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七、あくりょう

「李花」
 あたしを呼ぶ声だと、分かった。
 だから、ぼーっとしながらも「んー?」と答える。
「…大丈夫か?」
 あべっちの問いかけが何に対する「大丈夫か?」かわかってないまま…それでもあたしは応じる。
「大丈夫だよー」

 テストが終わって、早1ヶ月。
 今月の終わりからは、夏休みが始まる。

 …よっちゃんの反応は素っ気ないままで――前より、反応が冷たくなっている気がする。
(このまま…夏休みになっちゃうのかな)
 あたしは自分で意識しないまま、ひっそり息を吐いた。

「李花…」
「なぁに?」
 呼びかけにふと、あべっちの顔を見た。
(――え…?)
 あたしにとって、あべっちは予想外の表情をしていた。
「あべっち…?」
 ――悲しげな顔を、していた。
 あべっちは「おれは…」と口を開く。それは、小さな声だった。
「おれは…確かに、李花と付き合って日は長くないが…」
 あべっちの浅い吐息さえも聞こえた。それだけ、あたし達は近くにいた。
「そんなに頼りにならない、信用できない存在か?」
 あべっちの顔は間近で。
(キレイな顔だな…)
 そんなことを考えたあたし。
『信用できない存在か?』
 …やっとあべっちの言葉がきちんと理解できたあたしは、大きく首を横に振った。

「違うっ! それは、全然違う!」
「李花…?」
 あまりにも大きく首を振ったせいか、あべっちの呼びかけが疑問形になっている。
「違うんだよ、あの…それは…」

 あべっちが信用できない、とかではない。
 …ただ、『違えばいいな』と思ってしまっていて…。
 よっちゃんがあたしにだけ冷たい…っていうのが、『気のせいならいいな』と思っていて…言葉っていう『カタチ』に、したくないだけで――。

 言葉を続けようとして…あたしは「はっ!!」とした。
 席が半分以上うまっている1組の人達はあたしが大きい声を出したせいか、こっちの方をじーっと見ていた。
(うわー、うわー、うわーっ!!)
 は、恥ずかしいな…ハハハ…。
 意味もなくあたしは笑う。ってか何してるんだろう、あたし…!!
(――あ、そうだ)
 あたしは気を取り直して、あべっちに一つの提案をした。
「あべっち、あのさ、3組に来てみない?」
「3組…? ああ、李花のクラスか」
 瞬くあべっちにあたしは「うん」と頷く。
「別に何かが変わるわけでもないけどさ、こっちの教室に来たことなかったよね?」
「ああ、そうだな」
 あべっちがそう言った瞬間、あたしはあべっちの腕を引っぱって、ドアに向かってズンズン歩き出す。

 3組の教室に入ると、あたしはあべっちに小さな声で言った。
「1組で大きな声出してちょっと恥ずかしかったから、場所変えて言おうと思って」
 ちなみによっちゃんは、まだ、学校に来ていない。
「ここ、あたしの席」
 あたしの今の席は廊下側から1番目の列の、後ろから2番目というドアにかなり近い席だったりする。
「座って座って…とは言っても、そこ、ヤス…あ、安岡くんて人ね。の席なんだけど」
 あたしの言葉にあべっちは少しだけ笑った。

 あべっちが座ったことを確認すると「んで…その…」と言葉を選んで、あたしは考える。そんなあたしに「悩みごとがあるのか?」とあべっちから聞いてくれた。
「うん、そう、悩みごと…」
 よっちゃんのことを言おうとしたら、あべっちが先に口を開く。
「おれが聞いてもいいようなことなのか?」
「え?」
 あべっちの言葉に、あたしは疑問の声をあげてしまう。
「あ…いや。あんなことを言っておいてなんだが…」
 あべっちは一旦そこで言葉を区切った。僅かに俯いていたあべっちが、顔を上げる。
「おれが聞いたら差し支えがあるような内容だったら…無理をして言わなくてもいい」
 『さしつかえ』って…なんだ?
 その言葉の意味がわからないけど、とりあえず、あたしはあべっちに言おうと決めたから、言う。
「ううん。無理じゃない。聞いてくれるって言うなら、聞いてもらう」
「そうか」
 よし、言うぞ。
「あのね…」

 あたしは、よっちゃんの態度が素っ気ないことを言った。
 でも、あたしじゃない人――叶ちゃんが聞いてくれた感じだと、単なる気のせいかもしれないこと。
 …だけど、あたしには気のせいに思えないことを。

「……そうか……」
 あべっちは何か、考えるような顔つきをした。
「それは、突然、なったのか?」
「突然…。うーん、突然、かな?」
 あたしはあべっちの切り返しに頷く。
 あべっちは「もしかして、中間テストの辺りからか?」と続けた。
「え、中間テスト?」
 中間テストは、中学に入ってから初めてのテストで…確か、そのころにはもう、素っ気なかったから。
「あー…確かに、テストのころから、かな」
 あたしの答えにまた、あべっちは考え込むような表情をする。
「…あべっち、何か、思い当たるようなことでもあるの?」
 あたしは今、あべっちによっちゃんのコトは話したけど…あべっちによっちゃんのことを――もしかしたらトシが紹介したかもしれないけど――紹介したことはなくて。
 あたし的にはあべっちはよっちゃんの顔…よっちゃんを知らないと思っていたから、あべっちが『思い当たる』としたら予想外で、思わず聞き返した。
「…思い当たることというか…なんというか…」
 あべっちは一度視線を泳がすと、目をつぶった。
 何か、考えるように。

「…李花、唐突だが」
「? うん」
 あべっちはゆっくりとそう切り出した。
「霊とか…そういうものを信じるか?」
「霊?」
 つまりは…
「えと…?」
 言いながら、思わず首を傾げてしまう。そんなあたしにあべっちは「かなり唐突だが」と前置きしをして、言葉を続けた。
「霊は目に見えぬモノ。――だが、確かに存在するモノだ」
(――あたし、結構そういう…幽霊、とか心霊現象みたいなネタ…苦手なんだけどなぁ…。アハハ…)
 ひっそりそんなことを思いつつ「うん…」と頷く。

「もしかしたら…もしかしたら、だ」
 あべっちは繰り返して言った。
「その…よっちゃん? に…」
 あべっちの口から「よっちゃん」という言葉が出たのがちょっと不思議なカンジがした。
 じっとあべっちを見つめると、あべっちは更に言葉を続ける。
「悪霊が憑いてしまったのかもしれない…」
 あたしはパチパチと瞬きしてしまった。
「あくりょう?」
 思わず、あべっちの口から出た聞き覚えのない言葉を繰り返す。
「霊にも…その、いいヤツと悪いヤツがいてな。その…悪いほう、だ」
 いいヤツと、悪いヤツ…。
 その『悪いほう』が、『あくりょう』…。

『悪霊が憑いてしまったのかもしれない…』
 自分の中で、あべっちの言葉を繰り返す。
「お化けがよっちゃんに憑いてるって言うのっ?!」
 あたしは思わず大きな声で言ってしまった。

「いや…。お化けとはまた違うかもしれないが…」
 あべっちはそうは言ったけど…あたしの言葉を否定しなかった。
「そんな…」
 よっちゃんに『あくりょう』なんて…なんか、悪いヤツが憑いてる…かもしれない、なんて…。

「李花…」
 ぐるぐると考えてしまっていたあたしの耳に、あべっちの呼びかけが届いた。
 顔を上げると、あべっちは少し困ったような…なんとも言い難い顔をして、言葉を続ける。
「……おれの話を、信じているのか?」
 そう言ったあべっちに、逆にあたしは疑問を投げかける。
「え? あべっち、適当なコト言ってるの?」
 あたしの疑問の声にあべっちはすぐ、答えをくれた。
「それは断じて違う」
 真っ直ぐな視線と――きっぱりとした声と。
(――疑おう、なんて思わない)
「うん…信じてるよ。あべっちのコト」

 そう言ったあたしを、あべっちが少しだけ驚いたような顔で見ていたことに気付かないまま、あたしはあたしなりに頭を回転させる。
(えっと、じゃあ…よっちゃんが素っ気ないのは、その『あくりょう』のせいなのかな?)
 もしそうだとしたら…もし、そうだとしても。なんで、『あたしにだけ』素っ気ない――冷たいような態度になるんだろう…?
(…あたしだけに素っ気ない…わけじゃないのかな…?)
 でもトシは『そうかぁ?』とか言ってたから、やっぱよっちゃんはあたしにだけ素っ気のないかな…。
 ぐるぐる考えたけど…答えなんか出ない。

 あたしは顔を上げて、あべっちに視線を戻した。
「あべっちは、お化けとか見える人なの?」
「…見える…時もある」
 あべっちの答えに「そっか…」とあたしは頷く。
 あたしはコクリとツバを飲み込んだ。
「多分、そろそろよっちゃんが来ると思う。…様子を見てみてくれないかな…?」
 あたしの…自分勝手なお願いに、あべっちは頷いてくれる。

 すると、ドアが開いた。
 ドアの開いた音に振り返ると、そこに立っていたのは…よっちゃんだった。
 まるでタイミングを図ったようなよっちゃんの登場にちょっと驚く。
「よっちゃん! おはよう!」
 色んな意味のドキドキを感じつつ、あたしはチラリとあべっちの様子を見た。
 …変化がないようにも見える、あべっちの表情。

「…り…か…?」

(え?)
 あたしは、あべっちからよっちゃんのほうに視線を移した。
 よっちゃんがあたしを呼ぶなんて、珍しい。
 普段…でも、あたしの名前を呼ぶことは少ないのに。
「…よっちゃん?」
 思わず、呟いた。
 あたしを…あたしとあべっちを見ているよっちゃん。――だけど…。
(様子が、おかしい…?)
 眼鏡越しの視線が…目が、何か…変な感じがした。
 …何でだろう。なぜか、『コワイ』と思う。
 ――よっちゃんの態度が冷たいような気がして『寂しい』と思ったけど、『コワイ』と思ったことはなかった。
 …なのに、今…コワイ、と思う。
(なんで――)

「…李花」
「え?」
 今度はあべっちに名前を呼ばれた。
「立て。……少し、走るぞ」
「へ?」
 あべっちがそう言って立ち上がると、あたしは腕をつかまれ、教室から飛びだしていた。

「あべっち? どうしたの? 何があったの?」
 走りながら問いかけるあたし。
 もしかして…。
「見えたの?」
 あべっちは答えない。
 それは、つまりそれは…。
(そうだって、コトなの?!)
 ――霊が…『あくりょう』が、よっちゃんにとり憑いてるってコトなの?!

「…李花!」

「え?」
 後ろからはよっちゃんが追いかけてきている。
「李花、呼びかけに答えるな」
「え? なんで?」
「いいから!」
 あべっちの強い口調にあたしは小さく「ふぇい!」と妙な返事をして、まだまだ走り続けた。

 
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