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八、じょれい

「あべっち、…どこ行くの?」

 上履きのまま校舎を出て、しばらくしてから。
 やばい。あたしの息は既にあがり始めている。
「水のあるところだ」
 あべっちにあまり呼吸の乱れは見られない。
 あたし、体力ないな…。
 というか、あべっちが思ってたより体力があったりする感じなのかな。
「み…ず?」
 ぜはーぜはーと耳障りな呼吸。うまく言葉になっていない。
「裏山。あそこに池があるだろう?」
 池…小さいころに遊びに行っていたところのコトかな。
 ちゃんと滝(といえるかわからないほど、本当に小さいヤツなんだけど…)もあって。その滝の水は裏山のわき水らしい。
「あー、う…ん」

 あたしとあべっちが池…水際に到着すると、まもなくよっちゃんも到着する。
「李花、とりあえず…後ろへ」
 あべっちは懐から何かを取り出しながら言う。
(なんだろう、アレは…?)
 小さなモノだった。
 布にくるまれていたソレは拳で握れる程度の短い棒…みたいなモノで、両端がとがっている。
 両端のとがった部分に何か入っているのか、あべっちがそれを振ると、何かがぶつかりあうような鈴やかな音が響く。
(…なんて言うんだろう? アレ…)
 ――独鈷どっこというモノだとは知らないまま、あべっちの手にしたものを見つめる。

「李花…李花…李花…っ」

(へ?)
 よっちゃんの声。――呼びかける、とは違うように思える…。
 視線を、あべっちの背からよっちゃんへと向けた。
 苦しげに頭を押さえるよっちゃん。
 思わず「大丈夫?」って手を伸ばしたら、あべっちに止められた。
 なんで、とあべっちに問いかけようと口を開く。
 …その、瞬間。
「ウルサイ…ッ」
(……え……?)
 続いた声に、あたしの指先が冷たくなった…気がした。
『ウルサイ』
 …それは、一体、どういう意味だろう…?
 憎々しげ…というのが一番近いかな。
 ――吐き捨てるように言ったよっちゃんの声は、あたしの中で妙に響いた。
 心臓の下が重くなって…お腹の底でぎゅっとする感じ。
 …あたしはよっちゃんに、そんなにも嫌われてしまったのかな?
 そう考えて…悲しくなった。

「李花、阿部!」
 その場に響いた声にあたしは視線を向けた。
「トシ!」
 ジャージ姿のまま、トシがあたし達の前に姿を現す。
 朝の陸上部の練習が終わったのかな?
「なんだよ、2人して…すごい勢いで走ってるのが見えたから…」
 そしてチラリとよっちゃんのほうを見る。
「ヨシ、お前もどうしたんだよ?」
「ウルサイ…ッ」
 よっちゃんの言い方に、トシは一瞬ポカンとした表情をした。
 ――声は、さっきと同じような…憎々しく吐き捨てるようなモノ。
「…様子が変に見えたのは、李花の気のせいじゃなかったってコトか?」
 トシはそう言いながら、なぜかあべっちのほうに顔を向ける。
「阿部」
 あべっちはトシの呼びかけに答えなかった。
 …無視をしたわけではないと思う。

 張り詰めた空気が、その場に満ちる。
 シャラン、とあべっちの手にあるモノが、涼やかなキレイな音をたてた。

「――――」
 あべっちはあたしにはわからない言葉を呟き、池の水を手に取る。
「我が式に命ず。水に宿りて彼の者を戒めよ」
 シキ? メイズ?
 あべっちの言うことが、さっぱりわからないあたし。
「――――」
 手に取った水を池に返しながら、もう一度、あべっちは何かを呟く。
 シャランと、涼やかな音がもう一度鳴った。
 それから、あべっちは突然よっちゃんに水を浴びせる。
「?!」
 あたしは驚いて声もでなかった。
「――っ」
 よっちゃんは水を浴びて、なんでか苦しげに自分自身を掻きむしった。
 そんなよっちゃんにあべっちは繰り返し水を浴びせる。
 何度も、何度も、何度も。

「何してるの?!」
 はっとして、あたしは言った。
 あべっちとよっちゃんは水浸しだ。7月とはいっても…あんな格好をしていたら、風邪をひいてしまう!

「…静かにしていろ! 気が乱れてはお終いだっ!!」

 あべっちの強い口調に、あたしはビクリとした。
 あべっちはその後、途切れることなくあたしの知らない言葉を呟いている。
 お経のように聞こえる…とも言える。
 あたしは一瞬息をすることをためらわれた…けど、苦しくなって呼吸再開。
 よっちゃんは今も苦しげに首もとを掻きむしる。
 でもこの苦しみかたは…普通じゃない!

「阿部…何をやってるんだ?!」
「静かにしていろと言ったはずだ!」
 相変わらず強い口調のあべっちにトシが一瞬ひるんだのがわかった。
 邪魔をしちゃいけないと、なんとなく、直感で分かった。
「トシ…邪魔はしちゃダメだよ」
(…そうだ。あべっちは…)
「李花…っ」
 トシが言葉を続ける前に「あべっちがね!」とあたしはトシのジャージをつかんだ。

 あたしは、信じてる。あべっちのことを。
 …それから、信じたい。
 よっちゃんの態度の変化が、よっちゃんの意思でないことを。

「あべっちが…霊とか、そういうのが見える人なんだって…」
「…え? 霊…?」
 トシの呟きに、あたしは頷く。
「もしかしたら…って、言ってたけど、よっちゃんに、悪い霊が憑いてるかもしれないんだって…」
「悪い、霊?」
 そしてトシはよっちゃんを見つめた。
 あべっちは相変わらず何かを呟き、たまに手に持つ小さなモノをシャラシャラと鳴らす。
 よっちゃんは座り込んでいた。
「――――」
 あべっちは言葉を続けている。トシは一度口をきゅっと閉じた。

 手に持ったモノを再び高く鳴らすと、あべっちが振り返った。トシはそんなあべっちに問いかける。
「…阿部、本当かよ?」
 あべっちはゆるゆると瞬いた。
「阿部!」
 トシが少し怒鳴るようにしてあべっちを呼んだ。
 あべっちはそんなトシにひるむような様子は見せず、小さく…でも、はっきりと答える。
「…本当だ」
 そして、あべっちの声が静かに続いた。
「彼には…悪霊がついている」
 あべっちは言いきって…あたしとトシの顔を交互に見た。
「…友人に、手荒なマネをして悪かったな」
「「……――」」
 あたしとトシは顔を見合わせる。

「…もう、終わったの?」
 あたしはトシからあべっちに視線を戻した。
「もう、あくりょうはよっちゃんから出ていったの?」
 問いかけるとあべっちはあたしに背を向ける。
「終われば…よかったんだがな」
 続いた言葉にあたしは思わず「え?」と声を上げてしまった。
 あべっちはよっちゃんを見つめる。
 そして、言った。
「除霊は…まだ、もう少し時間がかかりそうだ」
「除霊?!」
 あべっちの言葉に、トシは声をあげた。
 じょれいって…なんだろう?
 またもや言葉がわからないあたし。

「阿部…除霊ができるのか?」
 トシの問いかけにあべっちは「ああ」と頷いた。
「家がそういう生業をしているからな」
 …なりわいって、なんだろう…?
 あべっちは難しい言葉を使う。
 あたしは「じょれいができるのか?」と言ったトシの腕を軽く引っ張った。
「ねぇ、トシ。『じょれい』って、何?」
「あ? ああ…除霊ってのは…」

「『とり憑いた霊を追い払うことだよー』」

 トシではない声が、答える。
 その声にあべっちの表情がピクリと動いて、厳しいモノへと変化した。
 だけど、答えた声は…。
「よっちゃん?」
 あたしは問いかけて、座り込んでるよっちゃんを見た。
 声は、確かによっちゃんのモノだった。
 だけど…なんて言うのかな。
 よっちゃんの声なんだけど…そうじゃないみたいっていうか…。
 何が楽しいのか、クスクスとずっと笑ってるし。

「『こんな水浸しにしちゃってー…。風邪ひいたらどうするんだよー』」

 ケラケラ笑って言うよっちゃん。
 …違う、と思った。――いつものよっちゃんと、口調が違うんだ。
 背筋がゾッとした。
 これが、霊?
「なぜ、そこにいる?」
 あべっちは手に持ったモノをシャラン、と鳴らした。
「『答えてほしいかー?』」
「答えてほしいか、ではない」
 一際高く、それが鳴った。
「答えろ」
 あべっちはそう言うとまた、お経にも思える何かを呟く。
「『……ッ』」
 よっちゃんは表情を苦しそうに、歪めた。

「よっちゃ…」
「ダメだ、李花!」
 よっちゃんの元へいこうとしたあたしを止めたのは、トシだった。
「トシ…」
「李花、さっき俺を止めたのは誰だ?」
 トシの言葉に「あ」と思った。
 「あべっちの邪魔はしちゃダメ」と、あたしはさっき…トシを止めた。
 …これじゃあさっきと立場が逆だ。
「阿部を、信じろ」
 『信じる』って…そう、自分で思ったじゃないか。
「……うん」
 よっちゃんは苦しげな…言葉にもなっていないような声で、叫んで…いる。

「除霊は…」
 トシの声にあたしは視線を向けた。
 続くあべっちのお経みたいな言葉。…今もとどく、よっちゃんの苦痛の声。
「除霊は、やっている人間の邪魔をしちゃいけないらしい。除霊の知識がないヤツが手出しすることは、除霊の妨げになるって…テレビでやってた」
(そんな番組あるんだ)
 そういえばトシは幽霊ネタとか不思議ネタが結構スキだった。
 あたしは見ない『夏の心霊スペシャル!』みたいな番組も見てるらしいし…そういう番組で、言ってたのかな。
「…そう、か」
 あたしは言いながらあべっちとよっちゃんを見る。
 自分で気付かないまま、ぎゅっと指を組んだ。

「…友達が頑張ってて…苦しんでるけど」
 トシは悔しそうに、呟く。
 頑張ってるっていうのは…あべっちのコトで――苦しんでるっていうのは…よっちゃんのコトだね。
「…俺は、見てることしかできない…」
「――うん…」
 でもそれは、トシだけじゃない。
 あたしも、そうだよ。見てることしかできない。
 応援することしか、できない。
「頑張れ…」
 何かもっと他の言葉が思いつけばいいんだけど。
 あたしには…その『頑張れ』っていう言葉しか、思いつくことができなかった。

 
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