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二、十年間、好きな人

 ピンポーン
 チャイムの音に響は「ん?」と顔を上げた。
 なんだかんだで二時間ほどテレビを見ていた響だったのだが、自分の両親の姿を見て、よっこいせっと(ジジくさく)立ち上がった。
 そろそろ十時になるのだが、両親は二人してパジャマ姿のままだったのだから、玄関からの呼び出し…チャイムには響が応じるしかないだろう。
(これでどっちかに用事のある人だったらどうするんだろう、あの二人)
 そんなことをちょっと思いながら響は玄関の扉を開けた。
 そこに立っていたのは…。
「…輝…」
 響の(そしてもちろん奏の)幼なじみである、篠岡ささおかきらの姿がそこにあった。
 「おっひさー」とおどけた調子で輝は笑う。
「おっひさー…って、昨日終業式だったじゃん」
 響は輝の頭をポン、と一度叩いた。
 響と輝(そして擢真)は同じ北川高校なのだ。
「そうとも言う」
 アハハ、と一度笑ってから輝は言葉を続ける。
「響、今日、暇?」
 その問いかけに響はちょっとドキッとした。視線を僅かに泳がせ、一度ペロリと唇を舐める。
「…暇、だけど?」
 平然に、平然に。――輝は自分のことを何とも思っていないのだから。
 そう自分に言い聞かせながら、輝の続きの言葉を促す。
「本当? ねぇ、遊びに行かない?」
「遊び…に?」
 響は輝の言葉を繰り返し、自分の中では『平然に、平然に』と繰り返した。
 響は一度小さく息を吐き出すと、おどけて輝に言う。
「おいおい、彼氏ほっといて幼馴染みと遊ぶのかよ? オレ、浮気だと思われてイザコザ、なんてヤだぞ?」
 きしし、と笑いながら――本当は別に、構わないとも思った。
 浮気だと思われるのは面白くはないが――輝の隣にいられるのは、なんであれ嬉しいことだから。
 そんな響の心情なんて小指の爪先ほどにも知らず、輝はちょっとばかり頬を膨らました。
「だってー。サトルってば友達と遊びに行っちゃったんだってー。だったらコッチだって友達と遊んでいいと思わない?」
「『友達』…ねぇ」
 響は思わず呟いていた。
 輝が、自分のことを『友達』の内の一人だと思っていることを改めて思い知らされる。
(まあ、何とも思われていないよりはずっとマシだけどな…)

 響は、輝に惚れている。
 それを知っているのは(とりあえず、響が自らそう告げたのは)擢真…くらいだ。
 …多分周りからは、『すごく仲のいい友達同士、幼馴染み…腐れ縁』として映っているだろう。
 ――それでいい。

 隣の家同士で幼馴染みである二人は、保育園時代から一度も違うクラスになったことがなかった。
 付け加えれば誕生日も近く、更には名字が『榊原』と『篠岡』なので、名簿番号もいつも近い。
 腐れ縁、と言ってしまえばそれでお終いだが、響にはそれがとてもありがたい。
 ――輝と離れなくてすむ。

 どこに惹かれてるのか、と言われたなら『輝自身に』と答えるだろう。
 それから、そう答えられる程度に…いいところも悪いところもひっくるめて…輝のことを知っている、分かっているつもりだ。
 輝が付き合っている男なんかよりも。
(ああ…。オレ、いつまで見守っちゃってるんだろう…?)
 響はひっそり、そんなことを思った。

 

 告白しよう! と考えたことは…ある。
 それから実行したことも実は二回ある。
 しかし、輝は覚えていないだろう。
 ――覚えていたとしても、そうだとは気付いていないだろう。

 一度目は小学校三年に上がる直前。そして二度目は中学一年の夏。

 一度目は、三年生に上がる時にクラス替えがあると知ったから。
 もしかしたら別々のクラスになるかもしれない、と思って…始業式の前日に告白した。
 しかし今考えてみると場所が笑える。
 近くの公園の砂場で、砂遊びをしながら響は輝に告白したのだ。
『僕…キラちゃんのことスキなんだ』
 結構緊張したような気がする。砂場で砂遊び、なんてシチュエーションは、笑えるばかりだけれど。
 …当時は、ものすごく必死だったのだ。
 砂山を二人で作って、まだ春と言うには浅かったが、ちょっと水をつかって、泥になった砂で手と服を汚しつつ。
 響の告白に対しての輝はパチクリ、としていた。
 何度か瞬いた後の返事は…
『キラもひーちゃんのことスキ
 ――だった。
 嬉しくて、いつも寝つきのいい響が興奮して眠れずにいて。
 次の日、学校に行ってみればクラスはまた一緒で。有頂天になった響に輝は、輝く笑顔で言った。
『ひーちゃん、キラ、中尾先生のおよめさんになる!』
『………え?』
 中尾とは三年の、新しいクラス担任になった優しいお兄さん風だった先生のことだ。
 響はその言葉を聞いてショックを受けた。
 …そして、知った。
 響の『スキ』はある意味お嫁さんにしたい『スキ』だったのだが、輝はお友達として『スキ』と返事したのだ。
 ――『スキ』にも種類があるんだなぁ、と思い知った、春。

 それから二度目は、言うなれば思わず、だった。
 中学一年の夏休み前…毎年、学年毎に行われていたレクレーションキャンプ。
 クライマックスのキャンプファイヤーも終わり、夜の内にできるところだけ片づけていた時。…もっと言うなれば、響の目の前で、一人の少年が輝に告白したのだ。
 それは学年で一番『たらし』と噂されている少年で、名前を確か…馬場といった。

『俺、輝と付き合いたいんだけど』
『………え゛っ?!』
 周りにはほとんど人がいなくて、二人の様子に気付く者はいなかった。…いたのかもしれないが、少なくとも響の目には映らなかった。
 …実は響は輝を捜していて、『やっと見つけた!』という時にそのシーンを見てしまったのである。
 響はその時、思わず馬場と輝の間に入り込んでいた。
『コレはダメだ。ヨソにあたってくれ』
『……誰?』
 馬場のその言葉に響はムカッとした。
『輝の幼馴染み! んでもって、クラスメートッ!』
『…幼馴染みでクラスメート? それだけでどうして俺の邪魔するんだよ?』
 馬場は…いい男だった。――顔が。
 互いに中学一年生ではあったが、凄まれるとなかなか圧倒されるものがある。
 しかし響も負けていられない。
『オレが、輝を好きだからだ』
 輝を背にしたまま、響はそう、馬場へと言い放つ。
 …確かに、それを輝に言ったわけではなかった。
『そ、そうなのっ! アタシも響のこと好きなのっ!! 両想いなのっ!! だから、ごめんっ!!』
 背後から顔をのぞかせた輝が馬場にそう言った。
 舌打ちしながら「バカみてぇ」なんていう捨て台詞を吐いた馬場が去った後…輝の「アタシも響が好き」という言葉にやや呆然としていた響だったのだが。
 ……まさか。
『ひーちゃん、サンキュー。アタシのこと助けてくれて』
 続いた言葉に、響は今度は唖然とする。
 ……誤魔化す助けるため、だけに響が嘘ついたと思われたとは…。
 つまり「アタシも響が好き」っていうのは、輝としては芝居の延長線だっただけで…。
『…あぁ』
 そこで響も『あれは本気で言ったのだ』と言えば良かったのだが、それをしなかったのもいけなかったかもしれない。
 ――ともかく、響の告白は、ある意味輝にとっては『ないこと』になっているのだった。

 

「ねぇ、いいでしょう?」
 響は輝の言葉にハッとする。…ちょっと、思い出に浸ってしまっていたから。
「ん、あ、あぁ、いいよ。どこ行く?」
 輝はにっこりと笑って言った。
「カラオケ!」
 …それは、響の予想通りの答えだった。

 
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