「おはよーっ!」
この箕浦学園中学校(しかし長い名前…。あたし達は『箕中』って呼んでるんだ。…ちょっと変な呼び方だけど)に入学してから、もう1ヶ月。
相変わらず勉強はスキじゃないんだけど…授業とか先生にも慣れてきて、友達もできてきたかな!
…やっぱり女の子の友達が少ないんだけどね…ううっ…。
あたしのこの頃の日課は登校して、教室に荷物を置いて、1組に向かうこと。
本当の目的をいうと阿部くんに会いに行くことなんだ!
阿部くんはいつ頃学校に着くように来ているか知らないけど、あたしが学校に着く頃にはいつもいる。
あ、ちなみにトシは陸上部に入部して、阿部くんにちょっかい(?)をだすのはあたし1人でする。
…阿部くんとあんまり会話らしい会話をしてないから、本当のことをいうと、少しだけ寂しいかな。
でも仲良くなりたいから、あたしはめげないのだっ!!
と、いうわけで。
今日も1組に侵入! 阿部くんを発見!!
「おはよーっ! 阿部くんっ!!」
あたしは一目散に阿部くんの席へ向かう。
「…おはよう」
そして、沈黙。
…あたしはちょっと、疑問に思っていることがある。
(阿部くん…学校に来て何をしているのかな?)
よっちゃんみたいに本を読むわけでもないし。
(うーん…)
あたしはちょっとだけ考えたけど、わかんなかった。
「あのさ、阿部くん」
聞いてしまえ、と口を開く。
「……」
阿部くんは答えを返さない。
でも、視線はこっち向きだからきちんとあたしの話を聞いてくれてるってコトだよね。
「阿部くんはさ、学校に来ていつも何をしてるの?」
「……何を…?」
「うん。阿部くん、あたしが学校に着くころはいつもいるでしょ? よっちゃん…あ、あたしの友達ね。よっちゃんは図書館に行ったりして、本を読んでることが多いんだけど」
ちなみに箕浦学園の図書館は、本当に『図書館』。
箕中と箕高(本名は、箕浦学園高等学校)とは別の建物なのだ。
結構広いし、本の数も多い! …って、よっちゃんが言ってた。(あたしは1回しか行ったことがないんだ。しかも、外から見ただけ。入ったことはないんだよ…)
「…何も」
「え?」
阿部くんの返事は短い。聞き逃しそうになった。
何も…って、言ったよね?
あたしはなんと聞き返せばいいのかわからなくて、思わず阿部くんの顔をじっと見る。
「…何も、やってはいない。ただ…」
「ただ?」
ああ、阿部くんは、やっぱりキレイだなぁ…。
澄んだ瞳も、黒くて、長い髪も…やっぱり、キレイ…。
じっと、目を見てしまう。
「…ただ、外を見ているだけだ」
阿部くんはそう言いながら、外を見た。
「へぇ…」
あたしも阿部くんが見ている窓の外に視線を向ける。
阿部くんの席は一番窓側の、一番前。
景色を見るにはなかなかいいかもしれない。
あ、ちなみに。
箕浦学園は裏山がすぐ側にある、自然が多いところにあるんだ。
学園から少し歩けば湖(池かな?)も、あるんだよ。
小さいころはよく遊びに行ったところなのだ。
まぁ、お店とかに寄り道するにはちょっと場所が悪いかもしれないけど、あたしはこの学園や、この場所がスキだ。
「そうなんだー」
あたしは、阿部くんの答えに1人で納得する。
――そして、閃いた。
「じゃあ、阿部くんは、絵を描いたりとかするのスキなの?」
阿部くんは一瞬ポカンとした顔…に、なった気がした。
…あれ?
「…なんでだ?」
…そう、阿部くんに聞き返されてしまった。
「え? いや…だって」
…あれれ?
(全然的外れなことでも言ったかな、あたし…)
「…だって、景色を見るのがスキなら、描くこともスキなのかなって…」
あたしはそう言った。
阿部くんは、ゆっくりと瞬いている。
「あ、あたし、兄ちゃんがいるんだけど…絵を描くのとか、景色を見るのがスキなんだ! 楓ちゃん…っていうんだけど、いい景色とか、キレイな景色を見るとすぐに『描きたい』とか言うから…それで…」
あたしは一気にそう言った。…阿部くんは、相変わらず反応らしいモノはない。
(阿部くんも楓ちゃんと同じなのかなって思ったんだけど…違ったみたい)
「ゴメンね、的外れなこといきなり言っちゃって」
ちょっと恥ずかしくなってしまった。
思わず、俯く。
イロイロと突っ走りすぎたっぽい、あたし。
「…はっ」
(……え?)
あたしは聞こえた声に、俯かせた顔を思わず上げてしまった。
今、阿部くんが…『はっ』って…?
「あ、いや、すまない」
そう言いながら阿部くんは、グーにした手を口元にあてている。
…ついでに、肩が微妙に揺れていたりして。
――もしかして…。
(阿部くん、笑ってる…?)
あたしはまた、じっと阿部くんを見つめてしまう。
「和泉…さんのことを笑っているわけじゃないんだが…」
何がおかしいのか、阿部くんはいまだに肩を揺らして笑っている。
笑って、いる…。
(阿部くんが笑うところ、初めて見た…)
うわー。
なんだか、阿部くんの新しい一面、みたいなのを発見した気持ち。
(嬉しい)
もっと仲良くなりたいって、本当に思う。
美人さんが笑うと、またキレイだ。
「おれは…描いたりはしないな」
笑いが収まったのか、阿部くんはそう言うと窓の外を見つめた。
「…見る専門だ」
「ふーん」
なんだかあたしも思わず笑ってしまう。
自分でわかるくらいだから、阿部くんから見たら笑顔全開! …って感じかも。
「…和泉さんは、面白いな」
しみじみ言われた。
…そんなにオモシロイこと言ったつもりとかないんだけど。
「あ、『さん』なんていらないよ」
あたしは阿部くんに言った。
みんなあたしのこと『和泉』とか『李花』って呼ぶし。
…って…。
(阿部くんがあたしの名前を呼んでくれたのも今日が初めてだーっ!!!)
うわーっ、うわーっ、うわーっ!!!
今更気付いたあたしはニブイかもしれないけど…うわーっ!!
阿部くんの笑顔見れたし、名前呼ばれたし!!
(よっちゃんとトシに報告しなくちゃ、だ!)
ちょっと自分の中で興奮してしまう。
あたしの切り返しに阿部くんが「…しかし」と小さく言う。
「いいよーっ、本当にっ! 『和泉』とか『李花』でっ」
あたしは言いながらぶんぶんと手を振った。
(それに…)
あたしはぶんぶん振っていた手を意識しないまま、握る。
「『さん付け』だとさ、ちょっと寂しい…というか、なんというか…」
(うう、うまく言葉が見つからないよー…)
阿部くんがゆるゆると瞬きをした。
…まつげも長いんだな、阿部くん。
「わかった…では…」
阿部くんはそこで一旦区切って、ちょっと考えるような顔つきをする。
少し目を伏せていた阿部くんが顔を上げると、目が合った。、
「……李花?」
あたしの目を見て――阿部くんがあたしの名を、呟く。
あたしの名前を、呼ぶ。
(……うひゃーっ!!)
トシと同じ呼び方なのに、なんだか照れるーっ!
名前の呼び捨てなんて、友達にも家族にもされてるのに…でも照れるーっ!!
でも、なんか、嬉しい…かな。
「……えへへ」
あたしは笑う。
すると阿部くんも、笑ってくれた。