擢真は唯一、響の想っている相手を知っている。
…唯一、響から話した。
紅深に告白したという、擢真。
『好きだ』と言ったのか、『付き合ってくれ』と言ったのかはわからないが――なんにせよ、その答えに『ありがとう』と言われたらしい、擢真。
響は、そんな擢真がウラヤマシイと思ってしまった。
返事がもらえなくても――言葉を、想いを相手が受け取ってくれた、ということが。
輝に三度目の告白をして…けれど、彼女は覚えてなくて。
思わず「いいよなぁ」と漏らした響に、擢真は言った。
「アイツ関係か」と。
――アイツ。
それは、すなわち。
「俺でよければ聞くけど…どうするよ?」
擢真は、『アイツ』の名前は言わないまま、響を見つめた。
真っ直ぐな瞳と、言葉と。
響のようにからかうようなモノは一切ない。
…いや、響だってたまにはマジメに擢真の話を聞こうとは思うのだが。
擢真の言葉に響はゆるゆると瞬く。
ふぅ、と一つ息を吐き出した。
「いいよなぁ」なんて…言っても、擢真には「ナニが?」だろう。
「じゃあ、…頼む」
響は言葉を探しながら、この夏休み中のことを話した。
「…ふーん」
――話すっていうことは、いいことかもしれない。
何かが解決したわけではないが…なんとなく、心が軽いような…そんな感覚がする。
「なぁ、ちょっと、言ってもいいか?」
「ん?」
擢真は麦茶をぐっと一気飲みした。
それから、響に言う。
「酔った相手に言う…ってところが、少しだけ『逃げ』を感じる」
響は聞きながら考える。
(…逃げ?)
自分の中で繰り返して、瞬いた。
「酒の勢いで言っちまうのはまぁ…いいとして」
「告白って勢いも必要だったりするじゃん?」と擢真はトントン、と膝を叩く。
「榊原はさ…十年とか、想ってきたんだろ?」
視線を落としていた擢真だったが、そう言うと響へと視線を向けた。
ニヤッと笑う。
「あと五年や十年、お前なら想っていけんじゃねーの?」
「だから」と擢真は言った。
「正面きってさ、言っちゃえば?」
想いを伝えたい、という気持ちがあるのなら。
――その思いが、強いのなら。
「気張れよ、色男」
擢真はビシリ、と響を指差した。
その後DVDを見たり適当に過ごして、擢真は「そろそろ行くな」と立ち上がった。
「…ああ、帰るのか?」
まだ、四時とかで、八月である今は明るかった。
擢真の家がそんなに門限などキビしいイメージのなかった響は思わず問いかける。
そんな響の問いかけに擢真は振り返った。そして、微笑む。
「ちょっと寄り道」
その笑顔に、響は少しばかり瞬いた。ふと、響もまた笑う。
「刈田さんトコロか?」
「え゛」
…図星らしい。あまりの反応の良さに響はまた、思わず笑った。
「…頑張れよ」
顔を見るだけなのか。…何か、答えでも貰いに行くのか。
それは、休み明けにでもつっこめばいい。
背を見せた擢真に、響は言った。
一度背を向けた擢真だったが振り返り、告げる。
「お互いにな!」
そして、擢真は響の家をあとにした。
『酔った相手に言う…ってところが、少しだけ『逃げ』を感じる』
(『逃げ』…か)
『十年とか、想ってきたんだろ? あと五年や十年、お前なら想っていけんじゃねーの?』
――うん、多分…想っていける。
想うだけなら、変わらずに。…輝を失わない限り。
『正面きってさ、言っちゃえば?』
響は、擢真の言葉を端から思い出していく。
『気張れよ、色男』
擢真が帰ってから宿題は全く進まなかったけれど――響の気持ちはもう、暗いものではなかった。
日が大分低くなり、風が涼しくなった。響は窓を開ける。
赤い空が深い藍色に変わっていく。
「あ!」
窓を開けて、頬を撫でる風に目を細めていた響の耳に、窓の下からそんな声が聞こえた。
響は発信源を探る。発信源は…
「響!」
――輝だった。響は瞬く。
『正面きってさ、言っちゃえば?』
響の中で再び、擢真の声が巡った。
(…あぁ、)
そうだな、と思った。告白には多少の勢いが必要だ。
けれど…三度、輝には届いていない。
『気張れよ、色男』
――だからもう、勢いで言葉にするのは…想いを告げるのは、止めた。
「…輝」
「ん? なぁに?」
輝は響の呼びかけに応じながら「宿題ならアタシも完璧には終わってないよ」と続ける。その言葉に響は「そりゃ残念」と軽口を返す。
「あのな」
――隠すのは、やめた。
「オレ、何回か言ったけど」
…君が好きであること。
「輝のことが好きなんだ」
この想いに、なんの恥じらいもない。
響は輝を見つめる。
輝は呆然と、響を見つめ返していた。
恋愛白書−HIBIKI'S SIDE−<完>
2002年 7月 4日(金)【初版完成】
2009年12月17日(木)【訂正/改定完成】