宿題が結構溜まっててヤバイ響。気持ちが、暗い方に傾いている。
――それは、宿題のせいだけではなかったけれど。
何度も漏れる小さなため息。
終わらない宿題と…それから。
『オレが惚れたヤツだもん。十分、魅力的だって』
そう告げた、翌日。――そう言った響に『そっかぁ』と笑って見せた、輝。
『昨日のこと覚えてるか?』
そう訊ねてから、一週間経とうとしている。
響の問いかけに対する、輝の答えは。
『…アタシ、もしかして響に何か迷惑かけた…?』
――つまり。
響の告白はまたもや『ない』ことにされてしまったのだった。
そんな…気持ちが暗い方に傾いている…響の元に、擢真はやってきた。
「うぃっす」
遊ぶ約束をして、響の家にやってきた擢真。
夏休み初日、図書館に行く…なんて言っていたが、それを実行し続けていたのか。
響より断然、焼けていない。
元々響と比べれば肌の色は淡かったが、今では日焼けした響と擢真とを比べると一目瞭然に焼けていなかった。
やや暗く「元気だな」と言った響の様子に、擢真は瞬いた。
「…そーゆー榊原、元気なくねぇか?」
そんな擢真に響はなんとなく視線を落とす。
体調的には問題ない。ご飯だってしっかり食べている。――しかし。
「元気ってか、覇気がねぇカンジ?」
響は「ははは」と乾いた笑いを洩らしつつ応じる。
「ま、何にせよ上がれよ」
「…おう」
響に勧められると、擢真は「お邪魔します」と言いつつ家に上がった。
「オレの部屋、覚えてるよな? 先行ってろよ」
擢真は「おう」と繰り返して、先に響の部屋に向かう。
響はおやつの準備を始めた。まだまだ暑いし、ひとまず冷凍庫に入っていたみぞれを二つ引っ張り出す。
「誰か来たの?」
妹である奏の問いかけに「片桐」と短く応じて居間を出た。
「あ、サンキュ」
座り込んで本棚からマンガを取り出していた擢真は響から差し出されたみぞれとスプーンを受け取ると礼を言った。
パスパス、と襖を叩く軽い音に響が振り返り、擢真が顔を上げる。
「お兄ちゃん、麦茶…」
「…あぁ、わりぃ」
持っていこうかどうしようかと思いつつ、結局手だけでは持っていけなかったため諦めた。その麦茶を、奏は響の部屋に持ってきたらしかった。
「あ…えと、こんにちは」
机に麦茶を置きつつ言った奏に、擢真は「こんにちは」と微かに笑った。そんな擢真に対して奏は忙しげに瞬く。「じゃ、じゃあ」と慌てて響の部屋を出た。
響の目に、奏の顔がやや赤面していたのが見えた。
いつだかも思ったが…。
(片桐に惚れてたりするのか?)
響はそんなことを考える。
…単なる憧れであればいいのだが…もし、本当に『好き』だと思っていたとしたら。
(刈田さんがいるからキビしいぞ、奏…)
ひっそりと、そんなことを思う。
『刈田さん』とは…簡単に言ってしまえば擢真が惚れている、童顔で一つ年上の少女…紅深だ。
以前、響が聞いた――正確には響が擢真に聞き出した――ところによると、『マサ』とかいう男の影があるとかないとか…。
「そーいや、刈田さん元気か?」
前振りなく、響は問いかけた。
そんな問いかけに、擢真は「い?!」と妙な声を上げる。
……その動揺っぷりが、アヤしい。
響はそう思った。
「…なんだよ、なーんかあったのか? ん?」
やや暗かった気持ちは、現在思考の隅に追いやられていた。
からかえる時にはからかうべし。
――擢真からすれば迷惑な、響の擢真対応術の一環である。
「べ、つにぃ…」
視線を外す擢真に、響は更に『アヤしい』『何かある』と感じた。
「そーいや、休み中会ったりしたのか?」
「あ、あぁ。――まぁ…」
…まだどもっている。
「告白でもしたか?」
またもや前振りなく、言ってみた。…すると。
「な…っ!」
擢真が響へと視線を戻す。
目が合うと、「なんで知ってる」と声なく擢真は続けた。
しばらく見合って、響はニヤリと笑う。
「!!」
響のいやーな笑顔に擢真は赤面をした。『鎌かけられた!!』とその一瞬の表情の変化で物語る。
(おっもしれぇ…)
響は「人間リトマス紙みたいだ」と擢真が聞けば「ナニを言う!!」とかややキレられそうなことを思った。
「お前、告白したんだ」
人間リトマス紙と化している擢真に、そう確認をする。
響の言葉に擢真は視線を泳がせ、ベシッと自分の頬を両手で叩いて挟んだ。
一度叩いた程度では、赤面は治まらない。
「…まぁ」
「へぇ、なんて? 返事は?」
響は擢真に更に突っ込んで訊く。
「な・ん・で! 報告しなきゃいけねぇんだよ!」
「オレが知りたいから」
「………」
響の端的な返答に擢真は口元をひくり、とさせた。
「いーじゃねぇか、減るもんじゃねぇし。オレと片桐の仲じゃん?」
「減るとか減らねぇとかじゃねぇだろうがっ!!」
響はみぞれをスプーンで砕きつつ「細かいこと気にすんなよ」と笑う。
「別に広げようとか思ってねぇし。ただ、お前がなんつって返事もらったんかなぁ、と思っただけで」
みぞれを頬張ってから「からかう気はねぇよ」と響は続けた。心の中で「そんなには」と付け足しながら。
「……」
擢真は沈黙で応じる。
…あと一押しか。もう一我慢か。
響は、我慢の方を選択した。シャリシャリ、と響も擢真もみぞれを食す。
「…ありがとう、ってさ」
ポソリと言った擢真に、響は瞬いた。
「だから…ある意味じゃ、返事はもらってない」
シャリシャリ、とみぞれを食す。
先にみぞれを食べ終えたのは響だった。
「…そぉか」
『ありがとう』と…そう、彼女は言ったのか。
響は脳裏に、なんとなく紅深を想い浮かべた。
『マサ』とかいう男の影はあるらしいが…。
「…いいよなぁ…」
響は本心を漏らす。
…返事を貰えたわけではないにせよ、『想い』が届いたことが――正直、ウラヤマシイと思った。
一度目も、二度目も…三度目も、響の告白は、輝の中では『ない』ことにされている。
告げた筈の想いが…言葉が、相手に届いていないのは、案外キツいモノがあった。
「榊原」
擢真もまた、みぞれをたいらげる。呼びかけに、響は顔を上げた。
「ナニがいいんだよ」
俺、返事がもらえてないんだけど。言いながら、ビシッと示される。
いくらか目が据わった擢真に響は僅かに笑った。…それはやや苦笑めいている。
「ちゃんと、告白が伝わったっつーことが」
「…?」
響の苦笑に擢真は瞬いた。
しばし考えるような顔をしていたが…突然、擢真はガシッと響の頭を掴む。
「!?」
響はそんな擢真の行動に驚いた。擢真に頭を掴まれる、なんてことは今までにないような気がする。
「なんか、すっきりしねぇ表情してるな」
掴みつつ、擢真は言った。
響の頭を掴んでいた手を放し、続ける。
「…アイツ関係か?」
その問いかけに、響は瞬いた。