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六、想い−ⅱ

「…そういえば、お前の家に来るの初めて、だな」
「あぁ、そう言われてみればそうだよな」
 そう言いつつ出された菓子は…みたらし団子。ついでに日本茶付きである。

 『オレの部屋』と響に通された部屋は和室…しかも八畳はあろうかという広い部屋だ。
 勉強机はなく、部屋の真ん中辺りに普通の木製の机が置いてあった。冬にはコタツになるかもしれない。
 響の部屋に扇風機はあったが、響は窓を開ける。
 今の風は心地よいもので、人工的に空気をかき混ぜるよりは窓を開けたほうが気持ちよさそうだ。

(…言っちゃ何だが)
 擢真は響に放り投げられた座布団に腰を下ろしながら軽く部屋を見渡し、続いて響を眺める。
「――お前、この部屋には似合わんな」
 思わずシミジミと言ってしまった擢真だったが「何でオレが部屋に合わせなきゃいけないんだよ」とどっかりと座りこんだ。
 ちなみに本日の響の色合いは原色の紫に炎のイラストプリントTシャツと、目に鮮やかな青色の膝下までのハーフパンツ。…と、ナカナカすごい色合いである。
「いや、いけないとは言ってないけどよ」
 思わずこぼした擢真の言葉に反抗的な言葉を発したものの、機嫌を損ねたというわけではないらしい。
「日本なら日本らしく和風の家でいいだろが。いいじゃん、和室」
 そう言うと急須と茶碗を自分側に置き、響は一口熱い茶を飲んだ。猫舌である擢真はまだ飲めないな、なんて出された茶碗を眺めていた。
 すると、響はゆっくりと切り出す。
「さぁて、何でも言ってごらん?」
 ここまできてウジウジしている自分がイヤだ、とは思ったが、すぐには話を切り出すことができない。
 フーッと茶を冷ますように息を吹きかけてから、擢真は何度か呼吸を繰り返す。
 「よし」と口の中だけで呟くと腹をくくった。
「あのな…」

 

「――へ?」
「だから」
 響があまりにも目を丸くするもので、やっぱり変なことを言っただろうか? とも思いつつ、擢真はもう一度言った。
「急に、触れたくなったりしないか?」
「…女に?」
 その切り返しは、露骨な言い方だった。
「…女っていうか…」
 少しばかり言葉を濁らせると響は「特定のヤツに、か?」と案外穏やかな口調で続ける。
 擢真は思わず、響の顔を見る。目が合うとニッと笑った。
「ある、ある」
 うんうんと首肯し、また笑った。――それは少し、苦笑とも言えそうな笑顔。
「あるのか? …お前も?」
 「おうよ」と響はオヤツのみたらし団子を頬張った。
 咀嚼して、飲み込んで。日本茶を飲んだ。
「しかも、毎日ってほど」
「毎日?!」
 続いた言葉を思わず繰り返してしまった。
 それは、自分にも起こりうることなのであろうか?
 擢真は昨日の動悸を思い出して我知らず胸元を掴んだ。…昨日の動悸が毎日、ずっと続くとしたら心臓が保たなそうだ。寿命が短くなる気がする。
「そ」
 擢真は「誰に?」と言おうとして、やめた。
 なんだか噂好きの安っぽいヤツに思えて。――それから、その質問は相手に対して失礼な問いと思えて。
「お前、顔が『相手誰?』って言ってるぞ」
 クックック、と本当におかしそうに笑いながら響は言う。
「…わり」
「いいって、いいって。オレだって気になるしな」
 言いながらまだ笑っている響を見て擢真は今更ながら思った。
 友人として、イイヤツだなぁと思う。…スキだなぁ、と。
 ひっそり友人として惚れ直している擢真に気付かず、響は続ける。
「しかもオレの場合…向こうが特に気にせず腕組んだりとかしてくるからさ」
 結構、辛いわ。とその言葉に擢真は顔を上げる。
「――彼氏いるくせにさ」
 ボソッと付け加えた言葉に擢真の中のパズルがカチッと噛み合った。
 脳裏に思い浮かぶ、一人。
「おま…まさか…」
 それ以上言う前に「その先は言うなよ?」と、響は茶碗を掲げた。
「多分その先に出てくる名前は合ってるだろうからな」
 呟きに瞬いて、猫舌の擢真はまだ飲めない温度の日本茶に息を吹きかける。
「…お前が、ねぇ」
 言いながら擢真の頭の中に浮かぶのは――響と並ぶといつも以上に派手になる組み合わせになる少女…輝の姿だった。
「十年…飽きっぽい自分がよくここまで想ってると思うよ」
 ズズズ、と茶をすする。響は熱いモノ好きらしい。
「十年も?」
「そんくらいは経ってると思うぞ」
(十年か…凄いな)
 純粋に感心していた擢真だったのだが。
「――さぁて」
 響は低めの声で言いつつ、指をポキポキと鳴らした。「次はお前の番な」という言葉に「…へ?」とちょっとばかり間抜けな声を上げてしまう。

「オレの中では『触れたい』っつーのか『想ってる』ってことだからな。相手を白状してもらいましょ?」

 未だに指をポキポキ鳴らしている響は…いつもの響だった。
 ――擢真をからかって楽しむ、響に戻っていた。
「まさかここまで白状させといて自分は言わない、なんてことはないよな?」
「う゛」
 響はニヤニヤと笑う。…そんな言い方をされたら絶対に白状せねばならないではないか。
 かと言って、ペロッと言えるような擢真ではない。
 躊躇って言葉を濁す擢真に響はあっさり言った。

「オレの予想としてはぁ、刈田さん、だけどな」

 …長いような、短いような、沈黙が流れた。

「わかるのはえぇよ!!」

 思わず喚いた擢真に「だって」と響は飄々と言葉を続ける。
「突然そんなこと言いだして、今日部活に行かないってことは美術部の誰かだろ?」
 そこで一旦言葉を区切り、響は擢真を眺めた。また、ニヤリと笑ってみせる。
「でも、オレが名前知ってんのは刈田さんくらいだけどな」

「……」
(これを『墓穴を掘る』と言うのか。ハハッ、日本語の勉強だ)
 顔を微かに赤くし…しかもどことなく青くするという、なかなか器用な芸当をしている…擢真はそんなことを思った。
 擢真の顔色をチラ見しつつ響は茶をすすって言った。
「そうかそうか。ま、頑張れよ」
 あっさりさっぱり飄々と。
「────お互いにな」
 擢真はやっとのことで響にそう返すと、やっぱりサラリと「違いない」と言われ「勝てない」なんてことを頭の隅で思う。

 

「お邪魔しましたー」
 響の家から帰りつつ、擢真は考えた。

 何となく、自分の中でモンモンと考えるよりはスッキリした。良い感じだ。
 今日の会話を反芻する。そして次の瞬間、赤面した。
(俺って気が早い…)

 

『なぁ、『触りたい』って思うと、まずどこ?』
 間があって、響はボソッと言う。
『片桐、その言い方やらしい…』
『え、そ、そうか?』
『しかもそんなことまで言わせる気か? ここでいきなり…』
『うっわー、待て待て!!』
 下ネタ突入の意志を察知し、止めた。そんな擢真の姿を見て『プッ』と吹きだすと響は言う。

『オレの場合は、手、かな』
『手?』
『んー、笑われそうだけど、手をつなぎたい、とか思う』
『…へぇ』
『この野郎、少女趣味とか思ったな』
 言ってしまったものはしょうがなかったが響はこの時(少なくとも擢真の前では)初めて赤面した。それを見て、今度は擢真の方が吹きだす。
『…失礼なヤツだな』
『お互いにな』
『あのなぁ』
 ビシッと指さし、響は擢真に言う。
『お前確か、頬に触ったとか言ったな』
 …そう。こってりと暴露させられたのである。
 無言を肯定ととり、響を続ける。
『つまりはそのまま引き寄せてキスしたかったことじゃないの?』
 そう言って、ニヤリと笑う。擢真をからかう時の表情だ。
『イヤン、擢真くんてばエッチ
 そう言われて、顎で突っ掛かっていた答えが(ある意味)無理矢理引き出される。
『キスって…』
 自分がボーッとしていて、思っていることをそのまま言ってしまっていることに気づかぬ擢真に、響はあっさりと言った。
『唇と唇を重ねること。接吻。『気を吸う』ってのも語源らしい』
『うわっ、俺って…』
 我知らず口元を覆う。擢真に昨日の『夕日でごまかせないほどの赤面』が復活した。

『いよっ、けだものッ!!』
 響の言葉に殴りかかるふりをしてから、擢真は反動のようにガタッと座り込む。
『しかし『スキかも』とかそういう課程すっ飛ばしてキスしたいなんてな』
 ニヤニヤ。からかう気、未だ十分な響である。
『ま、最初の課題は両想い、だな』
 擢真、パニック続行中。
『頑張れよ?』

 

 頭の中で響の含み笑い付き『頑張れよ』がグルグルと回っている。
「はぁ…」
 擢真は思わずため息をこぼした。
(両想い…ねぇ)
 ――そういう恋愛沙汰は生きてきた中で経験の少ないものだ。
 自分が好きになった人なんて、数少ない。
 でも…ま。
「頑張るか」
 零れたのは「仕方がない」みたいな呟きではあったが、その瞳は水を得た魚のように活力のあるものだった。

 
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