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一、李花の欠席

 チャイムが、鳴った。
「…?」
 おれは、振り返る。
 未だに名簿番号順のままの席順で、『阿部』のおれが一番、二番は『和泉』……李花、なのだが。
 一時間目が始まるというのに、李花が来ない。
(…休み、か?)
 昨日のことを思い出し、なんだか嫌な予感がする。
(――いや…とうとう体力がもたなくなった…のか?)
 そう考えようとするが、なかなかそう、思い込むことができない。
(…くそっ)
 ぐっと髪をかきむしる。
 昨日、理科が悪夢を見るかもしれない原因…その元となりそうな依代よりしろを探すことを手伝えればよかったんだが…。用事があって、手伝いには行けなかった。

「李花のことが心配なの?」
 ――その時。

 右隣から、からかうような…というかむしろ、からかっているんだろう。
 如月の声が、おれの耳に届いた。
「んもう、あべっちったら!」
「…如月…」
 担任は、まだ来てない。
「喧嘩を売っているのか…?」
 立ち上がり、如月に近づく。顔だけこちらを向けている如月の胸元をつかもうとしたが、逃げられる。
「あべっちコワーイ」
 ――コイツとは馬が合わない。
「ホレ、担任きたぞ」
 担任を指さしながら、如月は言った。…如月とはとことん、馬が合わない。

「…いまだに麻利亜につきまとってるんだってな?」
 ボソリと呟きをもらす。
 如月はぎくりとした様子もなく…むしろ、飄々と答えた。
「だって俺、麻利亜ちゃんのこと愛しちゃってるし」
「そんなことが理由になるか…」
 ――ったく…。
 あぁ…ちなみに麻利亜とは、おれの一つ年下の従妹いとこだ。
 李花曰く、おれに似ているらしいが…。
 それはさておき。
(俊一か松井なら、李花が休んだ理由がわかるか? …あぁ、藤崎でもいいか…)
 おれの中で思考が巡る。

 ホームルームが終わり、おれは立ち上がった。
 藤崎なら李花が休んでいる理由がわかるかと思ったからだ。
「李花? なんでかは知らないけど…休みみたいね」
 藤崎の答えに「理由はわからないか」と重ねて尋ねる。
「うん、わたしは連絡もらったわけじゃないし…」
「そうか…」
 ずっとよく眠れない、と言っていたし…体力がもたなくなっただけだろうか?
(しかし、昨日の今日だしな…)
 思考に耽るおれに、「李花のこと、心配?」という藤崎の問いかけが届いた。
 思考が漏れていたのか、と思えるその問いかけに多少驚きつつも、嘘を吐くような理由もない。
「…まぁ、な」
 肯定したおれに藤崎は「正直だね」と、そう言って笑った。
 藤崎の方が腹が立たないが…藤崎と如月は同類だと考える。

・ ・ ・

 昼休み。
「李花が休み?」
 昼食を終え、こちらの教室に遊びに来た…というか、本来なら李花の顔を見に来たであろう…俊一は言った。
 「明日はヤリか?」と続ける。
「…道理で朝から顔を見ないはずだな」
 そう、松井は呟いた。
 「しかしヤリが降ったら死ぬだろう」と続ける。

「三人して落ち込んでんなよ」
 …と、如月が入り込んできた。
「おはよっす、ユウ」
 …今は、『おはよう』の時間か? と、思うが…とりあえず、何も言わない。
「ハヨ」
 如月は俊一と松井、それぞれと挨拶を交わした。
「そういえばユウは、帰るの早いんだってな? なんでだ?」
 昨日、李花から聞いた言葉でも思い返したのか、俊一は如月に問いかけた。
「それはだ。毎日愛しの麻利亜ちゃんをお送りするためだ」
 如月は右手を胸の上にのせ、答えた。
 …麻利亜は箕浦学園ではなく、同じ町内の、別の浦野学園学校に通っている。
 如月はそんな麻利亜の送り迎えをしているらしいが…。
 麻利亜に「どうにかしてくれ」と言われているんだが、おれは未だに何もできていない。
「…愛しの、か」
 松井はつぶやく。…おれの、如月の胸元をねらう手を制して。
「愛、だねぇ…」
 俊一は両手を組んで言った。…おれの中で多少の殺意が芽生える。

「いいじゃないか。お前達は『李花と愉快な仲間』なんだから」
 わけのわからん如月の言葉を聞きつつ一つ息を吐き出した。
 どうにか、自分の中の微かな殺意を振り払う。
「ワケがわからないぞ、それは」
 おれが落ち着いたことがわかったのか、松井はおれの手を制する手を緩めながら言った。
「しかもその『愉快な仲間』には当然のように入ってるぞ、如月」
 笑いつつ言った俊一に「…そうだったのか」と、「それは衝撃だ」と全く衝撃のない面をして両手をうつ如月。
 …ニ、三発、心置きなく殴ってみたいものだ。
 一応、やらないが。
(――今は、まだ)

 ふと、如月が俺に視線を向ける。
 言葉にしないまま、視線だけで「なんだ」と問いかけた。
「阿部。何か、物騒な事を考えていないか?」
 おれの剣呑な思考に気付いたのか、如月はそんなことを言ってきた。
 …如月はなかなか鋭い。
「――さぁな」
 おれは応じた。

「しかし…李花が休みとはな。初めてじゃないか?」
 松井はそう、呟く。
「そういえば…そうかもな。中学のときは休まなかったし」
 俊一は松井の言葉に頷いた。
 そういえばそうだったか、とおれはどこかぼんやりと思う。
「…とうとう体力が切れた、かな?」
 俊一はそう言ってため息をついた。「さっさと解放されるといいな」という俊一の意見には、おれも同感だ。
 …李花は、どうすれば悪夢から解放されるだろう。
 我知らずこぼれる、ため息。…その時。

「ねぇねぇ、阿部君」

 …そう、声をかけてくる人間がいた。

 
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