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四、十年間の想い

「桃とー、グレープフルーツとー」
 カゴに入れながら、輝は缶チューハイを物色する。
「おい、まだ飲むのか?」
 響の問いに輝は短く「飲む」と答えた。

 アルコール、タバコは二十歳はたちになってから。
 未成年者のアルコールやタバコの購入は、以前に比べてだいぶ厳しくなったので、欲しくても買えないことがある。しかし、この酒屋では。
「篠岡ぁ、程々にしとけよ」
 そう、レジに待機している男が笑う。待機しているのは響、輝の小学校時代のクラスメートだったりした。ここは彼の実家でもあるため、案外容易に買えるのだ。
 すきっ腹にアルコールは良くないと聞いたことがあるため、つまみ用のお菓子も買い、現在二人は家の傍の公園にいる。今回の酒盛りの会場はこの公園となった。
 只今六時半。
 夏とはいえ、わずかに暗くなり始める。
 そして、公園の電灯がちょうど点灯した。
「はーい、かんぱーい」
 輝の言葉と共にカチン、缶と缶を当てた。
「んー、おいしー
 早速一口飲んだ輝は心底幸せそうに言った。
「はいはい、良かったね」
 まだ口をつけていない響に「響も飲もー」と輝は缶を振る。
「はいよ」
 輝にそう応じながら、響はお菓子に手を出した。
 何が楽しいのかクスクスと笑っている輝。
 なんだか他愛のない話をして、時間は過ぎていく。

「きーら」
「んー」
 おりしも、缶チューハイはすべて終わった。
「そろそろ帰るぞ」
 そう言った響に輝は「えー」と声を上げた。
 そんな輝に「えー、じゃない」と缶を集める。
「じゃあ、ぶー」
「いや、ぶーって…」
 しかも『じゃあ』ってなんだ、と響は少しだけ笑う。
 輝はかなり酔っているらしい。響はあまり理性がぶっ飛んでも困ると思い、缶チューハイ二本でやめ、あとはお菓子を食べていた。
 ちなみに輝は残りの十本飲み干した。
 …ジュースみたいなカラフルな缶の包装につられて、調子よく買い過ぎたかと思う。
 缶を専用のゴミ箱に放り込むと、響は輝を家まで届ける為「行くぞ」と声をかけた。
 なんとなくふわふわした足取りが見ていてわかる。
 住宅地はそんなに車通りが激しいわけではないが、万が一車に突進されても困るので響は車道側に立って輝の家を目指した。幼馴染みである二人は家が隣同士の為、輝の家を目指すことは必然的に響の家を目指すことにもなるわけなのだが。
「こんばんはー」
 輝の両親はアルコールなどについてうるさく言うタイプではない。言ってしまえば放任主義だ。
 見るからに酔っ払っているとわかる輝を見ても、怒ったりすることはない。
 …少なくとも、響が知る限りでは。
 ちなみに響の両親も放任主義だと言える。まぁ、響が男だからかもしれない。響の妹である奏は何やら色々と言われているようだ。
 ――それはさておき。
「あら、響ちゃん」
 響の声に、出てきたのは輝の母だった。
 『響ちゃん』という呼ばれ方は昔からで、今更『その呼び方はやめてくれ』とも言えない。
「ただいまー」
 響にドアを支えられている状態で、輝は家に入る。
 響は「こんばんは」と繰り返し、「輝、届けに来ました」とも続ける。
「あらあら、悪いわね」
 輝の母はチラと輝の様子を見ると、一つ息を吐き出してから言った。
「ついでと言っちゃなんだけど、部屋までつれてってやってくれる?」
 輝は歩けるといえば歩けるが、なんだか足元がおぼつかない。家に向かうまでもそんな足取りだった。
「あぁ、いいっすよ」
 「悪いわね」と言う輝の母に、家に上がりながら「いいえ」と手を振った。靴を脱いで座り込んだままでいる輝の手を引く。
 …こういう時なら、特に意識せず手に触れるとか…できるのに。
 いつもは響から触れる、なんてことができない。柄にもなく、あがってしまうのだ。
 仮に今、頬を染めたとしても酒のせいだと誤魔化すことができる。
 勝手知ったる幼馴染みの家。二階に上がって輝の部屋へと向かう。
 輝の部屋のドアを開けてやると、輝はさっさとベッドに乗り込んだ。
「おーい、寝るならちゃんと布団かぶれよー」
 今にも寝そうな勢いの輝に、響は言うが「お風呂はいるまでー」とよくわからないことを輝は言い、結局は横になる。
「へへへ」
 どうしたものか、と眺めていると…突然、輝は笑い出した。
「どうした?」
 響は問いかける。
「んー…ひーちゃん…」
 呼び方が『響』ではなく、昔の『ひーちゃん』になっていたことがなんとなくおかしくて、響は思わず笑った。「なんだ」と返事をしたが、言葉の続きがない。
「?」
 輝? と、顔を覗きこんだ。――だが、すでに。
「寝てるし…」
 単調な吐息で、輝は眠っていた。
 布団をかけなくていいだろうか、と思ったが…輝が下敷きにしてしまっていて、かけられない。かけようと思うと、輝を転がすことになる。
 すぐに起きるだろうか、とは思ったのだが、響は一応輝の母からタオルケットを借りてふわりと掛けた。
 ここまですればもう、この部屋に用事はなかったが…。
 響は輝の寝顔を見つめた。
 髪が閉じられた目の上にかかっている。それをかき寄せた。
 自分のいる状態でも眠ったということは――信頼されていると、そう思っていいだろうか。
 自分だったら…気を許していない人間の傍で眠ることはできないから。
 瞬いて眺めるうちに、響の中で、輝への想いがわきあがる。
「…輝?」
 小さく、そっと呼びかけた。
 …ただ、眠り続ける輝。
「……」
 響はその場にストン、と腰を下ろした。
 瞳を閉じたままの彼女への、感情。――愛しさ。

 響はそっと、触れた。
 投げ出された手のひら、その指先。…一度、口付ける。
 輝は身動ぎひとつしない。
 響は輝の髪を梳いた。響の髪よりもずっと柔らかな輝の髪。
 目元にかかる髪をもう一度寄せて、髪から頬へと、掌を移動させた。
 頬、額、瞼、…それから…

「ん…」
 輝の小さな声に響はびくっ!!! と大きく肩を揺らした。
 自身で自覚できる程に。
「……っ!!」
 響の体温は、一気に上昇する。
 今、自分は…何をした?
 指先に口付けをして、頬、額、瞼を撫でて…。
 かぁっと、頬が熱くなる。…それは、アルコールのせいばかりではなく。
(オレ…ナニしようとした?!)
 響の掌は――いや…指先と視線は、輝の唇に固定されていた。
 もし、輝がなんの反応もしなかったら――きっと、重ねていた。

 指先に口付したように、唇にも。
(だーっ!!!)

 響は輝の部屋を出ると、勢いをつけて階段を駆け下りた。
「お邪魔しました!!」
 そう言って響は、輝の家を後にした…。

 
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