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6、輝の…

 結局…響の言葉に答えることなく、逃げるように家に帰ってきた輝である。
 そして。
「う〜っ」
 輝は自室に入るとベッドにうつ伏せになって、声をあげた。

 部屋を出る前に、響は言った。
 「オレと付き合ってくれ」と。
 改めて。…真っ直ぐに。

 そんな響の言葉に、『待って』と輝は言った。
 …待つよ、と響は笑った。

「……――」
 ――自分は今まで何を見てきたのだろう。
 あんなにいいひとが傍にいたのに、全然気付かなかった。
 …あんなに自分を想ってくれる人がいたのに、他の人と付き合っていた。

 いつものように、軽く言えばいいのに。
 ベッドにうつ伏せたまま、輝は思った。
 うん、と。…いいよ、と。
 付き合おう、と。
 ――どうして言わなかったのだろう、今日。
 輝はそう、思った。

 なんだろう。…なんでだろう。
 ――何故なんだろう。
 何を、躊躇っているのだろう、自分は。

(――男の子と付き合って…それから、別れて…)

 そう思った瞬間。
 目の前が広がるような感覚が…した。

 ゆっくりと瞬いて、ごろりと体を返した。
 輝は天井を見上げる。
 「あぁ、」と小さく息を吐き出した。
(付き合って…別れて…)
 ――そうか、と。
 そう思って、次の瞬間に口から出た言葉は――「イヤだ」…だった。

 響と付き合ったらきっと、自分は大切にしてもらえる。
 ――きっと、大切にしてもらえる。
 …だけど。

 輝はガバリと身を起こす。
 …思い立ったらすぐ実行。
 それは輝の合言葉。

 コンコンコン

 輝は響の部屋の窓…その近くの壁を叩いて鳴らした。
 昨日と同じように…けれど今日は響の手を借りずに、屋根伝いを移動し、響の部屋の壁を叩く。
 反応がなく、「もう一度」と…手が壁を叩く前に、響の部屋の窓が開いて、響が顔を覗かせた。

「輝」
 響は輝の顔を見ると、名を呼ぶ。
「…アタシっ」
 思い立ったらすぐ実行。
 ――それは、響と同様の輝の合言葉である。
「やっぱり響とは付き合えないっ!!」

 屋根の上…窓の外の輝と、家の中…窓の内側の、響。
「……」
 突然の輝の宣言に響は瞳を見開いた。…口を開いたが、言葉は出てこない。
「…なぜならっ」
 輝は窓枠に手をかける。響が呆然としていることをわかっていたが、言葉を続けた。
「アタシが、響を失いたくないから!」

 …しばらくの、間があった。
 住宅街は、案外静かだ。

「…へ?」
 響は目を見開き、口も開いた。…口からこぼれ落ちたのは、間の抜けた声。
「――失いたくない?」
 言葉を繰り返した響に、輝はこっくりと頷く。

「仮に付き合ったとするじゃん」
 輝の言葉を、響はじっと聞いていた。
「…それで、仮に別れたとするじゃん」
 輝はそう言うと、ぎゅっと窓枠を握る力を強める。

 ――今まで付き合ってきて…別れた人の中で、いい関係で…友人として…現在も付き合っている人は一人もいなかった。
 別れてしまえば、そこでオシマイ。それで、終わり。
 輝と別れた彼氏とは…今まで、そんな関係にしかなっていない。
「…それで気まずくなるのイヤなの」
 輝の声に…その言葉に、響はゆっくりと瞬きをする。
 輝は僅かに俯いた。

「それで響と離れるのイヤなの」
 輝は――今までの彼氏と同じように、響との関係を失うのが嫌だった。
 響を失うと…そう想像しただけで、嫌だった。

「……」
 輝の言葉に、響は瞳を見開いた。…そして手のひらで口元を覆う。
 しばしの沈黙の後、口を開いた。
「輝…それ…」
 そう言って、また間があく。
 輝は顔を上げた。
 …そして、輝の瞳に映ったのは――
「――響、アタシ付き合えないって言ったんだけど?」
 響の表情を見て、輝は言った。…響は、笑顔を浮かべていたのだ。
 響は「うん、そうだな」と言いながら、笑みを崩さない。

「でも、そう言ってくれたことは嬉しいから、さ」
 響はそっと、窓枠に触れている輝の手を取った。
 その手に…指先に、口づける。
 輝は瞬時に顔を赤く染めた。

「――大丈夫。輝がオレから離れるようなことがあっても、オレが輝を離すなんてことしないから」
 そう言うとニッと、笑う。
「だから、最後の男はオレにして?」

◇ ◇ ◇

 ――翌日の放課後。

キザね…」
 日奈は、バッサリと言い切った。
 その言葉に輝は返す言葉もない。ただ、視線を泳がせる。

 輝から報告を受けた日奈はふ、と小さく息を吐き出した。
「…で? 最終的にどうしたの?」
 一息ついた後の問いかけに、輝は瞬いた。「最終的に、って?」と、訊きかえす。
「付き合うの?」
 端的な日奈の問いかけに輝は間をおかず、当然のように「ううん」と首を横に振った。
「――あ、そうなの?」
 日奈はそう言うと、視線を響のもとへむけた。
「…何だ、ひー?」
 視線を感じたのか、振り返って日奈と目があった響は言いながら首を傾げる。
 まさか輝から日奈に、響の言葉や行動が筒抜けだと思っていないのか…意外と気付いてても気付かないふりをしているのか…別段変化の見られない響に、日奈は「なんでもない」と、首を横に振った。
 日奈と響の会話を聞いたからか、輝は背後の響に振り返って「響はもう帰る?」と問いかけた。
「ん? あぁ、そろそろ帰るけど」
「またチャリに乗せてって!」
「おぅ」
 そんな輝と響の会話に、日奈は「もう帰るの?」と、輝に問いかけた。
「うん、ウチのクラス何もやらないし」
 文化祭…清涼祭…はもうすぐだが、輝達のクラスは直前と当日が忙しいだけの屋台(某チェーン店の揚げた鳥肉)販売の為、別段事前準備らしい準備はなかった。
「そりゃま、そうだけど」
 日奈はそう言うとチラリと輝を見た。
 それから…あるかないか、という微妙な笑みを口元に浮かべる。「ま、うまくやりな」という呟きは輝にはとどかなかった。
 何か言われた気がして「ん? 何?」と振り返った輝に「なんでもないよ」と日奈は頭を振る。
「気をつけて帰ってね」
 日奈の言葉に「うん」と輝は頷いた。
「じゃーな、岡本、篠岡っ!」
 …昨日と同様、友人である擢真は部活へ足早に去って行く。
 日奈は小さく「擢真は元気ね」と呟いた。
「そだね」
「おい、輝。帰るなら帰ろうぜ〜」
「あ…うん! じゃあね、日奈」
「うん」
 頷くと、日奈は輝と響に手を振る。

「付き合わない…ねぇ」
 しばらくしてから見えた窓の下に二人の様子に、日奈は一人呟いた。

 本当に、二人は付き合わないのだ。
 ――付き合っていないのだ。少なくとも、今は。

◇ ◇ ◇

 それから数ヵ月後…クリスマスソングの流れる頃。
 友人以上恋人未満の幼馴染みの二人は触れるだけの口づけを交わす。

恋愛白書−KIRA'S SIDE−<完>

2003年 3月28日(金)【初版完成】
2010年 1月15日(金)【訂正/改定完成】

 
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