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第1章

「牧村さんっ」
 新年度本部会長が決まって一週間後。
 12月も下旬になり、寒い日が続いている。
 もう少しで、クリスマスだ。
 バスの時間を待ちつつ教室のストーブにあたっている美海に…牧村まきむら美海に声をかける者がいた。
 美海は振り返る。サラッと、ひとつにまとめたポニーテールが揺れた。
「…なに?」
 美海に声をかけたのは樹。
 ニカッと笑うと樹は美海が予想していない言葉を発した。
「牧村さん、本部会で書記やらない?」
 長い長い、間があった。
「………は?」
 美海は一瞬何を言われたのか理解できず…いや。理解したのかもしれないが、それを理解しようとすることを拒否したのかもしれない。
 なんにせよ、『何を唐突に言いだすのだ』という表情をあらわに、言葉を返した。

「本部会? …あたしが?」
「イエーッス!」
 ムダに楽しそうに樹は言った。
 ここ、公立来山きたやま高校は1学年4クラスと、わりと小さな高校である。
 『だから』なのか『しかし』なのか。
 この学校は本部会、正確には生徒本部会というものの力が強い。
 生徒の自主性というものに任されているのだ。
 よって、本部会のメンバーになりたいものは結構いる。
 率いるほうの人間になりたいものはいるのだ。
 …なぜ、その『なりたい人間』をさしおいて、美海に声がかかるのだ?
 ついでにいえば。
「え、牧ちゃん、声かけられてる? いいな…」
 どこからか、そんな声が聞こえる。
 ――そう。この、本部会長になった高階樹というのは、その誰にでも分け隔てなく接するところなどで女子にも男子にも人気が高いヤツなのだ。

「…なぜ?」
「え?」
 美海の問いかけに樹は首を傾げる。
 何を問いかけられたのか理解できていないようだ。
「いや、だから。なぜあたしなの? あたしより見やすい字の人とか、綺麗な字の人とかいるじゃない」

 そして美海はアルバイトをしているのだ。
 …実は、それは校則違反なのだが。
 しかしその校則に美海は首を傾げてしまう。生徒の自主性に任せるならばアルバイトだって自由にやっていいではないか。
 …それはさておき。
 なんにせよ、本部会の書記などになったら金儲けアルバイトの貴重な時間が潰れてしまう。
 それはハッキリ言っていただけない。
 だからといって『あたし、やりたくないな』…と正直に言えば、クラス内にもいる樹に好意を抱いている女子にブーイング攻撃を受けるだろう。
 ――それは嬉しいことではない。
 なので、その言葉は心中のみで呟くことにする。
 そんな美海の耳元に顔を近づけ、樹は小さく言った。

「バイトのこと、先生に言っちゃうよ?」
 樹の言葉が、美海の頭の中でグルグルと巡る。

「…え?」
 そう言って美海が樹の顔を見ると、樹は一度ニヤリと笑った。
「やあ、嬉しいなぁ、やってくれるなんて!」
「は? あ…。えっ?!」
 樹は承諾書に美海の名前を書くとスキップして立ち去っていく。
「ちょ…高階くんっ?!」
「やー、ありがたいなぁっ!」
 樹は何か言っている。
 美海は若干、めまいを感じていた。

(何、何、何? …何がどうなっているの?)

「美海が『やる』って言うなんて、意外だな」
 友人の一人、田邑たむら啓子けいこは厳かに言った。
「本当。バイトはどうするの?」
 もう一人の友人、秋津あきつふみも啓子に続けて言葉を紡ぐ。
「あたしは『やる』なんて一言も言ってないよ?!」
 二人に対して、美海は半ば叫んだ。
「でも、承諾書に名前書かれてたよ?」
 文の言葉に美海は身近な机に腕をついた。
「そうだよ、そうだよ…っ! どうしよう…っ」
「別に、参加しなきゃいいじゃん」
 ひょうひょうと啓子は言い放つ。少し色の抜いてある髪を掻き上げた。
「…なぜか高階くん、あたしがバイトをやってることを知ってた…」
 啓子の意見を聞きながら、美海は次の言葉を発した。
「あら? なんで?」
 そんな美海の言葉に、文は首を傾げる。そんな文に美海は「こっちが知りたいよ」と言ってから目を瞑った。
「あーあ…本部会、ねぇ…」
「いいじゃん、やれば」
 美海のもらした呟きに、啓子は手をヒラヒラと上下させて言った。
「…けいちゃん、さっきと言ってることが違うような気がするのはあたしだけ?」
「そう。美海だけ」
 うう、とうめき声をあげてから友人達(主に啓子)に美海は言った。
「だって家、そんなに経済的に豊かじゃないんだよ? あたし、母さんをちょっとでも楽にさせたいの」
 そんな発言に文はぱちぱちと手を叩き、「なんてお母さん思いのイイヤツなの」と呟く。
「でもさ、バイトだって母ちゃんが『やれ』って言ったわけじゃないんでしょ? だったら、いいじゃん。学校のほう優先したって」
「ううー」
 確かに美海の母は別に『バイトをして自分を楽にしてくれ』とは言ってない。
 言ってないが…だが…。
「いいの! あたしがやりたいんだから」
「マザコン?」
 啓子がからかうような口調で言う。
「…いいの。マザコンだって。とりあえずあたし、断ってくる」
「おや、何だかんだで断るの?」
 啓子は首を傾げながら呟いた。

「ついていこうか?」
 文は歩き出した美海の背にそう呼びかける。
「いい。友達と一緒に行って高階くんになめてみられるのも癪だから、一人で言ってくる」
 美海は樹に対してこんな…若干咬みつくような言い方をしているが、別に樹が嫌いだというわけではない。
 どちらかといえば、好意を抱いている相手だ。
 だが、『好意を抱いている、いない』ということと自分が『本部会の書記をやる、やらない』ということはまた別の話だ。
「ところで、どこにいるか知ってるんか?」
 美海が戸に手を掛けた瞬間、啓子が疑問を投げかけた。
「…多分、廊下のどこかにいるんじゃないかな?」
 応じた美海に対し「ま、頑張って断ってこいよー」と啓子は応援する。
 その口調は「本当にそう思っているのか?」と思わせるものだった。

 
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