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三、再会

 1組は校舎の一番端…南側にある。
「もう、来てるの?」
 そう、トシに聞くと「来てなきゃ李花に見せようなんて思わないって」とトシがちょっと笑う。
「あ、そっか」
 そりゃそーだ…と納得すると、トシが教室のドアを開ける。
 あたしは顔だけ、1組に入った。
 体をドアの枠で支える。
 教室の中は当然かもしれないけど、3組とは様子が違った。
 貼ってある紙とか、先生の机の感じとか。
「どこ?」
 教室に入ってるトシに聞くと、トシがくいっと顎を動かした。
「一番先生の席に近いヤツ」
 あたしはトシが示した先に視線を向けた。

「――……」
 目に映った人に、あたしは一瞬呼吸を忘れた。

 …長い、髪。

「……え?」
 思わず、言葉にならない声が漏れた。
「一番窓側の、一番前の席のヤツだって」
 トシがそう説明してくてるけど…聞こえてるけど、うまく反応ができない。

 …黒くて、艶やかな…。

「……男?」
 あたしはそう、意識しないまま呟く。
 トシは「そう」と頷いた。
「でも、本当に美人なんだよ。…今は、下向いててわからないかもしれないけど」
 トシの言葉を聞きながら――あたしが思い浮かべたのは、昨日の人。
 …あたしが、昨日、キレイだと思った…。
「あ、こっちむいた」
 トシが「ほれ」と示す。

 ――やっぱり!
 あたし、人の顔を覚えるのは結構得意なんだ。
 ――昨日の…桜の木の下にいた…あの人だ!
(見つけた!)

「なんていうの?」
 あたしはガシッとトシの制服を掴んだ。
 あたしの勢いにちょっと驚いたっぽいトシが「え?」と目を丸くする。
「名前、なんていうの?」
 繰り返し、あたしはトシに言った。トシはちょっと考え込むように瞳を閉じる。
 反応ナシ。答えナシ。…まさか。
「自己紹介の時間がなかった、なんてコトはないよね?」
 あたしはトシに聞く。
 入学式の後、顔合わせ…でもないけど、少なくてもウチのクラスは名前を言う自己紹介はした。
 教室…クラスは違うけど、自己紹介はするハズ。
「おう。やったぞ」
 トシはこっくり頷く。
 あたしはちょっとドキドキしつつ…「まさか」と思いつつ、問いかける。
「…名前、覚えてなかったりする?」
「ピンポーンッ」
 トシはキパッと妙にはっきり答える。「アハ」とかいう笑い付きで。
「……」
 あたしが思わず握りこぶしを作ると、「あー、李花、怒るな!」とトシが手を広げた。
「思い出す、頑張って思い出すから!」
 トシはそう言って腕を組んで考え出す。

「んーと…あ…」
 呟くと、トシはまだまだ考え込む。あたしは「あ?」とトシの真似をして握りこぶしを緩めた。
「そう。最初が『あ』だったんだよ。あ…」
 あたしは「相沢?」と、適当に言ってみる。
「違う…」
 言いながら、トシは更に考える。
(うーん。あ…。あ…ねぇ…)
「なんかこの頃よく聞く名前、あるじゃん」
 この辺まで出かかってるんだけど、とトシは首もとを指して言う。
「この頃よく聞く名前? …で、『あ』?」
 トシは「なんだったっけなぁ…」とぼやいた。
「芸能人?」
 テレビはよく見るから、どうにかなるかもしれない。
 そう思ったんだけどトシは「違う」と首を横に振る。
「なんか、昔の人」
 あたしは「昔の人?」と思わず繰り返した。
 トシは普通に「おう」とか頷いた。
 昔の人…織田信長、とか? でも、『織田信長』じゃ『お』だしなぁ…。

「あ、そうか」
 トシはそう言うと黒板の上の方を見つめた。
(? なんだ?)
 そこには何かが書いてある…って。
「名前じゃん!」
 入学式の日(つまり昨日)、『誰がどこのクラスか』を示してあった細長い紙が昇降口に貼ってあったんだけど、黒板の上にはその細長い紙が貼ってあった。
「そう。一番だから…」

『阿部 正明』

阿部あべ。そう、阿部だよ」
「…昔の人で『阿部』なんていたっけ?」
 あたし歴史とかスキじゃないから何とも言えないけど。
 あ、よっちゃんならわかるかな?
「いたよ。なんか、術を使う人」
「…ふーん?」
 思いつかない。…術を使う人?
 あたしはそんなことを考えていた。そんな時、トシがあたしの肩を軽く叩いた。
「…李花」
「え? 何?」
「…なんか、阿部が、こっちを見てる気がするんだけど…お前はどう思う?」
 阿部…くんは確かに、こっちを見ていた。
 …目が合う。
(ああ、やっぱりキレイだ…)
 あたしはそんなことを思った。
 黒い髪と、黒い瞳と。
 …やっぱり、美人さんだ〜…。

 ――と。
 プイッ
「あ」
 あたしは思わず声を上げた。
「…あいつ、今、李花から目をそらした?」
 トシがハッキリと言ってくれた。…ちょっとヘコむな〜…。
「あたしそんなに目つき悪いかな?」
 前に言われたことがあるんだよなぁ…『目つき悪い』って。
「別に目を細めてたわけじゃないだろ?」
「う〜ん…」
 細めてたつもりはなかったけど…細めてたかな?
「あんま気にすんなよ。単なる偶然かもしれねぇじゃん」
「そうだね」
 …ってか、そうだといいな。
「どうせだから、挨拶しとく?」
「うん、する!」
 間近で見るなんてドキドキだ。遠くから見てもあんなにキレイだったから…。
 ちょっと緊張しながら、阿部くんの元へ行く。

「おはよう、阿部」
 トシが声をかけた。
 ――心臓が、ドキドキする。
「…おはよう」
(うわー、阿部くんの生声だーっ!!)
 阿部くんがトシに答えた。
「コイツはおれの親友」
 トシがそう、あたしを紹介してくれた。
「おはよう。あたし、和泉李花」
 ドキドキと、心臓がウルサイ。
 ただの挨拶なのに、相手が阿部くんのせいか、なぜか緊張してしまう。
「違うクラスだけど、仲良くしてね」
 あたしは笑いながら、そう言う。
 うわー。やっぱ間近で見るとさらにキレイだよーっ!!
「……」
 お、や?
 返事なし。残念。

 キーン コーン カーン コーン

「あ、チャイムだ! あたし、行かなきゃ!」
「あ、ホントだ。じゃな、李花」
「うん、また後でね!」
 あ、そうだ。
「またね!」
 阿部くんに向かってそう言う。
 残念ながら、またもや返事はなかった。

 
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