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5、響の…

「ただいま〜」
「お邪魔します」
 …とは言っても。
「まだ誰も帰ってきてないみたいだな…」
 響の発言に輝はドキリとしてしまう。
 ――と…。
「…あれ? 奏は?」
 思いついて、輝は問いかけた。
 奏とは、中学二年生の響の妹だ。当然輝の幼馴染みでもある。
 この時間…とは言っても、まだ五時半を少し過ぎた頃だが…、特に部活もやっていない(と思われる)奏は帰ってきていてもいいと思うが。
 輝の問いかけに靴を脱いだ響は「さぁ?」とあっさり応じる。
「委員会かなんかじゃねーの? この頃帰ってくるのは六時頃だよ」
「ふ、ふ〜ん」

 もたもたと靴を脱ぐ輝の微妙な心境に気付いたのか、響は苦笑した。
「そんなに身構えてくれるなよ。大丈夫だから」
 う゛、と声をあげた輝に響はククク、と笑った。
「オレの部屋、わかるよな? 先行っていいよ。何か持ってくから」
 響はそう言うとちゃっちゃと居間のほうに行ってしまった。
「……」
 輝はしばらく考えた後、響の部屋へと続く、階段を上った。

(相変わらずキレイだなぁ)
 …とは言っても、前にこの部屋に入ったのは昨夜のことなのだが。
 ふと、本棚に目が止まった。
 五段ある本棚の、上四段はマンガ本で埋まっており、一番下の段には何か、厚いもの…アルバムや、卒業文集が置いてある。
(あ、なつかしー。…って、アタシ、こーゆーのドコにやったっけ?)
 見ちゃってもいいかな、と輝は小学校の卒業文集を手に取る。
 自分のページを見て、輝は苦笑した。
(汚い字だなぁ…)
 当時とすれば、ずいぶん頑張って書いたつもりだったが。
 しばらく眺めてから前に戻って響のページを開いた。
 幼馴染みで、ずっとクラスメイトで…名前が『篠岡』と『榊原』の為、名簿番号もいつも近かった。腐れ縁としか言いようがないのかもしれないが…ずっと、一緒にいた。
(うわー…変わってないけど、変わったなぁ)
 それぞれのページには顔写真も一緒に載っているのだ。
 文集のそれぞれのページに載っているのは白黒写真だったが、一目見て響とわかる。
 くりっとした瞳は健在だし、映っている笑い方も変わらない。
 …だけど、今は、この写真のような幼さはほとんど無い。
 輝はもう一度、響の顔写真を見つめた。
(笑い方…)
 輝は瞬きをした。
 その写真笑顔は、教室で見た優しい笑みとは違う笑顔だった。
 ――よく見る、笑顔。

 と、突然。
「なーにやってんだ?」
「ぅわっ!!」

 文集…写真に集中してしまっていた輝は驚きの声をあげる。
 そんな輝に「そんなにビビるなよ」と、響は笑った。そして輝の手元の文集を見て、一瞬焦ったような表情を浮かべる。
「うわっ! 何見てんだ?!」
 驚いてやや心臓がうるさくなっていた輝だったが、焦ったような様子の響に、なんとなく落ち着きを取り戻す。
「え? 卒業文集…」
 輝の答えに「って、わかってるけど」と、響は頭を掻く。
「…なかなか、汚ねぇな。オレの字」
 輝の眺めていた文集を覗きこみつつ呟いた。「別に今だってキレイじゃないけど」とも響は続ける。
 そんな響の言葉に輝は笑ってしまった。…響の前で普通に笑ったのなんで、告白されてから初めてかもしれなかった。
「で?」
 机の上に麦茶とお菓子を置き、響は切り出した。笑ってしまっていた輝は「ん?」と響を見上げる。
 響は輝の向かい側に座った。
「…なんだ、話ってのは?」

 ――あぁ、そういえば…話すために響の家に来たのだった、と。
 輝は…今更ながら…そのことを思い出し、数度瞬きをする。
 一度息を吸い、吐き出す。――覚悟を決めた。

「響、正直に答えてほしいんだけど」
 輝の言葉に、今度は響が「ん?」と首を傾げる。
「アタシのこと…好き?」

「…っ?!」

 輝の問いかけは、よほど響の予想外の言葉だったらしい。
 口に含んだ…飲もうとした麦茶をふきだしそうになり、むせた。
 一度落ち着くと「いや、まぁ…そう言ったよな」と、響は口を覆いながら呟く。
 言ってからまた、数度むせた。

 輝自身が若干緊張していたため、むせる響に「大丈夫?」と声をかけることができないまま、続ける。
「じゃあさ、アタシが誰と付き合おうが興味ない?」
「――は?」
 それもまた予想外な言葉だったらしく、響は瞳を丸くした。
 輝はじっと、響を見つめる。
 何か言おうと口を開きかけた響だったが、じっと見つめる輝の視線に耐え切れなくなったのか、一度視線を外す。
 けれど…浅く息を吐き出すと、口を開いた。

「なんで、そんなこと訊こうと思う?」

 …そう言って、輝を見据えた。
「――え?」
 まさか、訊き返されるとは思わなかった。
 いつもより、声のトーンが低いように思える。それから…心なしか、響の眼光が鋭いような…。

「そんなに、オレの告白は冗談にとれたか?」
 そこまで言うと、響はフーッと、大きなため息をついた。
「え? あの…響?」
 輝の呼びかけに応じず、響は両手で目元を覆った。
「冗談…なんて思ってないよ?」
 輝は言った。――目元を覆ったから、泣くかと思ったのだ。
「そりゃま、ビックリしたけど!」
 輝は言葉を続ける。――響は目元を覆う手をどかさない。

「だけど…響、アタシのこと好きって言ってくれたけど…」
 ふと、輝は言葉に詰まらせた。そのまま、視線を落とす。
 沈黙に、響は目元を覆う手をどかした。
 俯いた輝と、輝を見る響。――視線が合うことは、ない。

「昨日…アタシが告られたコト聞いても、いつもと変わりなかったし…」
 輝はそう言いながら、『自分がどうして響に嫉妬してほしいのか』と、その理由がいまだにわからないなぁ、なんて思った。
 響はそんな輝の言葉に、目を丸くする。
 ――そのことに、俯いている輝は気付かなかったが。

「それに…響は『付き合おう』とは言わなかった…よね?」

 俯いたままぽそぽそ言っていた輝は、そこで言葉を止める。
 …しばらくの沈黙がその場を支配した。
「――言わなかった…なぁ…」
 響が口を開き、沈黙を破った。
 やや感嘆のこもった響の声を、輝は未だ俯いたまま聞く。

「でも、『付き合おう』っつったら、他のヤツ等と同じじゃん」
 輝は届いた響の言葉に思わず顔を上げた。
「…へ?」
 ――妙な声付きである。
「同じだったら意味ない、って…思ったんだよ」
 輝は響の顔を見る。目が合うと、響はニッと笑った。

「…そうなの?」
「そーだよ」
 それに、と響は続ける。
「いつもと変わらないのは、当然だよ。いつも、表情オモテに出さないように頑張ってるし」
 響はあっけらかんと「まぁ、ある種の慣れ?」と言った。
「…慣れ?」
 聞き返す輝に、響は「そう」と応じる。
「だから、頭ん中はスゴイぜ? もう、グルングルン」
 言いながら響は右の人差し指を空に向け、ぐるぐると回す。
「…――」
 ――それは、つまり…響は、胸のうちで感情が渦巻いていた、ということだろうか。
 そう思ったら…なんだか。
 輝は、「響は自分のことが好きなのかぁ」なんて改めて思ってしまった。

 突然響は「あ、」と言って、視線を一点に集中させた。
「え?」
 響の様子に思わず首を傾げた輝に「髪にゴミ」と言って、響は立ち上がる。
「あ、ドコ?」
 輝は響の伸ばした腕のほうに、自らの腕を伸ばした。

「なーんて、ウソ」
「へ?」
 …そう言っている間に、輝の手は――響に捕らわれた。

 掴まれた手に…触れる響の熱に、輝はぎょっとする。
「――オレ、期待していいのか?」
 その問いかけに、輝は言葉に詰まらせた。
「…なぁ、輝」
 真っ直ぐな視線と、呼びかけと。
 よく知っている相手なのに…ずっと一緒にいた幼馴染みだというのに輝は、固まってしまう。ドキドキと、妙に鼓動がウルサイ。

「オレ、さ。…輝のこと好きなんだよ」
 ――今まで、何人かと付き合ってきた。
 でも。
「――輝に触れることを許される、唯一のヤツになりたいんだよ」
 響はそう言うとそっと、輝の手を握る力を強める。
「…『唯一』でありたいんだ」
 …今まで、こんなことを言うひとがいただろうか。

 二人の視線が、ぶつかる。
「――…っ」
 頭に血が上ったのは、輝のほうだった。

 
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