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四、じゅそ−ⅱ

「おれがそういう類の専門だったらよかったんだが…」
 あべっちはボソリと呟いた。
「? そういう類の専門?」
 よっちゃんはあべっちの呟きを繰り返す。
 あべっちはよっちゃんに視線を向けて静かな声で言葉を続けた。
「おれは、除霊を生業とする家に生まれたから、除霊はできるんだが…呪詛返しとかは、わからないんだ」
「ジョレイ? なんだ、それは?」
 心底不思議そうなよっちゃんにあたしは思わず「へ?」と声をもらしてしまった。
 どうしてよっちゃんはそのことを知らないんだろう、って。
 トシは知ってるのに。
 むしろ、よっちゃんがその、『じょれい』っていうのやってもらったのに。
(――って…あ、そうか)
「よっちゃん、覚えてないんだっけ」
 思わず、呟きをもらした。
「何を、だ?」
 よっちゃんは首を傾げる。記憶力はあるつもりだが、と続けた。

 4年前…あたし達が、中学一年のとき。
 よっちゃんは、『あくりょう』っていうのにとりつかれてしまったときがあった。
 その『あくりょう』をはらったのがあべっち。
 でもよっちゃんは『あくりょう』につかれていたことがわかってなくて、その間の記憶もなくて。混乱させてもしょうがないから、ってよっちゃん本人には『あくりょうがついていた』って言ってないんだ。

 あべっちはよっちゃんに…よっちゃんに対してやったことがある、とは言わないまま…一通り『じょれい』の言葉の説明をする。
 よっちゃんは何とも言い難い顔をしていたけど…というか、覚えてないだけでよっちゃんが『じょれい』をしてもらったことがあるんだけど…深い追求はなかった。
「…おれの家のことはとにかく」
 あべっちはそう言って、話題をじょれいから切り替える。
「李花の夢が呪詛だった場合…どうすればいいか…。とりあえず犯人をつきとめて、止めさせるのがいいんだろうが…」
 よっちゃんは「そう…だな」と頷く。
 あたしはなんとなく、口を挟めないまま二人の様子を見ていた。
「しかし、阿部。そういう不思議なことができるんなら、そういう…なんだ? 呪い消し…とでもいうのか? そういう類のできる知り合いはいないのか?」
 よっちゃんの問いかけにあべっちは首を横に振る。「残念ながら」とあべっちは続けた。
「おれの父親ならいるかもしれないが…おれ自身には、いない」
「じゃあ、その父親に聞いて…」
 よっちゃんの言葉は、あべっちの出した手に遮られた。
「ヤツは今、修行中だ。どこにいるかわからない。連絡がつかないんだ」
 …しばらくの、沈黙がながれた。

「修行ッ?!」
「「「?!」」」
 その沈黙をやぶったのは、誰でもないトシだった…って…。

「なんでお前がここにいるんだっ?!」
 よっちゃんは驚きの声をあげる。
 …っていうか…あたしも、かなりビックリした…。
 思わず肩がビクッてなったよ…!
「ところで俊一、部活に行ったんじゃなかったのか?」
 あべっちが冷静にツッコんで、
「むしろいつからいた?」
 落ち着きを取り戻したらしいよっちゃんもまた切り返す。
「そんな質問攻めにするなよ〜…って、ユウは?」
 質問に答えないまま、トシはユウの席を見つめて言った。
「あ…ユウは、帰るの早いよ? ホームルームが終わったらスグ帰ってる」
 あたしがトシの問いかけに答えると「ずっとなのか?」と言いながらもトシはユウの席に腰を下ろした。
 あ、ちなみに。ユウの席は名簿番号順であべっちの隣なんだ。
 「うん」と頷くあたしの目に何か、微妙な…ちょっと険しい表情をしているあべっちが見えた。
「? どしたの、あべっち?」
 思わず問いかけたあたしに「いや、なんでもない」とあべっちは『なんでもないわけじゃない』みたいな顔をして応じる。
 ――あたしはとりあえず、聞き返さないことにする。
 誰にだって一つや二つや三つ、訊かれたくないことがあるだろうしね。
 …ユウが早く帰るからって、あべっちが表情を険しくする理由なんて思いつかないけど。
 それはさておき。
「ところでトシ、部活は?」
「ん? あぁ、休み」
「自主的に、か?」
 よっちゃんは一度メガネを上げてから続ける。トシは「先生いないし」と返した。
 ってことは…サボリって肯定しちゃってるよ。
「ところで。李花の夢は呪いかもしれなくて、その呪いをやってるヤツを止めさせるのがいいって話なんだろ?」
「…その話をしていた頃にはもういたんだな」
 あべっちの言葉にトシはニッと笑った。
「3人して俺のコト無視してくれちゃうからさ。ちょっと寂しかったぜ、俺」
「無視してないよ。気付いてなかっただけで」
 あたしがそう言うとトシは「それはそれで余計に寂しさが増すぞ」と笑った。

・ ・ ・

「じゃあ、な」
 昇降口を出て、よっちゃんは言った。
 あたしは手を振りながら「うん、今日はありがとね」と返す。
 あたしだけ帰る方向が違うんだよね。
 みんなは表門…南口からでていくんだけど、あたしは裏門…東口から出たほうが遠回りにならないんだ。
 あ、そういえばトシも東口から帰るや。
 なんだかんだで部活に行ったから、今日も一人だけど。
「李花。家に帰ったら確認、だぞ」
 靴を履き替えたあべっちがあたしに言う。
「あ…うん」
 何を確認か、というと…。
 なんか、『じゅそ』をするには『よりしろ』っていうのが必要なんだって。
 その『よりしろ』は大抵お札…紙、らしいんだけど。
 それが家のどこか…もしかしたらあたしの部屋にあるかもしれないから、って。
 それを見つけたら外したほうがいいみたい。
「あべっちも、ありがとね」
 あたしの言葉に、あべっちは首を横に振る。

 風がふいた。

「今夜は…夢を見ないといいな」
 …なぜか、この学園の入学式のことを思い出した。
 あべっちの髪がなびいた――そのせい、かな。
 …あべっちと初めて会った日のことを、思い出した。
「うん」
 なんか、初めて会ったときより…美人さんってのは相変わらずなんだけど、なんとなく格好よくなったよね、あべっち。
「じゃ、また明日」

 少し紫がかった薄い青い空。
 雲の向こうに見え隠れする夕日。
 一人、夕暮れの道を歩く。

(あべっちだけじゃなくて…みんな、変わったな)
 ふと、そんなことを思う。
 小学校のときから友達――親友のトシとよっちゃんも、背が伸びたし。
(今どの位だったっけ? 確か…170チョイとか言ってたっけ?)
 あたしは…149センチだったかな。
(せめて150センチにはなりたいな〜)

「やめてよ…ちょっと」
(カップルかなぁ。…青春だね)
 あたしの前に歩いている二人が、立ち止まって、何か話している。
 あたしはその二人の横を通りすぎた。
「いい加減にしてよねっ」
(…おや? ケンカ?)
 今度は後ろからそんな声がした。でもとりあえず、歩き続ける。
 ――だけど…さすがに。
「いたーいっ!!!」
 その声には、足を止めて、振り返った。
 あたしの目に、女の子の髪をひっぱる男の子の姿が映る。

「…っ! ちょっと!」
 あたしは、その二人の元に戻った。
 制服は、箕浦学園の制服…中学校の制服だ。
「女の子をいじめるのは最低な男の条件だよっ!!!」
 …って…大きい! 170センチは絶対ある!
 ――って、ひるんじゃダメだ! あたしは男の子の、女の子の肩をつかんでいる左腕にしがみついた。女の子の肩から、その手を外す。

「うるせぇっ!!!」
 …え?
 自分の体が、男の子の腕から離れた。

 それが、わかった。

 
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