見せた。

(頑張れって…)
 擢真の目に映るのは背中だというのに、生徒会長のニヤリとした、少しだけ意地の悪そうな笑顔が映るような気がする。
「擢真くんは帰る?」
 生徒会長に手を振っていた紅深だったが、生徒会長の姿が見えなくなると擢真にそう、声をかけた。
「え? あ、あの…」
 困った。未だに火照りは治まることを知らない。
「そう言えばマサと何の話ししてたの?」
 紅深の問いかけに擢真は「え?!」と声を上げてしまう。
 まさか、聞こえたのだろうか?! そうだとすると…かなり、恥ずかしい…ッ!!
「え、ええ、まあ、世間話を…」
「ふーん」
 紅深は擢真たちの会話を「聞こえていた」とも「聞こえていなかった」ともとれる言い方をする。
 少し首を傾げながらするその様はかなりラブリーである。
 頭の中で、生徒会長の言葉こえがこだました。
『告白するならさっさとしちゃいな』
(告白ッ!! 告白ッ!!! 告白ッ!!!!)
『さっさとしちゃいな』

 ――夏休みは、長くて短い。短くて、長い。
「? どうしたの?」
 ピトと、紅深は自らの掌を擢真の額に伸ばす。
 温かい…というか、熱い。紅深がこの時期にしては少し手が冷たい、と言うのもそう感じさせる要因かもしれないが。
「大丈夫? 無理しない方が良いんじゃない? 夏休み時間は、まだあるよ?」
 紅深は擢真が調べものをしに来たと思っていた。
 単なるカンだったが、そのカンはある意味当たりだと言える。
「……」
 擢真は小さく息を吐き出した。
 自分に伸ばされた、…触れた、自分より一回り小さそうな掌。
 心配そうに擢真を見つめる瞳。柔らかそうな、薄い唇。
 ある意味、今現在も目眩中なのかもしれないが…目眩がしそうだ。
 離れていく掌を思わず引き止める。
「え?」
 その行動と、その掌の予想を上回る体温の高さに紅深は驚く。
「風邪ひいてるの?」
 大丈夫? もう一度紅深が言う。
 『プツン』と、擢真の中で何かが弾けた…気がした。

 北側の網戸は開いていた。風が、そよそよと二人を包み込む。
「――…っ!!」
 擢真の行動に紅深は息を飲んだ。
 掌を引かれて、抱き寄せる。夏の暑さの中――それでも擢真は、紅深を自らの腕に閉じ込めていた。

「………紅深……先輩のこと、好きなんだ」
 紅深の耳元で告げた言葉に返事はない。
 擢真は口を開いた。紅深にもう一度、擢真は告げた。
「――好きなんだ」
 がっちりと抱きしめらてしまった紅深はふと、顔を上げた。
 擢真の顔が見えて…思わず、吹きだす。
「なんだよ」
 擢真は頬を赤く染めた。いや、すでにこれ以上にないほど擢真の頬は赤い。
 その赤さはきっと、夏の暑さ気温の所為ではない。
 紅深はもぞもぞ動いてナイショ話をするように口元に手を当てる。
「……?」
――かのように思われた。
 バッ!!
 擢真は勢いよく紅深を抱きしめる腕を緩めた。
 顔は茹でたタコなんて軽く超える赤さだ。『これ以上にないほど赤い』を、さらに通り越した。
「仕返し」
 紅深はナイショ話をするかのように見えたが、違った。
 擢真は耳に手を当てる。…紅深は擢真の耳に息を吹きかけたのだ。

「さぁて、お昼お昼…」
「え? …え???」
 擢真は間抜けな声しか上げられない。
「って…紅深先輩!!」
 呼びかけに、第一図書室に向かっていた紅深は振り返る。

 紅深の頬がほんのり上気しているのは…周りの気温の為か、己自身の感情の所為か。
「ありがと、ね」
 小さく呟いて紅深が笑みを見せる。
 夏休みは、今日から始まった。

恋愛白書−TAKUMA'S SIDE−<完>

2001年 2月26日(月)【初版完成】
2009年11月20日(金)【訂正/改定完成】

 
TOP