『言うだけ、言いなよ。――そんな表情して、一人悩んでるくらいなら』
真純ちゃんが言ってくれた言葉に、あたしは夢のことを告げる。
繰り返し見る夢。
…望んでないかいないはずなのに見続ける、夢。
――この手で、みんなを傷つける悪夢。
「夢、を…?」
よっちゃんは、あたしがしゃべるのをやめると、そう言った。
今朝…寝惚けて大騒ぎしてしまったあたしのことをトシ(と、真純ちゃんとあべっち?)から聞いて…様子を見に来てくれたらしい。(と、真純ちゃんが言っていた)
「…あれ? もしかして…この間遊びに行ったとき寝坊したのって…」
真純ちゃんがふと気付いたかのような呟きにあたしは頷いた。
「――うん、そんな夢見てて、なかなか寝付けなかったからなんだ」
興奮して寝付けなかった…ってのもあったのかもしれない。
だけど…寝ても、あたしがみんなを傷つけるような夢ばかり見ていて…すぐ目が覚めちゃって、ようやく眠れたと思ったら――寝坊してしまったんだ。
「…単なる夢にしては、おかしいな。どの位見ていると言った?」
あべっちの疑問にあたしはちょっとだけ考えて、応じる。
「5月中旬? とかにはもう、見てたかな」
あたしの言葉にあべっちは口元を覆った。
「半月は見てるってことか?」
そう言ったよっちゃんの言葉に頭の中でカレンダーを思い浮かべて頷くと、よっちゃんは「そうか」と一つ息を吐く。
「そんなに前から見ていて…どうして、言わなかった?」
しばらく考えるように見えたあべっちがそう言った。
「――え?」
あたしは瞬きとともに、そう、あべっちに聞き返す。
「どうして、一人で苦しんでいた? …言えば、少しは楽になったかもしれないのに――なぜ」
…ありゃ。もしかして、あべっち…。
「――怒ってる?」
言うつもりはなかった言葉が、あたしの口からこぼれた。
意識せずこぼれた言葉に、あたしは「おっつ」と口にフタをする。
…当然ながら、遅いけど。
「怒ってはいない! だが…」
「心配、してんだよ。オレ達は」
なぁ、とよっちゃんはあべっちに言った。
するとあべっちは口をパクパクとさせる。よっちゃんは、(めずらしく…)ニッと笑った。
――そんな二人を見てなぜか、真純ちゃんが笑っている。
真純ちゃんがどうして笑っているかわからなかったけど…とりあえず。
「心配、してくれるんだ」
「「当然」」
あべっちと、よっちゃんがハモる。二人は顔を見合わせた。
また、真純ちゃんが笑う。
「…嬉しいよ。…本当に――ありがとう」
・ ・ ・
真純ちゃんにバイバイを言った。
あたしは帰る準備を始める。
みんなに話したせいかな。なんとなく、頭がすっきりしたような気がする。
…と、その時。「李花」とあたしの名を呼ぶ声がした。
「あべっち」
あたしの名を呼んだのはあたしの前の席の男の子、あべっち。
「…さっきのこと、なんだが…」
あたしは瞬きをした。
さっきのこと。…あぁ、夢の話…か。
――人を…大好きな人を、この手で殺す…夢。
「毎日毎日続けて見るのは、やはりおかしい」
あべっちはそう言って、口元を覆った。
考えるような、そんな顔をしている。
カバンを持ってるよっちゃんが、あたしの隣の席に腰を下ろした。
「李花、これから、時間はあるか?」
――と。よっちゃんの様子をなんとなく眺めていたあたしの耳にそんなあべっちの声が届いた。
「へ? 今日? …別に、用事はないけど…」
「では、時間は大丈夫だな? …おれは少し、考えたんだが」
そのあべっちの言葉に、あたしは視線をあべっちへとむける。
…よっちゃんも、視線をあべっちへむけた。
「もしかしたら、だが…」
あべっちは口元を覆いながら告げる。
「李花に、呪詛がかけられているのかもしれない」
「じゅそ?」
あたしは聞き覚えのない言葉を繰り返す。
よっちゃんは「なんだそれは?」とあべっちに問いかけた。
よっちゃんも知らない言葉らしい。
「呪いみたいなもの…というか、そのまま『呪い』そのものだな」
よっちゃんに応じたあべっちの言葉を聞きながらあたしは思わず瞬いた。
『じゅそ』が『呪い』そのもの?
…で…「じゅそがかけられている」ってことは…。
「あたしが…のろわれてる?」
あたしは言葉にしてみた。
――けど…なんというか…。
「実感がわかないような顔をしてるな、李花」
よっちゃんの言葉にあたしは頷く。だって、本当に自分がのろわれているなんて…実感がわかない。
「のろわれている…ってことは、――恨まれてるってこと?」
脳裏に浮かんだのは真夜中、藁人形にクギを刺すカンジ。
その藁人形にあたしの顔写真とか貼って、暗い場所でクギをガツガツと刺す。
…想像は、してみるんだけど。
コワイな、とも思うんだけど…やっぱり実感はわかない。
「そう…だなぁ…」
よっちゃんはそう言って、あたしの顔をまじまじと見た。
「?」
あたしの顔、なんかついてたかなぁ?
(…これでトシだったら、「目と鼻と口」とか言って、鼻をつままれるんだよね…)
あたしは思わず、鼻を隠した。
よっちゃんは一瞬「へ?」という顔をしたけど、すぐにトシの行動を思い出したらしく「鼻をつまむことはしない」と、小さく笑った。
「…と、それはさておき。阿部、李花が他人に恨まれるようなヤツには思えないんだが」
「それは、おれも同感だ。だが…」
一旦そこで言葉を止めたあべっちとよっちゃんは顔を見合わせる。
よっちゃんが僅かに目を細めて呟いた。
「逆恨み…?」
「その可能性は、否定できないな」
それぞれ呟いて、どちらからともなく小さく息を吐き出す。
「むしろ」とあべっちは口を開いた。
「その可能性が高いような気がしてきた…」
そして、あべっちはふと視線を巡らせる。
「李花、確か5月の半ばには夢を見るようになった、と言っていたな」
「うん、そう」
「その頃になにか、変わったことはあるか?」
(変わったこと…)
あたしは考える。…コメカミに指を当てて考える。――…目を閉じて、首を傾げて考える。
「…その調子じゃ、思いつかないんだな」
あべっちの言葉にあたしは大きく頷いた。
特に変わったことはないはず。…うーん…。ない、よなぁ…。