(1年3組…と)
一応、ドアの所にあるプレートを見る。
(よし、あってるな…)
確認すると、あたしはドアを元気よく開けた。
「おはよーっ」
……。
(やってしまった…)
返事のない教室…あたしはドアに手をかけたまま固まった。
つい、小学校時代の癖で…っ!
小学校では『挨拶運動』というのが盛んで…その名残で、つい挨拶を…っ。
「おはよう」
…返ってきた声にあたしは安心した。
返事をくれた相手を見てあたしは「あ!」と思わず声を上げる。
「なんだ、よっちゃん、来てたんだ」
「来てちゃ悪いかよ」
よっちゃん…メガネをかけてて、頭よさそうなヤツ。(実際、結構頭がいいけど)
返事をくれたのは、あたしの親友の1人、松井嘉之。
「ううん、全然いいよ!」
「その日本語はおかしいだろう…」
「気にしちゃいかん」
そう言いつつ、よっちゃんの側を通過する。
結構人がいて、席は半分くらいうまっている。
(えぇと)
あたしの名前は『和泉』だから、名簿番号は2番目で、名簿順の席順だから席は1番窓側の前から2番目なのだ。(ちなみに名簿は男女混合)
荷物を置くとよっちゃんの元へ向かう。
1人でぼーっと座っててもつまらないしね。
「あ、きーてきーて!」
読書をしていたよっちゃんの邪魔をして、あたしは言った。
「昨日、すっごくキレイな人見ちゃったー!」
「…そうか。それで?」
よっちゃんは、冷めている。いつものことだけど。
…でもあたしの無視をしない。イイヤツだ!!
「うん、あたし、一目惚れかも」
「それで?」と訊かれて、あたしは答えた。
昨日の人を思う。
風に舞い散る桜と、長い黒髪。
それぞれがあいまって一枚の絵みたいに、見えた。
…胸がドキドキした。あまりのキレイさに。
「……お前…なぁ…」
昨日の人を思い出してちょっとばかりうっとりすると…よっちゃんが一度ため息をついた。
「?」
よっちゃんのため息に思わず首を傾げると、よっちゃんはまたため息をついた。
「……どんな子だったんだ?」
「え?」
よっちゃんの問いかけにまた首を傾げる。
「どうせお前の一目惚れの相手なんて、女だろう?」
…それのどこがいけないというのだ。
――ま、それはいいとして。
「ううん、違うよ」
あたしが否定するとよっちゃんは「え?」と疑問の声を上げた。
あたしはそのまま続ける。
「制服、ズボンだったもん。女の子じゃないよー」
「女じゃない?」
そう言うとよっちゃんは黙り込んでしまった。
あたしは昨日の桜の下の美人さんを思い出す。
「多分、このクラスじゃないと思う。違う学年かな。なんにせよ、この学校の人だよ」
あたしはそう、言葉を続けた。
「はよーっす!」
(…お)
聞き覚えのある声にあたしは振り返った。
予想通りの存在に「おはよう!」と声をかける。
「おう、和泉。いたのか」
「…失礼なヤツだな!」
あたしはそう言って、ソイツに軽いパンチをくらわせた。
人を見て「いたのか」なんて言ったのは小学校時代の友達、叶ちゃんだ(フルネームは叶景)。結構でかい。
確か、160センチだったかな?(ちなみにあたしは139センチ…)
「あれ、古谷は?」
古谷とは、あたしの親友の、もう1人のことだ。
フルネームは古谷俊一。運動神経抜群なのだ!(あぁ、羨ましい…)
「来たとしても、この教室にはいないよ。トシ、1組だもん」
あたしは叶ちゃんいわく『古谷』を『トシ』って呼んでる。
いつもあたしとよっちゃんとトシ…と3人でつるんでたから、叶ちゃんはそういうコトを言ったんだと思う。
「あ、そう言えばそうか」
「そうそう」
残念なことに、トシとは違うクラスになっちゃったんだよなー…。
あ、ちなみに。
ここ箕浦学園中学校ではあたしと同じ小学校に行っていた人は、この学年では3分の1…くらいかな。
あたしの住んでる大東町はムダに広くて、町内にある大東中学校はあたしの家(とか、トシの家とか)からじゃ、ちょっと遠すぎるんだ。
だからあたしは特によくない頭で頑張って受験をして、箕浦学園中学校に入学したというわけ。
でももう楽だー。
箕浦学園には高校もあるから、高校受験はしなくてすむもんね。
…それはさておき。
「1時間目って何するんだっけ?」
「えー? あ、アレだよ。仲良くしましょうか、みたいなヤツ」
「…なんだ、それは」
よっちゃんは小さく叶ちゃんに突っ込む。
「とりあえず、授業じゃない」
「ふーん」
ああ、わっくわくだ。
授業でも、授業じゃなくても。
…基本的に、あんまり勉強はスキじゃないけど。
「おはよーさんっ」
あ!
「トシ! おはよーっ」
ドアからひょっこりと顔を出したのは、さっきまで噂(?)されていた、トシだ。
「李花、おはよ。ヨシも」
「おはよう」
メガネをちょんとあげつつ、よっちゃん。
「あー、李花李花」
トシに呼ばれて「なに?」と応じる。
「あのな、ウチのクラスにお前好みのヤツがいたぞー」
続いた言葉にあたしは「え? 本当?」と思わず立ち上がった。
チラ、と時計を見る。
まだ、授業の時間にはならなさそう。
「見たい、見たい!」
「よし」とトシが笑うと「ヨシは?」とよっちゃんに視線を映した。
「オレは、いい」
きっぱりとよっちゃんが答えると「そう? キレイなのに」とトシが瞬く。
トシとあたしの好みは似てるんだ。
トシが「キレイ」って言うなら、きっと美人さんのハズ!!
「んじゃ、ちょっと見てくる〜」
あたしは叶ちゃんとよっちゃんにそう言うと教室を後にした。