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六、変化

 ――なぜ、躊躇う?
 お前は、ゆるされているのに。
 お前は、禁じられていないのに。

 ――なぜ、躊躇う?
 ――なぜ、伝えぬ?
 何故…何故…何故…。

 ……何故……?

・ ・ ・

「よっちゃんが、冷たい気がする…」
 只今お昼休み。
 販売室でパンとか売ってるし、学食もあるけど、あたしはお弁当だ。
「…松井が?」
 叶ちゃんはでっかいおにぎり。
「ヨシが? …俺は、いつも通りに見えたけどなぁ」
 トシはサンドウィッチ。
「ううん。気のせいじゃ…ないと思う」
 少なくとも、あたしには素っ気ない。
 よっちゃんは学食でご飯を食べているのか、他のクラスの友達と食べているのか…なんにせよ、教室にはいない。

「…ところで」
「んあ?」
 トシがパンを頬ばりながら返事をした。
 そのせいか、声がもごもごとしている。
「あたしのおかずを奪うなっ」
 ちょこちょこと手をのばしてはおかずを奪っていくトシ…っ!
 ゆるせんっ!
「いいじゃんっ! おかずの1つや2つや3つ!!」
「よくなーいっ!!!」
 そんなあたし達を見て、叶ちゃんが一言。
「古谷、食べ物の恨みはこわいぞ?」
「ああ、李花の場合なんて特にそうかもな」
 トシはシミジミ、そんなこと言うけどっ!
「うるっさいっ! なんでよりによってあたしの好物ばかりもってちゃうんだよーっ」
「俺とお前、趣味とか好みが似てるじゃん」
 あっさり言ったトシに思わず「う」と勝手に声が出た。
(確かに…)
 好きになるタイプは似てるし(人)、好きなものも似てるし(食べ物とか…)。

「ほれ、隙あり」
「あっ」
 そして、卵焼きを奪うトシ…!
「ああっ! 楽しみにしてたのにっ!!」
 しかも今日の卵焼きで一番大きいのをぉぉぉっ!!!
「あと一個残ってるだろ?」
「それでもあるならいっぱい食べたいじゃん!」
 ぎゃーぎゃーっ
 大騒ぎするあたし達。
 ――その時。
「…静かに食え!!」
 叶ちゃんの、一声!
『渇!!』
 …ってカンジの…なんていうの? 鼓膜がビリビリするカンジ?
 ――さすが、叶ちゃん。応援団員の声の大きさは違うね…。
「「……ごめん」」
 ほぼ同じタイミングで、トシとあたしは謝る。
「ま、別にいいけどな」
 そう言って叶ちゃんはお茶をグッと飲み干した。

 昼休みが終わって…ラッキーなことに、数学の授業が自習になった。
「ねぇねぇ、よっちゃん」
 これはもう、(家ではろくにやらない)テスト勉強をするしかないでしょ!
「ここがわからないんだけどさ、教えてもらえないかな?」
 ちょっとドキドキしながら、よっちゃんに声をかける。
「……他のヤツに訊け。オレは、違うことをやるから」
 ――そんな答えが返ってくる。

(……やっぱり……)
 ――トシ、気のせいなんかじゃないよ。
 いつものよっちゃんなら、なんだかんだ言いつつも一応、教えてくれるのに…。
(…あたし、よっちゃんを怒らせるようなことやったかな?)
「うん。…わかった」

「…和泉」
 …叶ちゃんはあたしとよっちゃんの様子を見てたらしい。
 自分の席に戻るあたしに、叶ちゃんの呼びかけが聞こえた。
「…叶ちゃん、気のせいじゃないよ…」
 叶ちゃんは「よしよし」とあたしの頭を数度ポンポンと叩いた。
「あたし、よっちゃんを怒らせるようなこと、なんかやったかな?」
 でも…いくら親友とはいえ、あたし達は…あたし達だって、ケンカぐらいするけど。
「一方的にこんな風になったことがなくて…」
 そう言ってから――あたしは気づく。

(…違う)
 そういえば、あたし…トシとケンカをしたことはあるけど、よっちゃんとケンカしたことは、ない。
「よっちゃんはいつもあたしをのこと、許してくれてた…」
 気がする…。
 あたしは思わず口に出していた。
 そんな独り言を訊いていたらしい叶ちゃんはもう一度、あたしの頭をポフポフと叩く。
「元気だせよ。…オレ、松井にそれとなく訊いてみようか?」
 あたしは、そんな叶ちゃんの言葉に――自分から、よっちゃんに訊く勇気がなくて。
「うん…」
 そう、頷いた…。

・ ・ ・

「李花…。李花、おい」
「ひょえっ?!」
 ぼーっとしていたあたしは肩を揺すられたことに驚いて、思わず変な声を出してしまう。
「あ、ああ、あべっち…」
 声をかけてきたあべっちを見返して呟くと、あべっちは瞬いた。
「どうした、李花。元気がないな」
「…そう?」
 あべっちは「ああ」と小さく頷く。
「…大丈夫か?」
 あべっちの口数は、多くはないけど…でも、あたしを心配してくれてるんだなーって思って、嬉しくなった。
「うん、大丈夫だよ。――ちょっと…」
 そこで思わず言葉を詰まらせてしまったあたし。
 あべっちは「ちょっと?」とあたしの言葉を繰り返して、続きを促す。
「…うん、ちょっと、気になることが…あるだけだよ」
 テストも終わり、ちらちらと返ってきている。(ちなみに結果は聞かないでね…)

 そして、叶ちゃんは早速、よっちゃんに訊いてくれた。
『和泉は松井に何かしたのか?』
 ――あたしはその答えを、聞いた。
 …叶ちゃんから聞いた、よっちゃんの答えは。
『別に』
 …そう言っていたと、聞いた。
 テストが返ってきても――テスト前から変わらず、よっちゃんの反応は素っ気ないものに思える。

「李花…おれでよければ、聞くが?」
「…ありがとう」
 優しいあべっちの提案。
 ――でもあたしは…気のせいかもしれないと思って。
 ――よっちゃんが冷たいことが…素っ気ないことが、気のせいだと思いたくて…どこかで、そう願っていて。
 あべっちに悩みごとは、うち明けなかった。

 
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