あべっちの言葉を聞きながら「ふぅん」と頷いて…『でも』と、あたしは思う。
「なんでよっちゃんが通っただけでとり憑くの？ わかんないなぁ…」
あたしは一人呟いた。
『おれは…言いたくとも、言えなかった…。想いも…否定することしかできなかった…。こいつは…両方とも、許されているのに…』
聞いていたよしつぐって人の言葉。
…思い返してみても、なんでよっちゃんにとり憑いたのかわからない。
（――憎らしかった、とかいうのも聞こえたな…）
あと、『告げることも許されている』とかナントカ…。
あたしは首を傾げてこめかみを突く。
（よっちゃんが告げることを許されていて？ …両方とも許されていて？ 憎らしくて？）
「えー…やっぱ、わかんないなぁ…。よっちゃんのナニが憎らしいんだ？」
思わずそんなことを言うと、あべっちはなんとも言い難い表情をしていた。
――と、その時。
「ん…」
よっちゃんが小さなうめき声をあげた。
「お、起きるか？」
トシの言葉に、あたしはよっちゃんの顔を覗き込む。
…あ、うすく目が開いた。
「……り…か…？」
よっちゃんの声は掠れている。
「大丈夫？ 元気？」
「オレは…どうし…？」
まだ半分（…以上、かもしれない）寝ぼけてるっぽいよっちゃん。
「おー、ヨシ、起きたかぁ？」
「…俊一…？」
よっちゃんはむくりと起き上がると、辺りを見渡した。
「……？ 夢？」
「いや、現実」
トシがそう言うとよっちゃんは「そうか…」と言った。
ボーッとしている。パチパチッと数度瞬きをした。
「…現実？！」
……目を覚ましたみたい。
よっちゃんの声が池に響いた。
「もうすぐお昼だねぇ…」
日の高さと、チャイムの音の回数でそう予想した。
「…どうする？ 午後だけでも授業に出っか？」
トシは誰にでもなく、そう問いかける。案外、自分に訊いてるのかもしれない。
「出たほうがいいんだろうな…」
あべっちは小さくそう言う。
「ってか、カバンとか置きっぱなしだしー」
トシは「はっはっはっ」と笑う。
「なんにせよ、学校には戻らなくちゃいけないね」
あたしはうんうんと頷いた。…初サボり？ になっちゃったなぁ。
「…あ、よっちゃん、立てる？」
立とうとしたよっちゃん。あたしはそう、問いかける。
「…なんでオレはこんな格好をしているんだ？」
よっちゃんの今の格好は、上半身が裸でズボンは履いている…って感じだった。
よっちゃんの横たわっていた背中にトシのジャージ、上半身裸だった上にはあたしのベストとあべっちのベストがかぶせてある状態だった。
あべっちがよっちゃんに浴びせた水は、幸いなことにズボンの腰の部分をちょっと濡らしたくらいだったけど、上半身はびしょぬれになってしまっていた。
…そのままで寝かしたら風邪ひいちゃうじゃんねぇ？
「いや、制服が濡れたから？」
トシがそう答える。確かにその通りだ。
制服が濡れた理由は、ある意味あくりょうのせい…って…。
「よっちゃんは覚えてないの？」
あくりょうのこととか、とり憑かれたこととか。
あたしはあべっちに問いかける。
「…ああ、無意識の内に憑かれていたようだったからな。覚えていないかもしれない」
「「ふーん」」
そういうモノなのか。あたしとトシはそう、納得する。
トシはよっちゃんに近付いた。
「…李花」
「ん？」
トシとよっちゃんの様子をなんとなく眺める。
あたしは男兄弟しかいないから、別に上半身の裸くらい気にならないけど『あんまりじっと見ても悪いか』って思ってあべっちに視線を向けた。
「…彼の様子は、普段通りに戻ったか？」
『彼』と言いながら、あべっちの視線はよっちゃんに向けられていた。
「…よっちゃん！」
あべっちの問いかけに答えないで、あたしはよっちゃんに呼びかける。
３時間くらい置いておいたよっちゃんのシャツはちゃんと乾いたっぽい。
着替えようとしていたよっちゃんだったけど、あたしに振り返る。
「なんだ？」
トシはよっちゃんのメガネを持ったり、着替えの手伝いをしていた。
「…寒くない？」
「いや、別に」
――よっちゃんの口調は、いつもと同じ感じで。クールっぽくて。…でも。
「なら、よかった」
思わず笑ってしまったあたしに、よっちゃんはちょっとだけ不思議そうな顔をしながらも着替えに戻った。
あたしはよっちゃんからあべっちに視線を戻す。
「…うん、フツーになった！」
嬉しくて、あたしはにこにこしてしまう。
クールっぽくて、でも答えはくれる。『拒絶』って雰囲気はない。
――やっぱよっちゃんが冷たかったのはあくりょうのせいだったんだ、って。そう思って、嬉しかった。
あたしがよっちゃんに嫌われたわけじゃない。
「ありがとう、あべっち」
じょれい、っていう…あくりょう退治になるのかなぁ。
それをやってくれたあべっちに、お礼を言った。
「――いや…」
あべっちは僅かに瞬いて、ふと笑う。
「…おれも…」
あべっちの笑顔に見とれる。…やっぱあべっちは美人さんだなー…って…。
「え？」
『おれも』という言葉に思わず首を傾げた。あべっちは笑顔のまま続ける。
「ありがとう、李花」
あたしがあべっちにお礼を言ってもらうような理由はない。
思わず「え？」と間の抜けた声を繰り返す。すると、あべっちは言った。
「…おれを、信じてくれて」
あたしはまた「え？？？」と首を傾げてしまった。だけど、あべっちはただ、穏やかに笑うばかりで。
…なんでお礼を言ってくれたのか、今もよくわかんなかった。…けど。
「へへっ」
なんか心臓の辺りがふわって温かくなった感じがして、思わず笑ってしまっていた。
…そんな風にあべっちと話をしていたとき、よっちゃんが着替えつつ、トシと何か話していた。
あべっちが不意にそんな二人を見て、呟いた。
「…『友人』という関係も、大変だな…」
「ぬ？」
しみじみ…そう言ったのは、なんでかな？
・ ・ ・
…あたしには、聞こえなかった。
「おい、ヨシ、もしかしなくてもお前、李花が気になってきてるだろ？」
「なっ！！」
…トシとよっちゃんが、そんな会話をしていたこと。
「李花が今まで『一目惚れした』って言ってたの女なのになぁ。中学入っていきなり阿部だもんなぁ？」
「……」
黙り込むよっちゃんに、トシはニヤニヤっと笑ったまま続ける。
「友達でつるんできてたから、李花に惚れてるって認めたくなくて？ …それでもなんかイライラして李花と距離置きたくて冷たくしてみたってか？」
「…――」
よっちゃんは何も言わない。ただ、着替えを続ける。
「意識的でも、無意識でも…それで李花ヘコましてもしょうがねぇだろー？ 認めちまえよ。李花に惚れてるって」
よっちゃんはトシの手からメガネを勢いよく取る。
「…っ、オレはっ」
よっちゃんの言葉にも勢いにも、トシは動じない。
「ちなみに俺はな…」
小さく、言葉を続けた。
・ ・ ・
「……どしたの？」
着替え終わったみたいで、背を向けていたトシとよっちゃんはこっちを向いた。
なんかよっちゃんは難しい顔を、トシはなんだか楽しそうな顔をしている。
「「なんでもない」」
２人の声ははもった。その後、あべっちを挟んで今度は３人で何か話している。
何の話だろう、って思ったけど…。
（そろそろお昼かなー。お腹すいたなー）
お弁当にしても学食にしても、とりあえず学校に行けば、ご飯が食べられる。
「…学校に戻ろう…」
あたしが１人呟いた瞬間。
「「「李花」」」
３人があたしを呼ぶ声が聞こえて、あたしは振り返った。
じょれいするあべっち＜完＞
２００２年 ２月１９日（火）【初版完成】
２０１０年 ６月 ３日（木）【訂正／改定完成】