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三、夏休み一日目

「今頃気付いて言うのもなんだけどさぁ」
 ガタン タタン ガタン タタン…
 単調な音が車内に響いている。
「ん?」
「ひーでも誘えば良かったんじゃないか? オレじゃなくて」
 響は輝にそう、問いかけた。
 ひーとは…擢真、響、そしてきらの共通の友人であり、割とよくつるんでいる少女、岡本日奈のことである。
 キレイな黒髪に、切れ長の瞳、赤い唇…日本人形を思わせる、あまり変化が見られない表情。なかなかの美人さんがひー、こと日奈だった。
 響の問いかけに輝は「なんか日奈ってチラホラ忙しいらしくってさー」と少々むぅ、となる。遊ぶ約束はしてあるけど、とも続いた。
「…なによぅ、アタシが遊び相手じゃ不満ってワケ?」
 やや睨むような輝に「いや?」と響は笑う。
「そういうワケじゃないけどさ」
 ――むしろ、嬉しいくらいだよ。
 …そんな言葉、口に出せない。
 響はゆっくりと瞳を閉じた。
 次の瞬間、一際大きく電車が揺れ、ドンッ! と響に何かが衝突してくる。…ぶつかってきたのは、人間だった。
「エ、エヘヘ。ごめん、よろけちゃった…」
 輝は小さく言った。次の瞬間には、スッと離れる。
 響は「ちゃんとつかまってろよ」と微かに笑った。
 電車の中は座るには混んでいて、立っているのは苦痛でないという、微妙な混み具合だった。
 プールに行く人が多いのか、妙にビニールバックを提げている人が多い。
『次は、小宮です』
 アナウンスが流れてきた。
 その言葉を聞くと、響は輝に問いかけた。
「降りるのどこだっけ?」
「北本。安いところ見つけたんだーっ」
 心底嬉しそうに輝は言った。ニッコリ笑って、胸を張っている。
「へぇ? どのくらい?」
 響は別に歌うことカラオケが好き、という感じではない。キライではないが。
 なので、一緒にカラオケに行くという相手はもっぱら輝だ。
「んっとねー、三時間以上、ドリンク付きで千円」
 …よって、安い高いの基準がよく分からない。
 「ふーん?」と首を傾げつつも、「そうか」と頷いた。
 とりあえず二人は、輝の言う『安いカラオケ』に向かう。
 北本駅を降りて、ホームからずっと、なるべく日陰を選んで歩く。
 到着したのは、十二時過ぎだった。
 ほぼ開店直後に二人は入店する。
 輝がカラオケの機種など指定し、部屋に案内された。
 客が響と輝の二人ということで、案内された部屋は狭い。
 先に入室した輝は早速、機械を操作して選曲を始める。
 十二時が過ぎて、割と規則正しく起きた響はなんとなくお腹がすいた。
 このカラオケではお菓子などの持込が禁止されていて、もしも何かを食べたかったらフロントに注文しなければならず、選曲中の輝の隣で響はメニューを眺める。
「輝はなんか食うか?」
「んー、飲み物ならほしい」
 つまり、まだ食べ物はいらないということか。
「炭酸入りならなんでもいいか?」
「んー」
 輝は選曲に夢中で響の言葉にも適当な言葉しか返さない。
 響は輝にコーラを、自分用にピザとウーロン茶を頼むことにした。
 出入り口であるドア付近に座った響は、部屋に備え付けてある電話をとる。
 二コール程度で『はい、フロントです』と、声が届いた。
「あー、十一番のピザ一つと、コーラとウーロン茶お願いします」
 メニューを見ながら、写真と共に書かれている番号で注文をする。
『かしこまりました』
 注文が終わり電話を戻すと、輝は早速歌う曲を転送していた。
(いつもながら早ぇなぁ)
 それはいつものことなのだが、響はまたもや感心してしまった。

 輝が二曲歌い、響が一曲歌い終わったころ。
 注文したピザとウーロン茶、そしてコーラが来た。
 そして、輝が再び歌うぞ! という時に、輝のケータイが鳴った。
 最近流行のラブソング。
 その着信音で、響は相手を想像した。
 ――多分、きっと。響の想像は…当たる。
 輝はケータイを手にすると嬉しそうな笑顔を見せる。
「サトル
 電話に出ながらそう言った。

 輝が歌うはずだったメロディが流れる。
 テレビ画面に歌詞が表示されるを横目に、響は椅子から立ち上がった。
 恋人同士の会話を聞くなんて野暮なこと、響にはできなかった。
 ――まして、それが。
 自分の好きな人と自分でない男との会話なら、なおさら。
 響は部屋を後にする。
「…いい加減慣れろよ。…バーカ」
 自らにそう呟き、響はドアに背をあずけた。
 そうでもしなければ、そこに座り込んでしまいそうだったから。

「響、ゴメーン」
 話が済んだのか、輝は部屋から顔を出すと響にそう言った。「いいよ」と響は小さく返す。
 輝は更に言葉を続けた。
「サトルがね、話があるんだって。すぐ済むらしいから、ちょっと行ってくるね」
 予想外の言葉。
 響は一度目を見開いてから、おどけた調子で言った。
「オイオイ、俺をおいてくのかよ?」
 一人でカラオケ。結構むなしいものがある。
 しかも輝のように歌うことが(大)スキならともかく、響はそれほど歌うことがスキではないのだ(先にも述べたとおり、キライでもないが)。
「サトル、この辺の人なんだよ。話が終わったらすぐに戻ってくるからさ」
 すぐ済む話なら、電話でもいいんじゃねぇの?
 呼び出して――そのまま、どっかにでも行ったりするんだろうか。
 ぐるぐると思考は巡ったが、響は「おう」と輝にヒラヒラと手を振った。

 『サトル』に対する、醜い感情。
 溢れて、溢れて。…溢れ出てしまいそうに、なる。
 パタンとドアが閉まり、輝は行ってしまった。
 輝が歌うはずだったメロディはまだ流れ続ける。
 響はそれをただ、心にとどめることなく聞いていた。

 もぐもぐと三切れ目のピザに手を出していた時、輝は戻ってきた。
 響は一曲も歌わずに時を過ごしていた。
 確かに、『すぐ』で…よかったと言えばよかったのだが、響は思わず「早かったな」と言いつつゴクンとピザを飲み込むと、輝の顔を見た。
 …なんとも言い難い表情をした輝がそこに立っていた。
「アタシ」
 そして――何を言うかと思えば。
「フラれちゃった」
 …………。
「え?」
 ウーロン茶を飲もうとストローに口をつけたが、飲まないまま輝に聞き返してしまった。
 今、フラれた…とか言ったか?
「と、いうわけで失恋パーティーけっこー」
 輝はそう言うとマイクを手にした。
「歌うぞー」
 なぜ、と。そう輝に問いたかったが。響は何も問えずに場を盛り上げる努力をした。

 
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