そこは、小さい頃よく来ていた場所。
…そして、学校の裏山だ。
彼はこの頃、苛ついていた。
自分の中にある、不可解なモノに。
（なんで、オレが…）
こんなにも、苛つかねばならない？
「…くそっ」
彼は足元にある木片を思いきり蹴った。
バキッという凄い音と共にへし折れる。
だが、彼の中の苛立ちは、消えない。
（あー、苛つく…っ）
彼は、家に向かって歩き続けた。
苛立ちと、……それから。
目には見えない『何か』を連れて。
・ ・ ・
「よっちゃん！ おはよーっ」
「おはよう」
（……あれ？）
あたしはひょい、とよっちゃんの顔を覗き見た。
「……なんだ？」
じっと見てしまうと、よっちゃんはそう言いつつあたしを見返した。
「よっちゃん、元気？」
気のせい…だったかな？
なんか、いつもと顔…ってか、表情が違って見えた気がしたんだけど…。
「とりあえず、風邪はひいてないぞ」
「そっか。…なら、いいけど」
６月。
誕生日もあるけど…梅雨になるとじめじめしちゃうのがよくないねぇ。
ちなみに教室に除湿器なんてモノはない。
「…今朝は１組に行かなくていいのか？」
よっちゃんにそう言われて、あたしは思わず「あっ」と言う。
「行く行くっ！ 今日の準備してからっ！」
あたしは大急ぎで今日の準備を始めた。
教科書とノート。今日の予定が書いてある黒板を見つつ、忘れ物がないかチェックする。
（国語、家庭科、数学、理科、クラス…）
あ、ちなみに『クラス』ってのは、クラスタイムとかいう、言い替えれば…うーん…あ、道徳の授業？ みたいな時間。
クラス内の、自由な時間なんだ。
たまに学年集会とか全校集会とかやるけど。
…それはさておき。
あたしはカバンの中身を引き出しの中に移動させてからよっちゃんに『いってきまーす』って言って、１組に足を進める。
よっちゃん、前に誘ったら『１組に用はないから』という返事で、一緒に遊びに行ったことないんだよね…。
…と、１組に到着。
…お。
「トシ、おはよーっ」
「李花。おはよ」
朝は陸上部の練習であまり見かけないトシが、今朝は教室にいた。
「珍しいね、どうしたの？」
「もう、テスト３日前だろ？ だから、部活もなし」
「あ、そうなんだー…」
テスト。
…そういえば、そんなものがあるんだった…。
ううー、勉強スキじゃない…。
「…李花、どうした？」
「おはよう、あべっち…」
一気に気分が暗くなったあたしに、あべっちは声をかけてくれた。
『あべっち』と言ったあたしにあべっちは「あべっち…」と繰り返す。
「阿部、でいいじゃん」
トシはそう言った。
「あたしはあべっちな気分なの」
「どんな気分なんだ…」
あべっちはボソリと漏らした。
「じゃあ、まっちゃん」
阿部『正明』だから。
あたしが新たな候補を出したら「…あべっちで、いい」と言われる。
『まっちゃん』は却下で、『あべっち』決定！
「いいねー、まっちゃん！」
トシはなぜか、笑った。
「…俊一…」
あべっちは『おいおい』みたいな顔で呼び掛ける。
トシはニヤッと笑った。
「じゃあ俺は、マサって呼ぼうかな。芸能人でさ、『ナントカマサ』とかいうヤツいなかったっけ？」
「阿部でいいっ」
あべっちは半ば怒鳴るように言った。
「いいじゃん、芸能人とお・そ・ろ」
「いらんっ」
そんな２人のやりとりを見て、あたしは思わず笑ってしまう。
あの日…あべっちがあたしを『李花』って呼んでから、大分仲良くなれた！ と、あたしは思ってるんだ。
ちなみにトシとあべっちもね。
笑っているあたしをあべっちが見て、急にぴたっと言葉が途切れた。
…あたしの顔を、じっと見つめる。
「…あたしの顔、何かついてる？」
家を出る前に鏡を見たときは、何もついてなかったと思うけど…。
「ついてるついてる」
あたしはあべっちに聞いたのに、トシが答える。
視線を向けると、トシはあたしの鼻をつまんだ。
「目と鼻と口ぃ」
「…トシにだってついてるじゃんっ！！」
トシの答えにあたしもお返しに、トシの鼻をつまむ。
ギャイギャイ騒いでるあたしとトシだったんだけど…
「…いや、それはおれにもついているが…」
あべっちがなかなか真面目な顔つきで言った。
思わずあたしは「う？」と首を傾げてしまう。
「…そういうのじゃない」
「？？？」
続いた言葉に逆に首を傾げてしまった。
あべっちは両手であたしの肩に触れると、ゴミをはらうようにぱしぱしと叩く。
「ゴミでもついてた？」
あべっちの両手が離れたあと、あたしは自分の肩を交互に見た。
「…そんなところだ」
あべっちは口を微かにもごもごと動かすと、両手にふっと息を吹きかける。
「――」
また、何かを言いながら、あべっちはあたしの肩をもう一度軽く叩いた。
「ゴミ、落ちた？」
あたしにはついてないように見えたんだけどなぁ…。
あたしが気づかなかっただけかな？
「ああ」
あべっちは頷く。
そんなことがあった後、あたしはもうしばらく１組にいたんだけど。
…気のせいだったかな。
あべっちは、何か考え込むような顔をしていた。――そんな気がしたんだ。
それは、あたしの気のせいだったかな。