「おれがそういう類の専門だったらよかったんだが…」
あべっちはボソリと呟いた。
「? そういう類の専門?」
よっちゃんはあべっちの呟きを繰り返す。
あべっちはよっちゃんに視線を向けて静かな声で言葉を続けた。
「おれは、除霊を生業とする家に生まれたから、除霊はできるんだが…呪詛返しとかは、わからないんだ」
「ジョレイ? なんだ、それは?」
心底不思議そうなよっちゃんにあたしは思わず「へ?」と声をもらしてしまった。
どうしてよっちゃんはそのことを知らないんだろう、って。
トシは知ってるのに。
むしろ、よっちゃんがその、『じょれい』っていうのやってもらったのに。
(――って…あ、そうか)
「よっちゃん、覚えてないんだっけ」
思わず、呟きをもらした。
「何を、だ?」
よっちゃんは首を傾げる。記憶力はあるつもりだが、と続けた。
4年前…あたし達が、中学一年のとき。
よっちゃんは、『あくりょう』っていうのにとりつかれてしまったときがあった。
その『あくりょう』をはらったのがあべっち。
でもよっちゃんは『あくりょう』につかれていたことがわかってなくて、その間の記憶もなくて。混乱させてもしょうがないから、ってよっちゃん本人には『あくりょうがついていた』って言ってないんだ。
あべっちはよっちゃんに…よっちゃんに対してやったことがある、とは言わないまま…一通り『じょれい』の言葉の説明をする。
よっちゃんは何とも言い難い顔をしていたけど…というか、覚えてないだけでよっちゃんが『じょれい』をしてもらったことがあるんだけど…深い追求はなかった。
「…おれの家のことはとにかく」
あべっちはそう言って、話題をじょれいから切り替える。
「李花の夢が呪詛だった場合…どうすればいいか…。とりあえず犯人をつきとめて、止めさせるのがいいんだろうが…」
よっちゃんは「そう…だな」と頷く。
あたしはなんとなく、口を挟めないまま二人の様子を見ていた。
「しかし、阿部。そういう不思議なことができるんなら、そういう…なんだ? 呪い消し…とでもいうのか? そういう類のできる知り合いはいないのか?」
よっちゃんの問いかけにあべっちは首を横に振る。「残念ながら」とあべっちは続けた。
「おれの父親ならいるかもしれないが…おれ自身には、いない」
「じゃあ、その父親に聞いて…」
よっちゃんの言葉は、あべっちの出した手に遮られた。
「ヤツは今、修行中だ。どこにいるかわからない。連絡がつかないんだ」
…しばらくの、沈黙がながれた。
「修行ッ?!」
「「「?!」」」
その沈黙をやぶったのは、誰でもないトシだった…って…。
「なんでお前がここにいるんだっ?!」
よっちゃんは驚きの声をあげる。
…っていうか…あたしも、かなりビックリした…。
思わず肩がビクッてなったよ…!
「ところで俊一、部活に行ったんじゃなかったのか?」
あべっちが冷静にツッコんで、
「むしろいつからいた?」
落ち着きを取り戻したらしいよっちゃんもまた切り返す。
「そんな質問攻めにするなよ〜…って、ユウは?」
質問に答えないまま、トシはユウの席を見つめて言った。
「あ…ユウは、帰るの早いよ? ホームルームが終わったらスグ帰ってる」
あたしがトシの問いかけに答えると「ずっとなのか?」と言いながらもトシはユウの席に腰を下ろした。
あ、ちなみに。ユウの席は名簿番号順であべっちの隣なんだ。
「うん」と頷くあたしの目に何か、微妙な…ちょっと険しい表情をしているあべっちが見えた。
「? どしたの、あべっち?」
思わず問いかけたあたしに「いや、なんでもない」とあべっちは『なんでもないわけじゃない』みたいな顔をして応じる。
――あたしはとりあえず、聞き返さないことにする。
誰にだって一つや二つや三つ、訊かれたくないことがあるだろうしね。
…ユウが早く帰るからって、あべっちが表情を険しくする理由なんて思いつかないけど。
それはさておき。
「ところでトシ、部活は?」
「ん? あぁ、休み」
「自主的に、か?」
よっちゃんは一度メガネを上げてから続ける。トシは「先生いないし」と返した。
ってことは…サボリって肯定しちゃってるよ。
「ところで。李花の夢は呪いかもしれなくて、その呪いをやってるヤツを止めさせるのがいいって話なんだろ?」
「…その話をしていた頃にはもういたんだな」
あべっちの言葉にトシはニッと笑った。
「3人して俺のコト無視してくれちゃうからさ。ちょっと寂しかったぜ、俺」
「無視してないよ。気付いてなかっただけで」
あたしがそう言うとトシは「それはそれで余計に寂しさが増すぞ」と笑った。
・ ・ ・
「じゃあ、な」
昇降口を出て、よっちゃんは言った。
あたしは手を振りながら「うん、今日はありがとね」と返す。
あたしだけ帰る方向が違うんだよね。
みんなは表門…南口からでていくんだけど、あたしは裏門…東口から出たほうが遠回りにならないんだ。
あ、そういえばトシも東口から帰るや。
なんだかんだで部活に行ったから、今日も一人だけど。
「李花。家に帰ったら確認、だぞ」
靴を履き替えたあべっちがあたしに言う。
「あ…うん」
何を確認か、というと…。
なんか、『じゅそ』をするには『よりしろ』っていうのが必要なんだって。
その『よりしろ』は大抵お札…紙、らしいんだけど。
それが家のどこか…もしかしたらあたしの部屋にあるかもしれないから、って。
それを見つけたら外したほうがいいみたい。
「あべっちも、ありがとね」
あたしの言葉に、あべっちは首を横に振る。
風がふいた。
「今夜は…夢を見ないといいな」
…なぜか、この学園の入学式のことを思い出した。
あべっちの髪がなびいた――そのせい、かな。
…あべっちと初めて会った日のことを、思い出した。
「うん」
なんか、初めて会ったときより…美人さんってのは相変わらずなんだけど、なんとなく格好よくなったよね、あべっち。
「じゃ、また明日」
少し紫がかった薄い青い空。
雲の向こうに見え隠れする夕日。
一人、夕暮れの道を歩く。
(あべっちだけじゃなくて…みんな、変わったな)
ふと、そんなことを思う。
小学校のときから友達――親友のトシとよっちゃんも、背が伸びたし。
(今どの位だったっけ? 確か…170チョイとか言ってたっけ?)
あたしは…149センチだったかな。
(せめて150センチにはなりたいな〜)
「やめてよ…ちょっと」
(カップルかなぁ。…青春だね)
あたしの前に歩いている二人が、立ち止まって、何か話している。
あたしはその二人の横を通りすぎた。
「いい加減にしてよねっ」
(…おや? ケンカ?)
今度は後ろからそんな声がした。でもとりあえず、歩き続ける。
――だけど…さすがに。
「いたーいっ!!!」
その声には、足を止めて、振り返った。
あたしの目に、女の子の髪をひっぱる男の子の姿が映る。
「…っ! ちょっと!」
あたしは、その二人の元に戻った。
制服は、箕浦学園の制服…中学校の制服だ。
「女の子をいじめるのは最低な男の条件だよっ!!!」
…って…大きい! 170センチは絶対ある!
――って、ひるんじゃダメだ! あたしは男の子の、女の子の肩をつかんでいる左腕にしがみついた。女の子の肩から、その手を外す。
「うるせぇっ!!!」
…え?
自分の体が、男の子の腕から離れた。
それが、わかった。